高橋さん家の次女 第2幕

第9回

おっくんとバジル

2022.06.30更新

 5月の大型連休は、長野県上田市で開催していた詩と絵の展覧会のフィナーレもあって、とても忙しかった(ミシマ社の星野さん長谷川さんも来てくれた!)。
 ある日、そろそろ展示室を閉めようと片付けをしていると、駆け足で男女二名のお客さんがやってきて作品を見てくれた。女性の方が置いていた私の著書『その農地、私が買います』に気づき
「ああ、この本。私も買って読んだけどちょっとねえ・・・」と表情を曇らせた。
「その本、実は私が書いたんです」
「え!!! そうなんですか!?」
焦っていらっしゃる。
 女性は、今は太陽光パネルが進化して50年もつものもあると話しはじめた。そして、いますぐにでも温室効果ガスを減らさなければ地球は引き返せなくなる、迷っている暇はないのだと言った。こ、この方たち一体何者!
 そのご夫婦は、地元で「相乗りくん」という、誰でも参加できる太陽光発電のシステムを作っている方たちだった。太陽光パネルに興味はあるけど、設置に適した屋根や土地を持っていない方が、パネルオーナーになって、エネルギーと売電収入をシェアし、自然エネルギーを増やそうというNPO団体だ。
 メガソーラーには反対であること、一部の良くないニュースばかりが取り上げられてパネル設置がよくないものにされていること、課題も山積みであることなど、問題点もあげていることに好感が持てた。
 後でいただいた資料によると、2010年度からの10年間で発電量は20倍になって、2020年度は総発電量の7.9%を太陽エネルギーがしめているそうだ。
 あの本を出して以来、いろんなところで怒られた。太陽光エネルギー推奨派のおじいさんには「あんたみたいな人が間違った本を出すから進まないんだよ!」と怒鳴られたりもした。とても議論にならないことが多かったが、このお二人とは、互いに思っていることや疑問点などを話し合えて、とても有意義な時間だった。
 話していると、やはり廃棄の問題が浮上してきた。災害によって破損したり、処理が追いつかなくて埋め立て処分されている例も多いようだ。私が気になっていたのは正にそのことだった。なかなかテレビニュースでは取り上げられなくて、父を説得しにくいのはここだった。これからもずっと付き合っていかなくてはならない問題なので、お二人とは、またお話したいなと思ったのだった。

 さて、長野から帰った私は、すぐ愛媛に飛んだ。夏野菜を植えねば!
 ここ最近は、おっくんの活躍がすごい。彼は今まで鍬を持ったことがなかったが、そういう人こそ農業にはまるだろうと思っていたら、まさに!
 仕事終わりで毎日のように駆けつけて草引きや苗を植えるようになっていた。
 5月も末のこと、おっくんはバジルが何よりも好きなので、いっぱい作りたいと、苗と種を大量に買ってきた。種は卵パックに植えて大きくなるのを待ち、苗は畑に植えたのだが・・・。
「バジルがまた食べられています・・・」
 ウリハムシだ。キュウリやかぼちゃなどのウリ科の野菜の葉や花を根こそぎ食べてしまう虫で、去年東京の我が家でも大量発生した。
 愛媛の畑も、葉っぱが真っ黒になるくらいに虫がついている。見た目は螢みたいにかわいいから潰しにくいというのもある。
 シソも、水菜も、ピーマンも、匂いの有無は関係なしに、奴らは食べて食べて食べまくる。
 バジルが枯れたらまた新しい苗を買ってくるおっくん。これはネットをした方がいいよと、網目が細かくてウリハムシの嫌いな銀色が光るネットをかけたが、どこから侵入するのか翌日には無残な姿になっている。おっくんはとても純粋な男性で、野菜を自分の友人のように思っている。心配で心配で、毎日見に来る。ついに、かじられるのが嫌でポットから畑に移せなくなった。

 近所の人たちは私を見つける度に、草を刈れ、農薬をまけと言ってくる。
 草を生やしているから虫がわくんじゃ! と。私達の畑も、そこまでジャングルというわけでもないのだ。近隣の畑が異様なくらい、土しかないから、それと比べたらジャングルに見えるのだろう。草一本生えてない。そういう畑は除草剤をやっているから、歩くと砂地のようにサラサラしている。ミネラル分が抜けているからだろうと思う。
「ねえ、おっくん。ウリハムシをよく観察してごらん。ツユクサを食べているよ。もしかしたら、畝を耕して草を完全に引いたからバジルに集中したんじゃないの?」
 私は虫の動向を追う。草こそ必要ではないのか。草がないから虫が野菜に集中するのでないか。そうして、ツユクサをバジルの近くに移植すると、ツユクサにも虫が分散した。
 草の中、全くないところ、少しあるところの三ヶ所にバジルを植えてみる。翌日、草の中のバジルは平気だったが、草のないところのはほとんどなくなっていた。ほら!
 でも、また数日が経つと、草の中のバジルも結局食べられていた。
「夏になるほどに強い虫が出てくるから、やわらかい苗は格好の餌食になるのよ。大きく育ったナスやきゅうりは食べられてないでしょう? 苗は春先に早めに植えるのがいいよ」と母が言った。そして、おっくんにトマトの隣の隙間に植えなさい、去年私はそんな風にしたら食べられなかったよ。と言った。
 次の日「お母さん、これコンパニオンプランツだったんですね。ネットで調べたらバジルはトマトの横がいいみたいです」とおっくん。
 コンパニオンプランツという言葉を母は知らない、何となくトマトにバジルをのせて食べると美味しいなと思って育ててみたらよく育ったそうなのだ。直感というのも大事だなあ。
 夏になると、草も虫もこの暑さに勝てるような強靭なボディーの持ち主に変わる。そいつらに取って代わられる前に、苗の赤ちゃんを育てることが必須なのだ。
 おっくんは、他のメンバーの3倍くらい失敗をしている。でも、私も母も基本は任せている。失敗することで体で覚えていくから、やっぱり自分主体で育てることが大事だろうと思うのだ。それに私達だって完璧な正解を知っているわけではない。その年の気候によって変わるのが土だ。

 一番うれしいのは収穫の瞬間だ。たまねぎとじゃがいもが沢山取れた。
 主任も東京から我が家に長めに宿泊していたので、朝早起きをして、玉ねぎのスープやフキの煮物など作って、みんなでピクニックをした。自分たちで作った野菜を食べる喜びといったら。こういう豊かさを知ってしまったら、おっくんみたいに農業にはまっていくはずだ。

 春にたくさん植えた里芋が芽を出して、トトロの持っている傘みたいなつやつやの葉をつけ並んでいる。父を含め他の農家さんはみんな梅雨があけたら田んぼのように水を引いて育てる。そう、里芋には大量の水が必要。母は、水を引かずに自然にできるだけしか作らないのだが、小芋が2つくらいしかつかない。それでもいいといえばいいけど、私達はメンバーも多いしたくさん食べたいからなあ。水があれば10個くらいは小芋がつく。やはり水を引きたい。
 しかし元は水田だった農地を、畑として使用して3年・・・水路には土が堆積し、草が生え、川から水を引ける状況ではない。ゾエとおっくんと、水源地までの経路を見ていき、これは大掃除大会が必要だねということになった。何より・・・
「ね、水路の上の石垣どうする? 崩れてきてるよね?」
 そう。前からグラグラしていることは知っていたのだが、この頃は所々、がらがら石が崩れてきていた。コンクリートでこれを全部直すとなると100万はかかる。この辺りの田畑も今やみんなコンクリートになってきて、石垣は私達の地域でも少なくなった。この石垣の風景が私はとても好きで、一つでも残したいと思っていた。
「ねえ、自分らで直せそうやない?」
「・・・」
 おっくんもゾエも、こいつまた始まったぞという顔になっている。

 東京に帰った私は、まずは石積みの勉強をしようと思って、『誰でもできる石積み入門』(農山漁村文化協会)という本を買った。読めば読むほど、自分たちだけで大丈夫かなという気持ちになる。第一、石垣は上の段の人の所有物になるので、私達が勝手に直していいか許可を取る必要もある。
「誰か石積みが得意な人はいませんか?」
と、買った本の写真をのせてTweetしてみるも反応がなかった。
 数日後、「石積み学校というのがあって、そこの真田先生が本の著者なんですよ。石積み学校のワークショップに参加してみてはどうですか?」と真田先生のゼミ生から連絡があった。ありがたい。
 そう、石積み学校、気になってすでにフォローしていました。
 なんと著者の真田純子先生はお隣、徳島大学にかつて在籍されていて、全国的にも石垣のメッカである四国の山間部など、これまでに160箇所も直しているそうなのだ。私が徳島にいたときとかぶっている! 石にも畑にも興味を持ってなかった時代だ・・・。
 その連絡の直後、なんと真田先生ご本人からTwitterで連絡をいただいた。「石積み学校に是非入ってください」というものだった。はい! 是非弟子にしてください。石積みを学びたいです。石積み学校のリーダー金田さんからも連絡をいただき、もうじきオンライン講義があるのでまずはそれに参加してみてはということで、6月28日に授業に参加した。
 石って今まで石としてしか見てこなかったけれど、こんなに便利で強くてサスティナブルで美しいものが身近にあったんだ。講義を受け、私はますます石垣を残していくべきだと思った。そして、自分たちでもやれるかもしれないという勇気が湧いてきた。景観的に美しいのもあるが、崩れても積み直せる石垣はこれから先、私に絶対に必要な技術だと思った。自分で野菜が育てられて、梅が漬けられて、石垣も直せたら、私達最強なんじゃないかな。

 そうそう、私達が畑帰りに作り続けていた曲たちを、7月にレコーディングするか!? ということになってきた。地元の産婦人科医の先生が地下に趣味でレコーディングブースを持っていて、そこを格安でお借りできそうなのだ。さらに、音とメカを操れるマニアなおじさんは、地元に1人はいるってもんで、その方にも協力を得られそうだ。
 石垣の相談の後、ゾエとおっくんは我が家で夕飯を食べ、曲を作ってみようということになった。男性の声だけの曲がほしいなと思っていたところだった。歌詞を今まで一度も書いたことないというゾエだが、なかなかいい言葉が飛び出す。私はそれを書きとめていく。「雑草」と「ソウル」をかけて「The Soul」というラップの曲を作ってしまった。普段書かない人の詩、歌わない人の歌。それは、まさにソウルだった。これもレコーディングされることになっています。さあて、どうなることかな!
 早々と梅雨明けしてしまい、今夏は農家にとってかなり厳しい月日になりそうだ。

 来月は、「我が美しき石垣」「畑キャンプ」「竹細工」の三本です。来月もまた読んでくださいねー!


*参考文献

信濃毎日新聞 20220501 考太陽光発電-地域の自立をつくる糧に
NHKビジネス特集 20220114 太陽光パネル大廃棄時代

高橋 久美子

高橋 久美子
(たかはし・くみこ)

作家・詩人・作詞家。1982年愛媛県生まれ。音楽活動を経て、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、様々なアーティストへの歌詞提供など文筆業を続ける。また、農や食について考える「新春みかんの会」を主催する。著書に『その農地、私が買います』(ミシマ社)、小説集『ぐるり』(筑摩書房)、エッセイ集『旅を栖とす』(KADOKAWA)、『いっぴき』(ちくま文庫)、詩画集『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)、絵本『あしたが きらいな うさぎ』(マイクロマガジン社)など。

公式HP:んふふのふ 公式Twitter

「高橋さん家の次女」第1幕は、書籍『その農地、私が買います』にてお読みいただけます!

編集部からのお知らせ

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