高橋さん家の次女 第2幕

第26回

今日はいい日だ

2023.11.27更新

 暑かったり寒かったり、おかしな冬だった。友達のおばあちゃんがくれて庭に植えた春の花が、どうしたことか満開だった。山の紫陽花も桜も狂い咲きして、いよいよ世紀末感が強い。

 新しく入った杉くんが、みかん畑でおにぎりを食べながら「季節って4つだけじゃないんですよね」と言った。4つに分けているのは人間の都合上だけで、本当は春と夏の間に、いくつも季節があるのだ、と。彼は年中ロードバイクに乗っている人で、森や山も走るようになってそのことに気づいたそうだ。杉くんは自宅から車で30分かかる畑へ、毎回自転車に乗って、もじもじくんのようなピチピチのウエアでやってくる。

 私も畑をやりはじめて、季節はいくつもあることを知ったから、「ほんまにそうよな」と話した。外っていうのは、本と同じくらい様々な発見と刺激とをくれた。肌で得た気づきは、簡単になくなっていくものではなく、それを背骨にして自分の中が広がっていく。

 20代でそのことに気づいているのはすごいなあと思ったが、年齢は関係ないということも畑チームをやりはじめて、様々な人が集うようになって思うことだ。

 いつまでも温かいので、青虫が大量発生して植えたキャベツがレースみたいになっていく。水菜も、小松菜も葉脈だけ残して見事にレースだった。でも白菜やワケギやレタスは全く食べない。青虫の好物がよくわかるようになった。レースの向こうに太陽が透けて美しく、虫の作ったアートじゃないか。巻きかけたキャベツの柔らかい部分をのぞくと、青虫がびっちしついている。君たち盛大にやってくれたねえ。これを手で取って潰していかねばならん。今までだったら、無理無理ってなってたけど、どんどん平気になる恐ろしさよ。私なんて、もう素手でも触れるようになった。綺麗な蝶々になるのは重々承知なのですが、背に腹は代えられぬ。

 「一人20匹な」と言って、うらちゃんと、おっくんと、潰していった。何も知らない子どもの頃ならば、蝶々を潰すなんて! と嫌悪しただろう。でも、実際に育ててみてわかることがある。生きるためというと大げさだが、これは必要悪なんだ。一匹一匹潰していると罪悪感も募るが、スーパーに並ぶ多くの野菜のように一斉に消毒してしまえば、柔らかく温かな青虫の感触を感じることはない。気持ち的にはその方が楽だろう。けれど、それはそれで恐ろしいと思う。

「こんなに虫に食べられるのって、冬なのに温かすぎるからというのもあるけど、土の力が弱いからなんかな」

と、おっくんと話した。

「山へ腐葉土を取りにいこうか」

ということになる。前は一人でよく取りに行っていたのだけれど最近は野菜やサトウキビを育てることばかりに気を取られて、根源である土を高めることがおろそかになっていたかもしれない。

 軽トラに乗って、うらちゃん、おっくんと、黒糖工場のあたりの山へ入った。今年の葉っぱはまだ紅葉していないけど、去年や一昨年の落ち葉が重なって、下の方はふかふかの腐葉土になっている。虫や微生物が落ち葉を分解して、湿った土のいい香り。それをショベルでせっせと軽トラに積み込んでいく。山は宝箱箱やなあと思った。

「去年のサトウキビのカスが、いい感じに発酵してるんすよ」とおっくんが言った。

 先月、うらちゃんとおっくんに参加してもらった黒糖工場の掃除のときに、去年の絞りかすが一年経って良い感じになっているのに気づいたらしい。おっくんも、うらちゃんも1年前とは、すっかり視点が変わっている。この、一見汚いサトウキビの絞りかすが宝物に見えるようになっているのだ!

 それも、ショベルでえっさほいさと、積み込む。雨を吸い込んで重たい。

「ぎゃ!幼虫!!」

 青虫の300倍くらいある。これは間違いなくカブトムシの幼虫だわ。甥っ子たちの家で見ていたので知っている。これは絶対に潰せないわ。で、でっかい。

 この場所がほこほこと発酵をして温かいから、冬眠するにはもてこいだったんだろう。出るわ出るわ。30匹以上!! お休みのところ申し訳ありませんねえ。持って帰って甥っ子たちにあげることにした。

 腐葉土や落ち葉を畑の空き地に下ろして、米ぬかや、ぼかしをかけて、ブルーシートで覆う。これで、発酵肥料になってくれたらいいなあ。完全に分解されていないものも、土に混ぜていく。この辺りではこれを「粗肥やし」と言って、じわじわと土力を高めてくれるいい方法なのだと母が言った。

 有機栽培や自然栽培は、最初の5年くらいが大変で、そこでうまくいかなくて慣行栽培に切り替えたり、やめる方も多いそうだ。うちの場合、もともとが田んぼだった土地なので、さらに土を改良してやる必要があった。野菜を育てることと同時進行で行うのは、なかなか大変なことだけど、この季節は夏に比べて草刈りに追い立てられることもないし、暑さにやられることもないので、格好の畑改良の時間だった。

 私が畑ならば、山の落ち葉や腐葉土はとってもおいしそうで、食べたいなあって思うだろう。カブトムシたちの寝床だったサトウキビのカスには、たくさんの糖分が含まれていて、それが自然に発酵し、他の落ち葉たちも一緒に発酵させてくれている。一週間後ブルーシートをはいで、堆肥をさわると、ほかほかと温かい。順調に発酵しているんだな。

 みんなは土日に来るけど、毎週、水曜日に自転車でやってくる杉くん。ロードバイクなので身一つである。シャツや長靴、軍手なんかも貸し出してあげることにした。たまたま誰かが置きっぱなしにしていた長靴のサイズがぴったりだったのだ。28センチで、でかすぎて誰も合わなかったので、捨てられない物として納屋のすみに追いやられていたところ、シンデレラの靴のように、杉くんにぴったりだ。家も近いしこれはもう唯一の水曜メンバーとして入ってもらうしかないねとなった。よって、他の誰にもまだ会っていないツチノコ的メンバーである。

 杉くんと、手を洗いに川へ行っていると、遠くに石積みをしている人が見える。

「もしかして、あの人、石垣直してない?」

 私は走り出した。

「あの、もしかして、石積みができるんですか?」

 おじさんは耳が遠いらしくて、でも、私がえらく感動していることは伝わったみたいだ。

「あの、私達の畑も石垣が崩れているんですが見ていただけますか?」

 自分たちの畑に来てもらう。

「これはねえ、もぐらが通って支えがなくなって崩れるんよ」

 崩し方と積み方を教えてくれたけど、私も杉くんも半分くらいしか分からなかった。

「ほりゃあ直してあげてもええけど、自分らでやってみんといかん。なんでも勉強じゃけん。いっぺんに崩さずに1メートルずつやることよ」

 そう言って、おじさんは行ってしまった。

 大人数でやるよりも、1メートルずつ一人でこつこつやるのがええとも言った。よし、水曜日は石積みデーにして、二人でこつこつやっていくか! と杉くんと話した。

 翌週、壊れかけていた石積みをぶっ壊した。100年は昔に積み上げられたものを自分が壊す恐ろしさがあった。綺麗だからと伐採を躊躇したヤマユリの、ピンポン玉くらいの球根が石の隙間からごろごろ出てきた。ごぼうのようになって、もはや抜くことができない木の根っこ、草かなにかのでっかい種、そういうのを全部かきだす。

 昔の人が畦や石垣を綺麗にしておく理由には、自然への畏怖があった。人間が作ったものは手入れを怠るとすぐ朽ちていく。石も砕く球根や木の根を見ながら思った。おじさんのように上手く積めるとは到底思えないけど、また来週、杉くんとやってみようと思う。

 畑でおにぎりを食べるとき「今日はいい日だなあ」と杉くんは言う。私と母は、ふふふと笑って「確かにそうだね」と言う。それを改めて噛みしめることが少ないけど、確かにいい日だ。もちろん、そうでない日もあるけど、仲間と一緒に畑ができている今日はどう見てもいい日だった。猿たちが今日も大行列で道路を横断していく。それも、もう大したことではなくなってきた。今日もみんなが元気で、ともに畑という場所に集うことができている。

高橋 久美子

高橋 久美子
(たかはし・くみこ)

作家・詩人・作詞家。1982年愛媛県生まれ。音楽活動を経て、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、様々なアーティストへの歌詞提供など文筆業を続ける。また、農や食について考える「新春みかんの会」を主催する。著書に『その農地、私が買います』(ミシマ社)、小説集『ぐるり』(筑摩書房)、エッセイ集『旅を栖とす』(KADOKAWA)、『いっぴき』(ちくま文庫)、詩画集『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)、絵本『あしたが きらいな うさぎ』(マイクロマガジン社)など。

公式HP:んふふのふ 公式Twitter

「高橋さん家の次女」第1幕は、書籍『その農地、私が買います』にてお読みいただけます!

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