高橋さん家の次女 第2幕

第15回

黒糖できたぞ!!!!

2022.12.31更新

 冬、青々としていたサトウキビがたくましくなって、1月にはついに製糖というところまでこぎつけた。「今年は四国にも寒波が来るから12月に刈っておいた方がいいぞ」と黒糖BOYZの山ぴーおじさんが言っていたのは10月のことで、まだ2ヶ月も先のことなのに何で分かるんだろうと、呑気にかまえていた。昨年も製糖工場に通っていたけれど、11月、12月、1月、2月と、月をまたぐごとにサトウキビは逞しくなり糖度も上がっていったし、製糖量が増えていた。冬といっても日中はさんさんと太陽が照っていて、その数時間の日光がサトウキビたちにとっての追い込みだった。昨年製糖しながら黒糖ボスOさんも、「やっぱり年を超えてからの方がいい砂糖ができますね」と言っていた。だから、私達も1月に製糖しようと段取りを立て、製糖工場のカレンダーにも○をつけてもらっていた。

 そんなある日、おやつ屋dans la natureの千葉さんから連絡があった。
 「久美子ちゃん、今年の新春みかんの会はいつにしようか。正月明けの7か8はどうかな?」
 新春みかんの会とは、私と千葉さんで主催している会で、家の柑橘やそれを使って千葉さんが作ったお菓子をみんなで食べながら、日常をふりかえり、時に食について考える。毎年正月明けに開催し、次で11年目を迎える。ここ2年は、事前にみかんやお菓子を参加者の家に配送し、会はリモートで行っていた。
 し、しまった。黒糖を参加者みんなに入れてあげようと思っていたのに1月製糖では間に合わない。「じゃあ遅らせて1月後半にしようか?」うー、それではみかんが食べてもらえない。みかんは1月上旬で終わりだろうな。今年のみかんはピカイチに美味しかったので、是非みなさんに食べてもらいたいしなあ・・・。
 しばらく考えて、1窯分だけでも12月に製糖しようと思った。私はすぐに黒糖ボスOさんに連絡をして、4日後の水曜日に製糖をしたいと伝えてみた。すると、「あいてはいるけど僕と山ぴーさんしかいないよ」ということだった。最小でも3人は必要だ。私は行くとして・・・他のメンバーは平日でみんな働いている。うーん。でも一窯なら何とかなるだろうか。次にメンバーに事情を説明し土曜、日曜とサトウキビの刈り取りに来れる人はいないかな?と聞いてみた。
 おっくんから元気に「大丈夫です!」と連絡が来て、ゾエも「午前中なら行けます」ということだった。土曜の午前中はみんなでみかん狩りに行こうと計画していたのだ。日曜は雨が降りそうだから、急遽サトウキビ刈りに変更しようとメールした。
 でも、なんだか楽しみを奪ってしまうようで悪いな。きっとみんな初のみかん狩りを楽しみにしていたはずだ。こういう時こそ、ばたばたしてはいけない気がして、やっぱり予定通り朝はみかん狩りにした。

 ここで新メンバーを紹介しよう。うらちゃんです。彼女は、山梨の富士山の近くが実家なんだけれど、毎年雪もすごいし温暖な地域で暮らしてみたいなあと、単身愛媛にやってきた。それも宇和島とか南の地域でなく、わりと冬は寒い東予の私達の街に。
 彼女は、バイク乗りである。畑に中型のかっちょいいSRでやってくる。防弾チョッキみたいな重たいバイク用のベストともわもわのズボンで着ぐるみのよう。
 チガヤ倶楽部は食いしん坊の集まりで、みんな食べたいから育てている。「食にはそんなに興味はないんですが、農業とか機械いじりに興味がある」と彼女は言った。みかんを一生懸命にちぎってくれるけれど、「みかんはそんなに好きじゃないので沢山は持って帰らなくていい」とも。きっぱりしていてクールである。私が農家に弟子入りする子を小説の主人公にするなら100%食いしん坊に設定しただろうけれど、そうか、こういう子の方が物語としては面白いなあと一人感動していたのだった。うらちゃんはとてもよく気がつく。想像力があって、説明するとすぐ行動に移して黙々とやり遂げてくれる人だ。

 昼からのサトウキビの刈り取りには、姉や姪や甥も来てくれて、とても楽しいものとなった。2019年に手伝ったときはめちゃくちゃしんどかったイメージがあったけど、専用の大きなハサミで根本から切って、その後クワガタみたいな二股に別れた鎌で、しゅっしゅと葉っぱをひっかけて落としていく作業は、思いの外楽しかったのだ。これは体感が変わったということだろうか。真夏の地獄の草引きを経てきたからだろう、収穫は喜びでしかなかったのだ。猿に食べられ、コロナに阻まれ、3年ごしにやっとゴールが目の前に見えてきて、夢のようでもあった。
 背丈が3メートル近くあるサトウキビだが、上の青いところは齧っても甘みはなく、製糖しても糖度を下げてしまうだけなので、畑で切り落とす。一本で太いものだと2キロ近くあるサトウキビを、20本単位で縛って軽トラに載せていく。6年選手の古株は真っ直ぐにならず湾曲して、なかなかうまくまとまらない。

 どうみても竹だ。これがあの黒糖になるなんて誰が信じるだろう。
 「もうちょっと根本ぎりぎりで切ってね」
 とカット係のうらちゃんに助言してみる。糖度が一番高いのは根本なので、上を残すよりも少しでも根っこに近いごん太の部分を製糖したい。
 軽トラに一杯になって、それを夕方製糖工場に運んだ。
 翌日は、朝から冷たい雨。昼から、また、うらちゃんとおっくん、母とでせっせと刈り取りをしていく。夕方からはなっちゃんとゾエも来てくれた。みんな「思ったより楽しいやん」と言う。やっぱり真夏の草刈りを経験しているから、このくらいどうってことはないのだった。

 そうして、畑の3分の1にあたる軽トラ2杯のサトウキビを運んだ。水曜日に、黒糖ボスOさん、山ぴーさん、私の三人で製糖することになった。
 今年はどの畑も成長がイマイチだったそうなのだが、「ええ!けっこう太くできてるじゃないの」と驚いている。糖度を測ってみると、かなり高いという。
 夏前に、「化学肥料をまかないと成長が悪いよ」と言われたけど私達は「了解ですー」と言いながらまかなかったのだ。なんとなく土の力だけでいけるとこまでいったらええなと思っていた。でも、一番最初、畑を貸してくれるときに山ぴーおじさんが豚糞を発酵させた肥料を入れてくれた。豚糞や牛糞は、瞬発力はないが長い時間をかけてじわじわと土を肥やしていくので、一年下支えしてくれたのだと思う。

 私たちのサトウキビ。かわいいかわいいサトウキビ。今から君たちを黒糖にします。
 感動にひたる暇もなく、作業に追われる。三人体制というのは限界突破コースである。私は切り残されていた頭の青い部分を鎌で落とし、剥き忘れた皮をそいで、太いのは入らないのでトンカチで叩いて潰し、一本一本圧搾機の中にサトウキビを入れ続ける。薄みどりの液体は隣の大窯に流れていき、山ぴーおじさんはその下で薪をくべる。
 Oさんが時計を気にしながら言った。
 「ちょっとねえ、10時から僕、打ち合わせがあるから事務所に戻るんですよ」
 「へ!?」
 「ああ、僕もねえ農協へいかないかんくて。10時から」
 「ええ!私一人ですか」
 「まあ、まだ序盤だから何とかなるでしょう」
 なんて日だ!!!

 10時になって、二人は山を降りてしまった。私は一人で圧搾機にサトウキビを突っ込み、窯の中の灰汁を取り、圧搾機の向こうで溜まっていくサトウキビの絞りカスを一輪車で運んだ。山はとても静かで、圧搾機の音だけが響いている。大きな窯から、ゆらゆらと湯気が立ち上り、灰汁を丁寧に掬い上げた。
 ふと、工場を見渡すと、灰汁を取る網だけで何十種類も壁にかかっている。柄が何メートルもあるシャモジも、耐火煉瓦で作られたかまども、人が三人は入れる巨大な木樽も、煙突も、黒糖BOYZたちが十年の実験を積み上げて作ったり全国を行脚して譲り受けたものだ。知恵と経験の塊のような小屋だった。私達の苦労なんて何ということもない。この工場を立ち上げ全て0からスタートさせ、後輩のために育て方を教えてくれる先人がいる。私達の街はきっと数年後には黒糖の街になっていくだろうな、などと思いながら私は一人でせっせとサトウキビを絞った。

 一時間もすると二人が帰ってきて、またくるくると工場がまわりはじめる。70歳も半ばの彼らに、支えられている・・・というより、面白い遊びを教えてもらっている。
 三人前作ってきたお弁当をみんなで食べて、いよいよ午後からは砂糖が出来上がる。数時煮詰めたサトウキビの汁は煮詰まって、ぼこぼこーっとマグマのように吹き上がる茶色い糖蜜になっていく。かき混ぜていた棒がどんどん重くなる。十分の一以下に減った汁を、ここからはOさんがひたすら焦げ付かないように混ぜる。一時も目を離せない。ここが一番人数の必要なところだが、三人という最小なのでOさんがひたすら混ぜ、私が糖度計で糖度を測り、山ぴーさんが薪を出し入れしながら火力を調整する。
 「もう薪全部出してください!」
 山ぴーさんが燃える薪を出す。
 「水かけてください!」
 ホースでかまどに水をかけて、粗熱を取る。あとは予熱だけでいくのだった。なんというスリリングな。何回見ても息を呑む。おじさんが、ただのおじさんではなくなる瞬間だ。

 壺の中で結晶化して、上等の黒糖が出来上がった。軽トラ2杯から、瓶2杯になった。
 焦げ付いたら後が手に負えないからと、窯にさっさと水を入れてしまう黒糖BOYZたち。

 「待って待ってー。まだいっぱい黒糖ついとるー。取ります!!!」
 という私を鼻で笑って、さっさとホースで洗ってしまうのだった。

 初めての黒糖ができた。甘い、でも甘いだけではなく、黒飴のような醤油のような味噌のような味わいだ。糖度も申し分なく、黒糖BOYZたちも「初めてというのにこれは大したもんだ」と褒めてくれた。
 新春みかんの会のとびきりのお土産ができた。そして、畑チーム、チガヤ倶楽部のメンバー全員にも切り分けた。

 1月に残り3分の2を製糖しようということになっていたが・・・。
 そうです。山ぴーおじさんのお告げは当たってしまい、全国に大寒波が襲来です。東京に帰っても、毎日地元の天気予報ばかり見てしまう。気温が氷点下になればサトウキビはダメなのだ。赤くなって、枯れてしまい中はスカスカ、製糖しても酸味の強い黒糖になってしまう。私はニュースを見ては頭を抱えた。地元は最低気温0度や1度、すれすれを行ったりきたり。ああ、お告げ通り12月に全て製糖しておくべきだった。

 そんな中、おっくんがクリスマスに地元のカフェ「みんなのコーヒー」で里芋を販売させてもらうことになった。ストアーズで、チガヤ倶楽部の里芋やうちのみかんを販売していたのだが、おっくんが「県外の方に認めてもらうのも嬉しいけれど、地元の人に食べてもらいたい」と言った。おっくんがここまではっきりと意見を言うのは初めてのことで、驚いた。おっくんは、行きつけのカフェの常連さんたちに自分の育てた作物を食べてもらいたいのだなと思った。鍬の持ち方も知らなかったおっくんのこの1年の大きな成長だと感じた。

 我が家にも何度も来て作戦会議をし、ポスターを作り、みんなのコーヒーさんとも入念に打ち合わせをしておっくんサンタは、里芋販売をほぼ一人で決行した。
 当日は、少し心配でもあって、うらちゃんにこっそり様子を見に行ってもらった。けれど、里芋は昼過ぎには無事に完売し、ルッコラもほとんど売り切れていた。そこへ、なっちゃんとゾエも夕方に来て、余っていたルッコラと銀杏を買ってくれたみたい。それは君たちの育てた作物なんだよ〜。でも、畑の仲間はなんだかとても温かい。私は、親のような先生のような気持ちになって、そっと若者たちを見守っている。

 さて、うらちゃんがバイクでサトウキビを見に行ってくれました!
 「大丈夫です!多少枯れているところもありますが、まだまだ緑でしっかりしていますよ」
 胸をなでおろした。1月だ!よーし、やっぞー!!!!

 黒糖は、チガヤ倶楽部のストアーズで2月中旬に販売予定です!
 そしてついに、チガヤ倶楽部の冊子付きCDもこちらで販売しますよ。畑でできた詩や曲をどうぞお楽しみに!

高橋 久美子

高橋 久美子
(たかはし・くみこ)

作家・詩人・作詞家。1982年愛媛県生まれ。音楽活動を経て、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、様々なアーティストへの歌詞提供など文筆業を続ける。また、農や食について考える「新春みかんの会」を主催する。著書に『その農地、私が買います』(ミシマ社)、小説集『ぐるり』(筑摩書房)、エッセイ集『旅を栖とす』(KADOKAWA)、『いっぴき』(ちくま文庫)、詩画集『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)、絵本『あしたが きらいな うさぎ』(マイクロマガジン社)など。

公式HP:んふふのふ 公式Twitter

「高橋さん家の次女」第1幕は、書籍『その農地、私が買います』にてお読みいただけます!

編集部からのお知らせ

高橋久美子さん 暮らしのエッセイ『暮らしっく』(扶桑社)が11月30日(水)に発刊しました!

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『暮らしっく』(扶桑社)

ESSEオンラインの人気”暮らし系”エッセーが待望の一冊に!丁寧だけど丁寧じゃない。飾らない、無理しない。40代作家の高橋久美子さんのクラシック(古風)な暮らしを綴ったエッセー集。(扶桑社HP)

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