高橋さん家の次女 第2幕

第13回

一難去って、また一難。

2022.10.29更新

 秋、農繁期で忙しいけれど野山が一年で一番美しい季節だ。
 彼岸花があぜ道を真っ赤に染め、ツユクサは星を撒き散らしたようにかわいらしく、どこから種が飛んできたのか、小ぶりの朝顔が、畑のあちらでもこちらでも背の高い草にツルを巻きつけ紫やピンク色の花をつけている。植えていないのにオレンジのヤマユリも緑の中に大輪を咲かせる。チガヤ倶楽部の畑は、草を根っこから引かないもんだから、あっちでもこっちでも名前の知らない野の花が顔を見せる。
 草も花を咲かせ、種ができて翌年も新芽を出す。殆どの植物がそうで当たり前のことなのに、ヨモギの花や、畑をめちゃくちゃにするクズの美しい花を見ると、驚いてしまうのだ。山里はこのクズとアカメガシワが覆い尽くし、他の植物は共存できなくなっているのを目の当たりにしてきたが、藤のようなこの美しい花には見とれてしまうのだった。

 天然の色彩は想像以上に鮮やかで、こういう色を身にまといたいと人々が草木染をはじめたのもよくわかる。私も同じ、この色を布に移せないかと考えるようになっていた。
 雨の日は畑ができないので、私と主任は持ち帰った花で使わない手ぬぐいやハンカチを染めることにはまっていた。東京のベランダでできた葡萄を持ち帰っていたのだけれど、その皮でも染めてみる。なんて美しい薄紫色。夜な夜な実験を繰り返し、煮たほうが色がよく残るなとか、ツユクサは煮たら緑になるなとか、2,3時間放置したほうが色が消えないなとか、いろんなことが分かるようになっていった。ゴムでしばって絞り柄を入れたり、板で挟んで型をつけてみたりと、どんどんと上達していく。
 彼岸花は、真っ赤だけど染め物にしたら、薄い上品な赤紫になった。朝顔は可憐なピンク色に染まった。コーヒーはケチってドリップ後の豆で染めたのがいけなかったようだな。
 ファッションの秋、芸術の秋と言われるのも納得な、野山のそれ自体がアート作品だと思った。その間に、台風も来たりと秋は目まぐるしく地球が変わる季節でもある。

 台風が去ったと思ったら、今度は秋雨。
 10月、東京へ帰ったある日、Facebookにクモ博士の中田兼介先生が、さつま芋の収穫の様子を投稿していた。中田先生は動物の生態や行動の研究者で、ミシマ社からも『クモのイト』『もえる!いきもののりくつ』といった、虫や動物の本を出されている。私が『その農地、私が買います』を出したときには大阪で対談をさせてもらった。農業をする上で、昆虫との関わりは切り離せないもので、害虫と益虫のバランスなど昆虫が土にもたらす役割についても教えていただいた。
 中田さんの投稿に書き込みをしたら、実はさつま芋の苗の2割近くが腐ってしまったからこれでも目減りしたんですと返事をくれた。今季植えたジャガイモも3割が芽が出なかったそうで、雨が原因かなと話したのだった。私も他人事ではなかった。ジャガイモを植えて東京に帰ってきたが、長雨と天候不良が続いていた。
 翌日の朝、母から電話があった。
「大変、ジャガイモが9割腐ってしまってる!」
 青ざめていく。かなり広大に植えたのに・・・。台風よりも9月後半に10日ほど秋雨が続いたことが原因だろう。
 それと、もう一つ原因が分かっている。ジャガイモは、猿やイノシシの格好の餌食になるので、どうしても網の中で育てねばいけないのだが、網をしている畑はそんなに広大にはないので、沢山は育てられない。そこで、獣の出ないエリアの畑に植えようということになって、家から離れた父の里芋畑や水田のある場所に、主任や母と芋を植えたのだった。里芋は、私達の地域では田んぼと一年交代で作るほど、水を好む作物なので、水はけの悪い土地で育つが、ジャガイモはその逆、水分のない乾燥した土地を好む。頭では分かっていたけど、猿のいない畑! ということで完全に麻痺してしまっていた。
 中田さんも水田の横の畑に植えたから駄目だったのかなと仰っていたが、私達もまさに、里芋エリアに植えたのがよくなかったのだろう。それでも、長雨が降らなければ元気に育っていたかもしれないし、運が悪かったということでもある。
「あー、こんなことなら種芋にした芋を全部食べれば良かったー」
と母と二人で悔しがった。
 一ヶ月前には、「これでジャーマンポテト食べ放題やなあ!」と喜んでいたというのに、うまくいかないことばかりで、しょんぼりする。

 作物を販売しないの? 販売するなら手伝うよ。と言ってくださる方も多いけれど、そんなわけで一歩進んで二歩下がるを繰り返しているのだった。
 農業はお金も使うが頭も使うなあ。ぼんやりしていては種を蒔く季節はあっという間に通り過ぎるし、多くの作物は雨のふらない時に植えたら定着しにくい。逆にイモ類は雨の降らない時期でないと腐る。
 父の里芋の出荷の手伝いで家族総出だったので、母が自分の畑の種まきが遅れたと焦っている。秋の1日は1週間に匹敵すると昔地域の年配の人に教えられたそうだ。冬野菜を植えるのが1日遅くなったら、春や夏の1週間分のリスクがあるということだ。
 冬ジャガはうちの地域ではお彼岸までに植えないといけないと言われていたり、ことわざのように伝えられている。秋から冬は日毎に、野菜に必要な日照時間も気温も下がるので、タイミングを誤ってしまうと野菜にありつけないということらしかった。
「今日が駄目なら明日がある」という気持ちも持ちながら、チャンスを逃しちゃいかん。台風の度に、用水路を見に行って亡くなってしまった人がいると報道される。「なんで行ってしまうんだろう」と思っていたけど、今ならその人の気持ちが分かる。
 だからこそ、心のどこかで、夢中になりすぎる怖さを思うのだった。

 ついでに、もう一つ踏んだり蹴ったりな報告をしましょう。
 前回書いた髪の毛でイノシシ撃退作戦・・・効かなかった〜! あんなに沢山髪の毛をまいたというのに、ユーカリの根っこが再びイノシシに襲撃されて、一本は完全に枯れてしまった。髪の毛が方々に散らばった、ただの気味悪い畑になってしまったわ。
 ただ、10月半ばから狩猟が解禁されたので、イノシシたちは山の奥にこもってしまって今はもう出てこなくなったようだ。

 朗報としては、私達チガヤ倶楽部の畑で、里芋が元気にできたよということ! 真夏に、苦労して水路を掘って復活させ、日照りが続く時は夕方に水かけをしてきた。炎天下の中、草引きをしたことも思い出される。
 さて、里芋がどのようにできているか知っているだろうか? なっちゃんやおっくんは、父の里芋収穫を手伝ってくれたが、里芋が土の下で、まるで沢山のタンコブみたいにくっついていることに驚いていた。初めて見たそうだ。
 みんなが食べている里芋は、子芋である。最初植えた種芋が親芋になり、ぐんぐん大きくなってトトロがもっているような葉っぱを何本も天に伸ばす。そして地中では、ドッジボールくらいに成長し子どもの芋をたくさん自分の体につける。
 収穫時、まずトトロの葉っぱを切り落とし、この塊を三叉になった鍬で一気におがし(掘り起こし)、持ち上げほぐして子芋を採るのが、一苦労なのだ。芋の塊は恐ろしい重さで、持ち上げて塩ビパイプの側面に落として土を落としつつ、割っていく。これをエンドレスにやっていくと、家族全員、腰がめっきめきになるのだった。同時に稲刈りもあるし続いてみかんの収穫となるので、やっぱり秋は屍と化す。昔から、家族総出でないと乗り越えられない季節だ。

 私と主任は今東京なのでまだ食べていないけれど、チガヤ倶楽部の里芋が美味しくできていると聞いて本当に嬉しく思った。11月に食べられるのが楽しみだ。里芋は寒さに弱いのでスーパーで買ったものも冷蔵庫で保管しないようにね。一番長持ちさせるには新聞にくるんで発泡スチロールか籾殻の中に入れておくことだ。温かい地域の食べ物なので、温かくしてあげること。その野菜の産地を考えると、長期保存もうまくいきますよ。
 ちなみに、子芋は親芋の下ではなく上にできるので、成長に合わせて土をかけてあげないと、日光に当たって青くなってしまう(ジャガイモと同じ)。畝の間の土をかいて上げていく作業もとても大変だったなあ。みんなで頑張って、こうして実りにありつけるのは一番ほっとする瞬間だ。

 さて、9月に撒いた青梗菜や大根の芽がぐんぐん成長している。
 以前、中田先生とメールしたとき、「自家採種の種の方がぐんぐん大きくなりますよ」と仰っていたけれど、まさに! 買った種よりも明らかに発芽率が高くて驚いてしまった。それは東京の庭でも同じだった。今年の4月に、花を咲かせて種を取っていた白菜や青梗菜の種を、10月頭に撒いたのだけれど、驚くべき伸びようだ。発芽率も90%以上だろう。間引きをせねばならぬ。なのですが・・・奥の手があります!
 雨上がりを狙って、間引きしたものを別の畝に移植するのです。双葉では定着しないので、本葉が生えてきてから。「間引きした大根や青梗菜を自分の家に持ち帰って植えてみてね」とチガヤ倶楽部のメンバーに連絡したところ、移植に成功し生きているみたいだよ。
 そうすると、十日分がショートカットできるので、隣近所でこうして出遅れた人に間引きした苗をあげるというのも密かに行われていたりする。
 とにかく、自家採種した種の勢いが市販の種よりもすごい! やっぱり種を採ることは大事だな。

 なっちゃんは、間引きした葉でお浸しなど作って食べていた。おっくんは卵焼きに自作のバジルを入れるという面白い料理をしてたな。あと、ゾエが1メートル級の長芋作りに成功させて、摩り下ろしてお好み焼きに入れて食べていた。私は東京で写真を見てよだれが出た。羨ましい、微笑ましい。作物が育つって本当に幸せなことだなと、過程を体験すればするほど思うのだった。

 チガヤ倶楽部のインスタができました!@chigayaclub2022 です。メンバーみんな投稿していて、作物の育ち具合や、ゾエのお好み焼きなどリアルタイムで見られます。是非のぞきに来てくださいね。
 ああ、また竹のことが書けなかった。竹はいろんなことに使えるよというのを書きたかったんですけど、また今度。

 さて、来月の高橋さんは「みかんみかんみかん」「ついにサトウキビ収穫の季節!」の二本です。

高橋 久美子

高橋 久美子
(たかはし・くみこ)

作家・詩人・作詞家。1982年愛媛県生まれ。音楽活動を経て、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、様々なアーティストへの歌詞提供など文筆業を続ける。また、農や食について考える「新春みかんの会」を主催する。著書に『その農地、私が買います』(ミシマ社)、小説集『ぐるり』(筑摩書房)、エッセイ集『旅を栖とす』(KADOKAWA)、『いっぴき』(ちくま文庫)、詩画集『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)、絵本『あしたが きらいな うさぎ』(マイクロマガジン社)など。

公式HP:んふふのふ 公式Twitter

「高橋さん家の次女」第1幕は、書籍『その農地、私が買います』にてお読みいただけます!

編集部からのお知らせ

高橋久美子さん 最新エッセイ集『一生のお願い』(筑摩書房)が8月12日に発刊しました!

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『一生のお願い』(筑摩書房)

文筆活動10周年。詩、小説、作詞、絵本翻訳と〈言葉〉の世界で活躍する著書が人気連載他、これまで様々な媒体に書いた文章をまとめた集大成的エッセイ集
(筑摩書房書誌ページより)

※筑摩書房さんの公式サイトにて試し読みが公開中です

筑摩書房公式サイト高橋久美子さん書籍紹介ページ

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