高橋さん家の次女 第2幕

第31回

お金ではないもので繋がる農業

2024.04.27更新

 世の中の労働の多くは、対価としてお金が支払われることで成り立っている。私達チガヤ倶楽部は「週末畑倶楽部」であって、ほぼお金は発生しない。みんなそれぞれに別の仕事をもっているからこそ、一緒に活動できていると思う。

 週に1日か2日の休日に、畑に来るか来ないかは、その人の意志にゆだねられている。みんな若いのだから、遊びたいに決まっている。デートしたい、カラオケ行きたい、家でごろごろしたい。それで大いによろしいのです。健全ですとも。

 とはいうものの、私一人ではできないことも多く、中心メンバーのなっちゃんとうらちゃんには、「今度の土曜日はサル避けネットを作ろうと思うんだけど、予定どんな?」と連絡を入れてみる。

 行きますよーというときもあれば、出かけるので難しいです。というときもあって、そういうときは、出来る範囲で私が進める。

 逆に「今日、夕方から畑行けますけど、何かしておくことありますか?」

 と、なっちゃんやうらちゃんからメールが来ることや、

「ごぼうの種、植えておきました」

 と、ぞえは、静かに来て静かに帰っている。

 私が、他の畑に忙しい時期や、原稿が忙しくて外に出られないときは、メンバーにまかせることもある。繁忙期は、共有のスケジュール管理アプリを使って人数を把握しはじめた。これはうらちゃんの提案。それぞれのアイデアで保たれたチームだ。

 そこに、お金はあるんかい? といわれたら。愛はあっても、お金はない。たまに松山などに遊びにいったり、近所の喫茶店でみんなでお茶をしたり、バーベキューやお月見会をしたりということはあって、そういうときに、黒糖の売上をぽーんと使う。

 でも、ほぼイノシシや猿よけのネット代や、製糖代金に消えていく。そこをあれこれ言うメンバーもいないので、本当に恵まれている。

 ボランティアというのとは全然違うし、同好会に近いけど、それにしては過酷なことも多いので、中心メンバーはずっと同じ3〜4人だった。

 チームプレイで農地を守っていくスタイルをやってみたいけど、どうやったらいいでしょうか? と相談されることが多くなってきた。

「まずは、楽しい場所であることでしょうかね」と答える。

 問題点は星の数ほどあるけれど、それを言葉にしていたって人は集まらない。やっぱり希望の匂いのあるところしか人は集わないのだと思う。

「それは久美子さんだからできたことでしょう?」

 と言われたら、高橋久美子効力は持って一年ですよと答える。これはほんとに。

 もし憧れから入っていたとしたら、そんなんマイナスに転げ落ちるのなんて時間の問題だ。素の私(メガネすっぴんという点でも)と日々を過ごす中で、幻滅するシーンは度々出てくることになるだろう。「うわ、言い過ぎた」とか「これ見せてよかったっけ?」とか、境目がどんどんなくなっていく。結婚にもバンドにも近いかもしれない。家族的になっていくのだろうなあ。

 それを超えて、というかそれはお互い様で、みんなの欠点も次第に顕になってゆく。それぞれの良いところも悪いところも分かってきたとこらへんからが、スタートなんじゃないだろうか。

 だからこそ、二年、三年と続くメンバーはごく少数だ。それで当然だなと思う。そして、繁忙期には、サブメンバーのみんなにも、正直に「お願い助けてー」と連絡をする。この、年に数回現れるサブメンバーのみんなのマンパワー、めちゃくちゃ助かる。

 正直に「助けてもらえんやろか」と言うことが大事なんじゃないかなあと思う。日本人はそれが下手だけど、店が閉店したあとで、えー! 言ってくれたらみんなで通ったのに! みたいなことってありますよね。だから、自分が音をあげるまえにヘルプを出すのだ。

「今度の日曜の朝6時からサトウキビ畑の草引きをします。お願いできるでしょうか」

「来た! 夏の地獄の草引き!!!」

 となるけど、じわじわと来てくれる。太陽が完全に昇り切るまでの数時間、みんなで朝活をする。考えようによっては、とても気持ちのいい時間だ。

 そして、お昼には解散にして、それぞれの休日を過ごしてもらう。手伝ってもらったお礼は、お金ではなくて、黒糖です。

 自分が愛媛にいる間は、極力私が進めておきたい。といいながら、みんなの力もいっぱい借りるのだけれど。黒糖BOYSのおじさんたちも、中心にいる二人がいつも現場で朝から晩まで働き、私達に指導してくれている。そういう背中を後輩の私たちは見ていて、やっぱり、リーダーが一番に動く人(動いてきた人)だと説得力あるわーと思う。

 だからこそ、師匠たちが何か困ったことがあれば、すぐ駆けつけたい。鎌倉幕府の名言「御恩と奉公」やなと、この間ふと思った。いや命はかけれんけれども。

 結局のところは人と人の付き合いだなあ。人が集まれば、合う人もいれば、合わない人もいる。仕方のないことだ。

 と思いきや、ここまでチーム内での変ないざこざみたいなことは一度も起こっていない(と思う)。そのあたりも、お金が発生していないからこそなのかもしれない。みんな野菜が好きということで共通しているから、一緒にご飯を食べ畑でとれた野菜を「おいしいねえ!」と、喜び合うだけで、十分に心地よいのだ。

 あとは、小さなイベントをたくさん作っていくことかな。畑で弁当を食べる。それだけでイベントだ。特に、最近は東京の友人やメンバーの友人たちも県外から来てくれるようになった。交通費をかけて畑の手伝いに来てくれた人へのお返しは、お金ではなく、都会では味わえない体験と気持ちいい景色の中で食べるお弁当でいいのではないかと私は思っている。

 きっと、観光では味わえない何かを求めて畑にくるのだろうと。

 チームをはじめて数年、中心メンバーが成長し、この季節には何をすべきかが分かるようになってきた。むしろ私よりしっかりしている。中心メンバーとは、チーム内でだけでなく個人的に話す機会も自然に増えてきた。人として、みんなから学ぶことも多いし、20歳前後の若いメンバーや子どもたちからは、自然に触れたときの新鮮な感動みたいなものを教わる。私にとっては当たり前の畑仕事が、彼らの感性を前にすると、すごくキラキラしたものへと変わる。私は、その喜びの隣で、もう一度、畑というステージの凄さを思う。

 自分もそうだったように、外からの視点はいつも感動に満ちていた。地元の若者と県外の子の感動が触れ合うとき、とても有意義なセッションだと思う。今日もいい日だなあと噛みしめる(杉くんふうに言いました)。

 畑をチームでやろうと考えている方へ私からできるアドバイスがあるとしたら、正直に「助けてほしい」と言うことと、人を人手だと思わないことだ。もちろん、人手がほしい。夏場の草刈りなんかは喉から手が出るほどほしい。けれど、人の手とは、それぞれみな血が通っていて、性格も違っていて、草刈りマシーンではない。集合をかけるならば、私は早起きをしてできるだけの準備(お弁当とかお茶とか)をしたいし、たとえ一日限りの人だとしても、ここへ来て良かったなと思える日にしたいなと思う。

 そういうことが面倒だなあ・・・ということならば、やっぱりお金でバイトが分かりやすいし関係も円満かなと思う。もしくは、作物をあげるのでボランティア募集として、明確にルールを決めた方がいいのかもしれない。

 いつしか中心メンバーのように、私が集合をかけなくても自発的に考えて行動してくれるようになった。自分で畝を作り、食べたい野菜の種をまき、分け合い、私がいないときも、彼女らがサブリーダーになってチームは稼働していく。

 農作業は、楽しいことばかりじゃないからこそ、互いに楽しいことを見つけてその気づきを広げられたら、お金では得られない場所が作れるのだと思う。その一つがチガヤ倶楽部の音楽部の活動だったりもする。

 ミュージシャンの友人が遊びにきてくれて、畑のあと座敷で語らったりギターを鳴らして歌ったのもすごく良かった。農業と芸術が一緒にあって、高めあえるようなそんな居場所ができつつあるのかなと思う。

高橋 久美子

高橋 久美子
(たかはし・くみこ)

作家・詩人・作詞家。1982年愛媛県生まれ。音楽活動を経て、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、様々なアーティストへの歌詞提供など文筆業を続ける。また、農や食について考える「新春みかんの会」を主催する。著書に『その農地、私が買います』(ミシマ社)、小説集『ぐるり』(筑摩書房)、エッセイ集『旅を栖とす』(KADOKAWA)、『いっぴき』(ちくま文庫)、詩画集『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)、絵本『あしたが きらいな うさぎ』(マイクロマガジン社)など。

公式HP:んふふのふ 公式Twitter

「高橋さん家の次女」第1幕は、書籍『その農地、私が買います』にてお読みいただけます!

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