トーキョーでキョートみつけたトーキョーでキョートみつけた

第29回

りく

2021.04.09更新

 この文章が掲載される頃、撮影は終わっているだろう。2020年2月に「やく」という文章を書いたが、これを読むと2019年の春から『辻占恋慕』という映画で演じる役のためにアコースティックギターの練習を始めていた。その役を演じ終える。わたしのニ年間が終わる。

 コロナの影響で撮影が二度延期になったのだが、役のために準備する心をニ年間も持ち続けたのはこれまでになかったことだ。思い入れが強く、劇中曲のレコーディングでも、撮影でも自分にできないことがあると悔しかった。目指す理想はあってもわたしにできないことは手ですくった砂が零れていくようにたくさんあった。ただそういった足掻けども長けていない人である点が、役と重なる。

 シンガーソングライターの富岡恵美は周囲への悪態をぼそぼそつき、歌を作り、音楽の世界で生きている。彼女には彼女のこだわりがあるが、多くの人に受けいれられるものではない。感情に正直なあまり、体よくだれかにおもねることが微塵もできない。

 わたしは恵美のかたくなさに愛着があり、ニ年間共に生きてきた感覚があって、別れることがどうやら切ない。でもこれ以上年を重ねるとこの役の心情や肉体とは離れていくし、五年後同じように演じられるといった類いではない。だからこの文章を書いている今、撮影中の今、が惜しい。自分で弾いて、歌って、演じられて、撮影日程がどれだけタイトでも楽しさがまさっている。

 「もうね、こんなに等身大の役を、しかも主演でいただける機会ないと思う」とつぶやくと、このニ年間のわたしをつかず離れず見ていた夫は「そんなことないよ」と言った。

 優しさが身に染みたが、そうだよねと軽くは返せず、そうだといいけれどそうとも思えず、わたしはただただ路傍の石ころのような気持ちだ。転がるかさえわからない。

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早織

早織
(さおり)

俳優。1988年5月29日生まれ。京都市左京区育ち。
15歳から俳優をはじめ幾星霜。立命館大学産業社会学部卒業。
大学時代、内田樹先生の著作を読み耽りミシマ社に辿りつく。
《近ごろの出演作》映画『リバー、流れないでよ』(山口淳太監督)、『遠いところ』(工藤将亮監督)、『NEU MIRRORS』(Keishi Kondo監督)、ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(大九明子監督)

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編集部からのお知らせ

舞台『夜は短し歩けよ乙女』6月上演! 本連載の著者・早織さんもご出演

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 原作は、2006年に刊行され、「第20回山本周五郎賞」を受賞(2007年)し、累計発行部数160万部を記録している森見登美彦のベストセラー作品。京都を舞台に、後輩である「黒髪の乙女」に想いを寄せる「先輩」が、彼女の目に留まろうと日々奮闘しながら様々な騒動に巻き込まれる様を描きます。脚本・演出は、京都を中心に活動し、劇団公演は全国で2万枚超のチケットが入手困難になるほどの人気劇団「ヨーロッパ企画」代表の上田 誠が務めます。

 昨年8月に森見登美彦が、自身の小説「四畳半神話大系」(角川文庫)と、劇団ヨーロッパ企画の代表作、舞台『サマータイムマシン・ブルース』のコラボ作品「四畳半タイムマシーンブルース」(KADOKAWA)を刊行したことに対してのアンサーとして、上田氏の脚本・演出にて『夜は短し歩けよ乙女』を舞台化し、上演いたします!

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