トーキョーでキョートみつけたトーキョーでキョートみつけた

第35回

よろこび

2023.12.07更新

 この連載、終わってしまったと思われていたことだろう。わたしでさえもそんな気がしていた。いや、こんな連載があったなんて知らなかったという方ばかりかもしれない。あらためまして。俳優をしております、早織と申します。
 2022年5月に「かみ」という文章を掲載していただいた頃から今日までの間に、随分と自分の環境が変わった。2022年末で、14歳の秋から20年お世話になった芸能事務所を退所し、2023年3月まではフリーランスとしてはじめて動いた。2023年4月からはエージェント契約を結んでいただいた俳優事務所があるものの、その会社の代表の新井さんには「早織ちゃんの好きなことをしてほしい、もっと自由に生きてほしい」と言われている。でも困った時はすぐに相談に乗ってくれるので、全くのひとりの時とは異なる心持ちだ。
 20年所属した事務所を離れるか離れないか決めることには時間がかかった。
 なんせ出たことがないのだ。決心したのは2022年の夏が終わった頃だったけれど、数年かけて考えていたことだったと、過去の(手帳の)断片的な日記を読むとうかがい知れた。関わる人数の多い大きな会社のなかで、わたしは自分の足がどこに立ち、何を大事にしたいのか年年わからなくなっていた。どこに立っているかわからない時、自分の言葉が出てこなくなった。もちろん、日常生活をおくるなかで人と会話はしている。でも書く、となると書けなかった。思うこと、言いたいことが枯れてしまっていた。
 今の今まで、ああ時間がかかったなあと思う。書いていないと言うと、書けばいい、書きなよと言われることが度々あったけれど、言われると胸の奥にうっすら鈍い痛みを感じ、ずるずると書くことに向かえなかった。それは、生きる自分の腰が据わっていなかったからに他ならない。
 今年一年、文字通り駆けぬけた。ひとつひとつの仕事を自分の頭と心で判断し(仕事と仕事のスケジュールを調整し)演技に臨んだことは、俳優として、人として、立ちあがり直した感覚がする。「早織ちゃんの好きなことをしてほしい、もっと自由に生きてほしい」と言われたことに、正直なところまだ慣れはしていないが、書きしるす言葉は生まれるようになった。わたしの胸はなぜか小さく震えている。これを悦びと呼ぶのだろう。

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早織

早織
(さおり)

俳優。1988年5月29日生まれ。京都市左京区育ち。
15歳から俳優をはじめ幾星霜。立命館大学産業社会学部卒業。
大学時代、内田樹先生の著作を読み耽りミシマ社に辿りつく。
《近ごろの出演作》映画『リバー、流れないでよ』(山口淳太監督)、『遠いところ』(工藤将亮監督)、『NEU MIRRORS』(Keishi Kondo監督)、ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(大九明子監督)

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