トーキョーでキョートみつけたトーキョーでキョートみつけた

第16回

はらえ

2019.07.06更新

わたしに電話をかけてくるのはみよこだ。伝えたいことがある、といったわけではない、いつも大義のない電話。iPhoneから聞こえるみよこの声はすり寄ってくる猫のようにすっと心に近いところにきて、そう長電話などしないのに、みよことは話を続けてしまう。暑いね。クーラーをつけたり、消したりしてるよ。電気代がいちばんかかると言われているやつだね。扇風機まわすわ。涼しいよね。扇風機、いいね。

ドライをつけたまま家を出てしまっていて、部屋に入り感じた極楽の涼しさに意識を刺激され、みよことの電話を思い出した。電話がかかってきた数日前の日よりも暑くなった。彼女は茹だってぼやいているだろうか。ドライのかかった部屋のにおい。夏のにおいだ。

そこに加わる生姜のかおり、茗荷の歯ざわり。冷水でしめたそうめんをちゅるりと口にふくみたい。ああ。涼しい部屋で冷たいものを食べるとおなかを冷やしすぎやしないかと案ずる今からは考えられないが、小学生の時分は氷をガラスのコップにいれられるだけいれてきんきんに冷やしたお茶をぐびぐび飲んでいた。冷たいお茶を何度飲みほしても火照る身体をどうにもできなかった。

河原町を歩けば耳にするはずのコンコンチキチン。祇園祭のお囃子の音が胸にあるのに、今年は遠くで鳴っている。

年明けに参拝していた代々木八幡宮へ7月1日に足が向いて、一年のはんぶん無事にやってこれた感謝を伝えた。色濃くなった境内の緑が目の奥に広がる。神社からほど近いAWRY BY THE MANNERで重たくなっていた前髪を切ってもらうと、毛先のラインが真一文字からゆるやかな斜めになり視界が開けた。それを瞬時にデザインしたなほさんのセンスにしびれ、禊を思わせるかのような出来事となった。

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早織

早織
(さおり)

俳優。1988年5月29日生まれ。京都市左京区育ち。
15歳から俳優をはじめ幾星霜。立命館大学産業社会学部卒業。
大学時代、内田樹先生の著作を読み耽りミシマ社に辿りつく。
《近ごろの出演作》映画『リバー、流れないでよ』(山口淳太監督)、『遠いところ』(工藤将亮監督)、『NEU MIRRORS』(Keishi Kondo監督)、ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(大九明子監督)

早織 公式X

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