トーキョーでキョートみつけたトーキョーでキョートみつけた

第11回

2019.02.04更新

今夜の洗い物をもうしている。一日、一日の過ぎるのが早い。こんなにも一日は早かっただろうか。わたしのかすかな戸惑いなど世の中にはなんの支障もない。世の中の動きは目まぐるしい。正直、仕組みの理解がおぼつかない。それだのにわたしは生きていて平気で毎日を過ごしている。毎日を暮らせていることのめぐみに畏れさえおぼえる。おおげさだろうか。

ひとり、東京で暮らしはじめた頃、地元に帰ると「よく東京で暮らせるなあ」と言われた。ほぼ京都を出ることのない友人は東京に対して漠然と「こわい」というイメージを抱いているらしかった。それはテレビのニュースで見る映像の断片、たとえばJRのすし詰車両、六本木の高層ビル群、渋谷のけたたましい音や電光などから想起されるのだろうか。わたしもそれらはほとほと苦手だ。だがそんな大都会にも、力みのない隙間があって、そこで息をはいたりすったりすると、耳や目におしよせてくる情報とはふっと距離を置くことができる。

その隙間とは渡辺京二さんの仰っていたコスモスにあたるのだろう。世界には、国際情勢や地理学的な「ワールド」と自分を取り巻く自分を中心とした世界の「コスモス」の二つがあると。

隙間にいると、目の前はまたたき花鳥風月がおどりだす。ああ、あの街路樹の間のまるい月は東京でも京都でも同じひとつの月なのだな。新宿ゴールデン街の雑居ビルの4階に入っていた小さなバーでアルバイトをしていたときも、休憩時間に(というかお客さんのてんで来なかった日)錆びた手すりのベランダに出て月をながめた。ほう、書いてみて思い出したことだ。あのバーではたらいていた(はたらかなかった)時間は、何のことはないがわたしの世界の話だったのだ。コンソメの素を用いてごはんに味をつける(ふだん、しない)オムライスの作り方を店長から教わったり、すこし離れた隣のビルの窓はオレンジ色のあかりで誰もいない部屋をぽっかり浮かべ、洗い場の窓からそれが目にはいるのでいつかあそこへだれかやってくるのかしらとどきどきしたりしていた。長年はたらいたわけではない。夜ふかしすることになじめず一ヶ月も経たないうちに辞めてしまったが、こわくも冷たくもないたおやかな東京の夜があった。

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早織

早織
(さおり)

俳優。1988年5月29日生まれ。京都市左京区育ち。
15歳から俳優をはじめ幾星霜。立命館大学産業社会学部卒業。
大学時代、内田樹先生の著作を読み耽りミシマ社に辿りつく。
《近ごろの出演作》映画『リバー、流れないでよ』(山口淳太監督)、『遠いところ』(工藤将亮監督)、『NEU MIRRORS』(Keishi Kondo監督)、ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(大九明子監督)

早織 公式X

編集部からのお知らせ

早織さんイベント登壇情報

早織さんが出演している映画「エクレール お菓子放浪記」の上映会と、早織さんと映画評論家の松崎健夫さんのトークイベントが宮城県石巻市で開催されます。

■日程:2019年2月17日(日)
■時間:16:00 上映開始(15:30受付開始)
   17:50 上映終了(10分間トイレ休憩)
   18:00 ゲストトーク開始
   18:30 イベント終了
■会場:旧観慶丸商店(石巻市中央3丁目6-9)
■定員:50名程度(予約制)

詳細はこちら

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