ダンス・イン・ザ・ファーム2

第47回

何者か

2026.02.24更新

 右前のタイヤで何か大き目のものを踏んだ。ガタン。ここは僕が住職を務める寺のすぐ近くの国道で、夜11時を迎えようとしていた。ひい、パンクしたか。最近車のトラブル多いな。

 あたりは暗く、交通量もほとんどない。車を路肩に止めて何を踏んだのか確認してみたら、普段馴染みのない、巨大なリモコンのようなものだった。あたりには部品が散乱していて、たまに通りかかる車から部品を踏んづける音がする。カラカラカラ。

 ほかの車も同じような思いをされてはいけないと思い、車道の真ん中へとささっと忍び寄って、ボロボロになった業務用リモコンを路肩によけた。さてどうするか、そのまま帰るか。一応、警察に電話することを思い立った。後続の車はまばらだけど、もしなにかあったら気の毒だ。それ以上に、自分の車があとで不具合があったらいやだなと思った。タイヤの交換とか、大変な修理代がかかるのはごめんだ。でも、警察に電話したからといって、どうなるかはわからない。

 「すぐ駆けつけますので、少しそちらで待っていてください」

 電話口の警察の方からそういわれ、近くの駐車場に止めて待った。10分くらいしてパトカーが到着、中から3名の警察官が出てきた。寒波が到来しているさなかだった。寒いのにすみません。現場を案内するとさっそく写真に収めたりしていた。そして僕の免許証を求められた。あれ、 その、僕の情報いるんでしたっけ?  どうでしたっけと戸惑いながら見せていたら、こんなことを言われた。

「ご職業は何ですか?」

 で、出たー! また出た! ちょっと苦手な質問なのよそれ。交通違反のときと違ってなにか悪いことをしたわけではなく、いつも以上に不意打ちに感じられた。落ちていた物を踏んだだけで、免許証を見せたり聞かれたり。えーっと、えーっと。

 ほんの一瞬だろうに、永遠に感じるこの瞬間。「あなたは何者ですか?」と聞かれている気がするこの質問に、僕は身構えるようになっていた。休符の時間。ラジオであれば放送事故かもしれない。

「・・・僧侶です」

 いつもだったら「自営業です」とか答えるところ、初めてこういう言い方をした。たまたま現場が寺の近くだったというのもあって、この答えが出てきのだろう。すると警察官の方から小さな声で、

「・・・ソウル?」

 と聞こえた。ソウル?  首都か魂か、どっちなんだ!

「ああ焼き肉のあのお店ですね。接客か何かですか?」

 と、警察の方は合点がいったようだった。ああ、あるある、あります。たしかに警察署のすぐ近くに「ソウル」という名前の焼肉屋さんが。僕は自分の心を確かめながら、

「あはは、僕も行ったことがあります。おいしいですよね。でも、ソウルじゃなくて、僧侶です」

 と、もう一度言葉にした。でも、僧侶って職業なのかな。職業ってそういえば何かな。寒風のなかで自問自答が始まった。

「お寺の名前は何ですか?」

 次から次へと検分が続いた。すぐに終わると思っていたのに、これも言わなきゃいけないのかな。でも住職だし。ここは自信をもって、

「フドウインです」

 と答えた。すると、

「フドウは、どんな字ですか?」

 うーんなんていったらいいのだろう、よくあるやつですといいながら、

 「うごかない、っていう意味の、あの・・・」

 とモゴモゴしながら伝えると、

 「不動明王の不動、ですか?」

 といわれた。そうですそうです、ズバリそれ。不動院、ドンピシャです。それはわかってくださるんだ。不動産といってもよかったけど、かえってよかった。

 「このあたりはお寺けっこうあるんですか?」

 と、他の警官の方からも尋ねられた。うーどうでしょう、僕はここに住んでいなくてあまりよくわからないんです、周防大島で暮らしているんです、ハイ。へーそうなんですね。と会話が続いた。では電話番号聞かせてください。あ、電話番号・・・。

 これってもしや職質? 僕ってあやしいかな。

 「今回は、結論から申しますと・・・事故扱いにはなりません」

 なんと。加えて、

 「よって、今訊いたことは記録には残しません」

 と申し添えられた。なーんと。このくだりいったいなんだったんだろう。でも通報したのは間違いではなかったみたい。自分から電話して始まった、寒波の職質。

 「それから、道に落下物が落ちていても、取りに行かなくていいですよ。危ないので。そのまま通報してください」

 と付け加えられた。警察官の皆さんは優しかった。制服を普段着に着替えたら、どんな生活をしているのかな、と想像した。

***

 ステージ衣装に着替える、という行為がしっくりきていなかった。なるべく、着替えないでステージに上がれるようにと心掛けていた。着替えるとしたら、ただ汗をかいているからとか、そんな理由。あるとき、楽屋でパンツを脱いで丸裸になって黒いガムテープでぐるぐる巻きにして「遠目からはボクサーパンツとしかみえないだろうフフフ」と自己満足でフェスに出たことぐらいを思い出す。その時は一曲目できれいにお尻の割れ目で破れて、ただ自分だけが損をした。近くにいたスタッフもなにも気づいていなかった。

 「普段」と「ステージ」と何が違うんだろう。ほんとに違うのか? と思っていた。その境目は必要なのだろうか。これは10代後半でパンクに出会ったことが大きく、当時の現在進行形の先人たちの姿を見て、そう思うようになった。

 なので僕もそれにならって、ステージ衣装に着替えるという方法ではなく、普段着がそのままステージでも通用するようにと、考えるようになった。冬に着ていたコートのまま上がって暑苦しい演奏をしてみたり、背負っていたリュック姿のままギターもかついで演奏して、すぐさま帰れるようにしてみたり。これは、演奏にはとても不便な状態だ。 

 なにも僕に限ったことではなくて、同じような姿で演奏をしている方も少なからずいる。きっと皆さんそれぞれ近しい思いがあるのではないか、と僕は疑っている。それに、これはいうほど大したパフォーマンスでもなくて、しょうもないこだわりであり、口にするだけ野暮だ。

 ただ、このしょうもなく小さな格闘は、今思えば「何者なのか」というひっかかりに対しての、自分なりの試行錯誤だったような気もしている。 

***

 寺でのお勤めのあと、お参りの皆さんとのお話のあとにスマホを覗くと、着信とメッセージがたくさん入っていた。どきっとした。確認すると、お世話になっている人の家族が惜しくも亡くなって、そのご葬儀の依頼だった。すぐに支度して枕経へ。このあたりでは「枕づとめ」ともいうそうだ。

 いくつも入っていた連絡のうちの一つは、葬儀社の方からだった。といっても、その方はみかんが好きすぎて、20歳のときに岩手から周防大島に移住してみかん農家になった古い友人だった。マルシェに出てもらったりしても人気だったけれど、彼はいつしか葬儀社で勤めるようになり、今では年上の部下がいるという状況にまでなっていた。初めて葬儀の場で一緒になる。

 以前は農家の作業着姿で会い、今回は葬祭のスーツ姿で会う。彼はとても丁寧な対応できめ細かく、本人の気持ちはどうなのかはわからないけれど、天職に出会えているのではないかと感じた。

 その部下の方も今回の儀式の担当になっていたのだけど、こちらはなぜか話しているうちに僕の遠い親戚にあたることがわかった。びっくりした。この方も人生を折り返してから決断した、異業種からの転職だそう。

 枕づとめ、通夜、葬儀と進んでいく。儀式ではその時々でふさわしい「衣」を着る。先述の「ステージ」について考えていたことは、僕のなかであっという間にひっくり返っていることがわかる。言い訳はしない。今では、他のお寺での法要に呼ばれるたびに「今度の法要の衣体はなんですか?」と尋ねるようにまでなってしまった。「衣体」(えたい)、つまり「その日の衣装はなんですか」と聞いているのだった。衣装を揃えるつもりなのだ。

 その日、心を込めて枕づとめをしたあと、着替えずに自分の住む集落に帰った。今度主催する落語会のチケットを持っていく予定だったのでお店へいくと、いつものおっちゃんおばちゃんたちが外で談笑していて、

「今日は何ごと!?」

 と聞かれた。僧侶姿が珍しいからだった。ちょっとした違いでも「何ごとか!?」と聞かれるのがこの地域の日常。そして、僕が僧侶だということは認識していてくれていても、この集落で衣を着ることはほとんどない。だから皆さんには初めての姿だった。僕は一瞬なんと答えようか迷いつつとっさに、

「・・・コスプレです」

 と答えてしまった。最近集落で愛されていた方が亡くなったことも関係していた。でも我ながらそんな言い方しなくてもと思い、逡巡しながら伝えたら、

「あははははは!」

 と予想以上にうけた。それはそれで戸惑った。でも、これでよかったのかもしれない。

 あくる日、お通夜でも集中してお勤めをした。そしてこの日も終わったあと予定が入っていた。日ごろ配達しているお米の引き取りである。以前から友人と協力して行っていて、中継地点で僕の車に乗せ換えてもらうのだった。

 この日も僧侶姿のまま引き取りに行った。

 するといつもの引き取りの現場には、普段はない、イカつく改造された風のバイクと車が2、3台停まっていた。ナンバーを見ると県外だ。暗がりのなかで、バイクの背もたれやハンドルがやや不自然な形でトンガっている。赤っぽいシートも見える。怖い人だろうか。僕もこの目の前に停めないと、僕も米の引き取りができないのです。

 するとその隣の家から人が2、3人ほど出てきた。暗がりのなかから一番先頭に出てきたのは、白くて暖かそうな服を着た体格のしっかりした方で、頭はビシッと剃り込みが入っていた。とてもVに見えた。その後ろには、すこし背の低めな方が続き、黒くて暖かそうな服を着て、キラキラとした胸元の瞬きから金色の装飾品を着けているのがわかった。さらにもう一人、中くらいの体格の方も出てきた。だ、だいじょうぶかな。

「荷物を引き取ったらすぐどかしますので」

 と訴えた。すると白いVの方から、

「あ、大丈夫ですよ。子どもたちを待っているだけですから」 

 と少し意外なトーンでいわれた。そして後ろの黒めの服の人から、

「どうしたん?」

 と声があがって、白い服の人が、

「ああ、お坊さんよ」

 というと、

「ああ、お坊さんですか」

 という返答があった。「お坊さんが荷物を引き取りに来ているみたいよ」と伝達がなされて、全然停めていただいて大丈夫ですから、と優しい声をかけてもらった。

 僕はこのとき自己紹介はしておらず、お坊さんであると一言もいっていない。暗がりで服のみで一発で伝わって、コミュニケーションにも影響があることに驚いた。しかも今回の業務は、衣装とは関係のない、米の受け渡しだった。

 暗がりのなかで、20個ほどに小分けされた紙の袋を、次から次へと車から車へ移し替える黒服の僧侶。それを見守る県外ナンバーの漢たち。お互いのステージ衣装、お互いの制服がある。

「ご職業は?」と聞くなら、たぶん今だった。そしてきっと、みんなで宙ぶらりんになるしかない。

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中村 明珍

中村 明珍
(なかむら・みょうちん)

1978年東京生まれ。2013年までロックバンド銀杏BOYZの元ギタリスト・チン中村として活動。2013年3月末に山口県・周防大島に移住後、「中村農園」で農業に取り組みながら、僧侶として暮らす。また、農産物の販売とライブイベントなどの企画を行う「寄り道バザール」を夫婦で運営中。2021年3月、『ダンス・イン・ザ・ファーム』をミシマ社より上梓。

「ダンス・イン・ザ・ファーム」の過去の連載は、書籍『ダンス・イン・ザ・ファーム』にてお読みいただけます!

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