ダンス・イン・ザ・ファーム2

第49回

何者・生き物

2026.05.29更新

 ヤギを飼い始めて5年半。名前は「こむぎ」。強烈な頭突きをしてくるかわいい女の子だ。「最近貫禄あるね」といわれるほど成長して、まあまあ大きくなっている。なにか訴えたいことがあると、全力で「メェ~~」と鳴いて、集落のだいぶ離れたところまで聞こえてしまう。

「草を食べてくれるからいいでしょう?」とよく聞かれるけれど、半分当たっていて、半分当たっていない。繁茂している草や木を食べてくれるのだけど、だいぶ選り好みをするので、手当たり次第に食べてくれるのではないのだった。絶対に食べない草、毒がある草、毒があるのをわかっていながら食べる草、いろいろだ。

 トゲトゲのある「いばら」は大好物。僕なんかは1mmにも満たないトゲが指に刺さっただけで気になって仕方がないのに、不思議だ。口のなかは一体どうなっているのだろう。

 気まぐれでドクダミを食べると、周囲にプ~ンとあの香りが漂う。

 他にも、アカメガシワやニレ、イヌビワといった、草に紛れて早い段階で生えてくる樹木が大好きなようだ。どれも、飼うようになって初めてわかったことだ。

 先日散歩に連れていったときのこと。いつも通り、道端のいろいろな草木を選り好みしがら結構食べていた。その散歩の終盤、たまたま落ちていた何か大き目のものを口に入れて、モゴモゴし始めた。

 口元から緑色状の粉がホゴホゴと噴き出している。なんだなんだ。顔に近づくと、柑橘の香りがしてくる。なんと、丸ごと青カビに包まれたミカンを食べている。フガフガフガ。ええっ。一気に口の中に入れたので食べるのに時間がかかっている。

「おいおいおい」

 緑の粉を顔の周りにつけていて、大丈夫かなと心配になった。柑橘が好きなのは知っていたけど、その状態のミカンを食べているのは初めてみた。ミカンの島である周防大島。状況から察するに、カラスかなにかの鳥が採って落として、腐ったものだろう。

 こむぎはこれまでも、草木の匂いを嗅いで、食べたくないものは絶対に食べないと判断していた。ということは、逆に今日は、カビていようがいまいが、食べたかったのか。

 口から出さそうとしてみると、全力で暴れてくる。こんなときは本当にどう猛で怖いくらいだ。あーあ。ついに食べきってしまった。

「大丈夫?」

と声をかける。ヤギは病気にかかりにくく比較的丈夫だと本やネットで読んでいたし、5年間本当にそうだなと実感していた。ただ、たまに元気がなくなるときがあり、お腹の調子が悪いのか食欲が全くなくなって、そんな時はあれだけ大きな鳴き声もしなくなる。

 最初に調子が悪くなったのを見たのは、僕たち家族が初めて新型コロナウイルスにかかったときのことだ。不思議とこむぎも何も食べず鳴かずになり、あきらかに調子が悪そうだった。

 ともかく、今日は青カビミカンを丸ごと食べた。今日、明日、あさって、こむぎはどうなるんだろう。自分で「これくらい大丈夫」と判断しているのか。それとも、どうしても食べたくて欲に負けたのかわからない。様子を見守るしかない。

 一方、ヤギと向き合っている間。じつは僕の頭皮にはヤモリがいた。頭の上に滞在してもう1時間が過ぎようとしていた。僕はヤギだけでなく、ヤモリとも向き合っていたのだった。

 何があったのかというと、ヤギを散歩に連れ出しながら、庭の大きなバケツを見に行った。これから田植えに使う稲の種を漬けていたから。そうしたら、その水のなかに、ヤモリが浮かんでいた。落ちて出られなくなっていたらしい。お腹が大きく見えたので、卵をはらんでいるのかもしれない。そんな大きさだった。

 とっさに水面に僕の右手を差し伸べると、ヤモリは手のひらから腕を一目散に走って登っていき、ついに僕の頭に巻いていたタオルと頭皮の間に収まった。一体どうして。くすぐったい、ゾワゾワゾワ。

 頭皮とタオルの間に、ヤモリがいる。いつまでいるんだろう。きっとすぐ出るかと思ってそのままヤギの散歩をしていたけれど、今のところ出そうにない。しーんとしているが、時折モゾモゾと動きがあるので気配がわかる。まだいるな。何をしているんだ。

 もしかしたら、助けたことをわかっているのかもしれないと思った。哺乳類と爬虫類、ちょっとだけ種類は違うけど、やっぱり同じ脊椎動物だからか。気持ちが通じ合えるのかな。こんなにべったり一緒にいれるなんて、なかなかない。

 日中、気温はぐんぐん上がり、頭もじわじわ汗ばんできた。何を考えているのかな、とちょっと想像してみる。僕は坊主なので、水分もダイレクトに伝わっているだろう。あ、変温動物か。この状況は彼女にとって快なのか不快なのか。でも、自分で入っていったんだし、不快だったらすぐ出ていくだろう。

 歩いても、かがんでも、走っても、まだ出てこない。この頭の揺れはどう思っているんだろう。僕のことを、なんだと思っているんだろう?

 そのようなことを想像していたら、目の前でヤギカビたミカンを食べた。

***

 ヤモリとコミュニケーションがとりたい、なんだかそういう思いが募っていく。そして「そうだ!」とひらめき、お経を唱えてみた。畜生も、もしかしたら何かの生まれ変わりかもしれない。あるいは今後、いつか人間に生まれ変わるかもしれない。六道輪廻か。僕たちはともに、仏教のなかでは「有情」というくくりなんだだ。

「むじょうじんじんみみょうほう~」

 この上なく奥深く、素晴らしい教え~。と始まる「開経偈」だ。モゾモゾ。あれ、なんか動く。

「弟子某甲 尽未来際 帰依仏 帰依法 帰依僧」

 モゾモゾ。帰依することを誓う「三帰」。

「弟子某甲 尽未来際 不殺生 不偸盗 不邪淫・・・」

 モゾモゾモゾ。こちらは「十善戒」。

 唱えるたびにあきらかに反応している感じがする。これは、「君たち人間だけが必要な文言でしょう?」と思っているかも。

 反応しているのは、口にしている内容というよりも、僕の骨の振動に関係があるのかなと思った。とにかくモゾモゾ動く。

 目の前にはヤギ。ここで「不殺生」と唱えながら、どういう意味なんだろうと考えてしまった。というのも、ヤギは草を食んでいるなかで、植物の命をいただいている。ヤモリは虫を食べて生きている。さっきバケツに落ちていたのは、虫を追っていたからかな、と思っていた。

 自分が生きることと他の命をいただくことは、切っても切り離せない。というのをこの生き物両名を肌で感じながら思った。

 そして、人間の苦しみを観察しぬいたブッダが、そこから「不殺生」というあり方を唱えたことに思いを馳せる。すると、さらにブッダより前の、インドに流れる歴史にも考えが及んでいく。

 じゃあ僕はなんなんだろう。

***

 そして2時間経過。ヤギは小屋に戻し、頭のヤモリと僕も家に入った。

「もしかしたら、頭の上で卵産むんじゃないかしら?」

 パソコンの前に座って「ヤモリ 産卵」と調べてみると、

「産卵期:5月~8月。産卵場所:人家の戸袋や壁のすきま、天井裏など」(国土交通省 九州地方整備局HP)

と書いてあった。しかも、「暗くて湿気のある安全な場所を好む」とか。ひょっとして、いま僕の頭はそういう状態の場所になっていない?

 ついに3時間経過。3時間! 僕は作業のためにもう一度外に出ると、またヤギが自分の頭をこすりつけてくる。いつもの傾向から「遊ぼう」という種類の感情なのかなと思った。

 4時間経過。いよいよさすがにだ。家の中で事務仕事をしながら「なんなんだこれは」と思っていたら、頭上でついに動き出した。僕の首筋に感触が伝わって、タオルの下から出てきた。これだけ一緒にいたら、感情のつながりが少しでも芽生えているかもしれない。もう僕たちは友達だ。触って対面しようとすると、

 バタッ、バタバタバタバタ。身体を左右にくねらせながら一目散に走り出す。

 逃げて行った。

 ヤモリと感情のやりとりができるかと思っていたら、全くできていなかった。もう一度捕まえてみると、じたばたしてどこまでも逃げようとする。要するに、僕はもう敵だった。

 うすうす思っていたけど、ヤギのほうは、少し気持ちがわかるような感じがある一方で、ヤモリは「何考えているか、全くわからない」。

 ヤモリを捕まえて体を見てみたら、赤いつぶつぶがいくつか見えた。手でつまんでも取ろうとしても決して取れない。

 調べてみたら、ヤモリに寄生するダニだった。そうか、もともと自らの意志でバケツの水の中に飛び込んで、ダニを取ろうとしていただけなのかもしれない。

 実際、赤いダニを取るには30℃くらいの水にしばらく漬けると、取りやすくなるらしい。

 いままでの自分の想像が恥ずかしく、滑稽に思えてきた。タオルの中をみると、産卵はしていなかった。そして庭に逃げていった。あばよ。また会おう。

***

 その日の夕方、小学校から帰ってきた息子が「川でガサガサしよう」と誘ってきた。網でなにか探そう、という意味だ。

 近くの小さな水路のような川に網を持って入ると、ほんの数分で「なんかいた!」と声がした。網のなかを覗くと、小さな爪楊枝ほどのウナギだった。僕は初めて見た。よく見つけたなあ。

 そのあと、石をひっくり返しながらガサガサして、エビやカニなどと出会いながらしばらくすると、2人して「あっ!」と声を上げた。今度は、背が黒く、腹が銀色に輝く大き目のウナギだった。2人でバシャバシャ慌てながら、ウナギも必死に暴れながら逃げて、手で触ってはスルリと抜け出し、ついに石垣のすき間に入り込んでしまった。

 僕は東京・杉並で暮らしていたときに、3匹飼っていたほどウナギが好きだった。そのウナギは、浜松の養殖場からわざわざ取り寄せた。

恥ずかしながら、天然のウナギは今日初めて見ました。昨今少なくなっていると聞く大好きな魚、貴重な存在だ。

 爪楊枝サイズのウナギは家に連れて帰り、息子は「ゴンザレス」と名付けた。

 一方、翌日、その翌々日のヤギのこむぎ。

「メェーーー!!」

と大声で鳴くほど元気で、頭突きの威力も半端なく怖いくらい。カビミカンの影響は、全くなかったようだ。

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中村 明珍

中村 明珍
(なかむら・みょうちん)

1978年東京生まれ。2013年までロックバンド銀杏BOYZの元ギタリスト・チン中村として活動。2013年3月末に山口県・周防大島に移住後、「中村農園」で農業に取り組みながら、僧侶として暮らす。また、農産物の販売とライブイベントなどの企画を行う「寄り道バザール」を夫婦で運営中。2021年3月、『ダンス・イン・ザ・ファーム』をミシマ社より上梓。

「ダンス・イン・ザ・ファーム」の過去の連載は、書籍『ダンス・イン・ザ・ファーム』にてお読みいただけます!

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