ダンス・イン・ザ・ファーム2

第50回

生き物・子育て親育て

2026.07.06更新

 今、家にウナギが2匹いる。

 息子と、近くの小川で「ガサガサ」------網で、隠れている生き物を捕まえる------をしたらウナギがいることがわかって以来、「ねえー、川いこう」と誘われるようになった。夕方、薄暗くなってからヘッドライトを装着し、小川に降りていく。石をひっくり返して、草の根元を探って。

 「見つけた!」

 興奮の声が上がる。おお、いるいる。親子してバケツを持ってわくわくしながら網を振り回すけれど、どうしたってうまく逃げていく。スルスルスル。大きさは、スーパーで見たりするようなサイズではなく、爪楊枝の大きさから子ども用のお箸くらい。ニョロニョロ、ウネウネ。最初はミミズかヘビの子どもか? と思うくらいだけれど、よくみると、あのなんともいえないかわいいウナギの顔なのだった。この日は最後まで捕まえることができなかった。

 後日、小学校から帰ってくると「今日も行くよ!」と息子にいわれた。そして続けて「Rくんと約束したから」という。

 Rくんは同じ小学校に通う1歳上の子で、親しくしている友だちの1人なのだった。課外のクラブ活動である「スポーツ少年団」、通称スポ少のソフトボールチームでもチームメイトだ。

 ちなみに2026年現在、周防大島にある小学校8校のうちで、彼らが通っているのは島の一番奥の小学校となる。今から4年ほど前に2校が統合してスタートした小学校だ。最近このエリアでは保育園がついにゼロになった。

 そういえば、周防大島に来て僕が驚いたことの一つは、低学年から高学年までみんなが仲良くしていることだった。50人あまりの全校生徒で、少ないからこそ生まれる関係なのかもしれない。東京の学校育ちの僕にとっては、学校で年齢問わず親しい関係性があることと、方言を話せることが、子どもの学校生活をみていてうらやましいことの2トップだ。

 このRくんがそもそも、「ウナギがいるよ」と教えてくれた張本人だった。何度もウナギを捕まえたことがある、と彼から聞いていて、実際に川にいくとウナギがいて大興奮、それが息子の原体験となっていた。本当は、何年か前に川に入ったときにも「ウナギがいた!」と息子が叫んで追いかけたことがあった。その時は僕を含め近くにいた誰もが見ておらず、息子だけしか見ていなかった。ヘビかミミズか何かの間違いを疑っていて、カウントしていなかった。ごめんよ、あれはたしかにウナギだったんだね。

 さて、ウナギ獲りの先輩であるRくんのアドバイスの元で、暗くなってからあるポイントへ向かった。ここにさらに彼のお兄ちゃん、中学生のHくんも一緒に来てくれた。ウナギ獲りの師匠のような存在だ。

 「ここにはおらんよ。おるとこ知ってるから」

 と暗い道のりを、H師匠が導いてくれる。雨も少し降っている。僕たちが住んでいる島の奥地では、川はどれも小さくて浅い。その小川の上は、車が通れるようにところどころコンクリートの蓋がされていて、中はトンネルになっているのだった。

 川をライトで照らしながら夜道を歩いているとさっそく、弟子たちが興奮して叫ぶ。

 「あ、おったおったおったおった!!」

 たしかに!ウネウネしているのが見えた。川の流れる音のなかで、黒と銀色の光がまたたく。明るい時間は石のすき間に潜んでいたけれど、夜はこんなにも動いているのかと驚いた。じつは僕も興奮していた。H師匠だけは、落ち着いていた。

 「まだもう2ヶ所あるけえ」

 まあまあ慌てるな、といわんばかりのお兄ちゃん。一方の弟子たちはさっそく川へはいっていき、「そっちそっちそっち!」「あああ!」となかなか捕まえられずに長靴の足音が響く。ギャップが面白い。結局逃げられてしまったみたいだ。

 気を取り直して歩いていると、弟のRくんがこんなことをいった。

「ウナギがおるとね、なんかニオイがするんよ。ウナギのニオイが」

 僕と息子は「ほんとに?」と声が出た。それは「気配がする」という意味のニオイなのか、それとも本当に「匂い」がするのか。ともかく初めて聞いた。

「ウナギがおる、『匂い』がするんよ」

 と力説。実際に匂うという意味だったようだ。「だからおるときはわかるんよ」と。どんな匂いなのかはRくんに訊いてもわからなかったが、ともかく匂うと。

 一行は別の場所の探索を開始、川のなかを屈みながらズイズイと進んでいく。

「おったおったおった!」

 こんなにあちこちにいるの?  僕はたまげた。さらにコンクリートの蓋で覆われた川のトンネルを進んでいく。大人は腰が痛いよ。

「あ、ウナギの匂いがする!」

 とついにRくんが叫ぶ。ここか? ここか? と探ると、バシャバシャバシャバシャ。

「あ! ほら、おった! おったおった。やけえ、やっぱり匂いがするんよ」

 と声がこだまする。この日見たなかで一番大きなウナギだった。夜中のトンネルで僕らは何をやっているんだ。熱中した子どもたちの魂が溢れる。僕ももちろん同じように探索する。楽しい。

 結局この日、何匹ものウナギに出会い、そして一匹も捕まえられなかった。出会えた満足感と、次は絶対捕まえるぞ、という意気込みを確認し合ってこの日は別れた。

 後日また夜暗くなってから。僕が家で仕事をしていると、スポ少帰りの息子がRくんと一緒に帰って来た。今度は手にはバケツと網を持っている。

「ウナギ捕まえてきた」

 また行ってきたの?  暗い玄関先で、このバケツのなかに、この前よりも大きなウナギが入っていた。

 ちょうどその頃、息子は小学校に付属している学童の先生から「水槽いらない?」といわれて、2つ持って帰ってきていた。想像以上に大きな60センチの水槽2つ。僕が昔ウナギを飼っていたときと同じサイズだったので、まさかのピッタリ。そのウナギが水槽に加わって今家に2匹いるということだった。

 それにしても不思議だ。二ホンウナギの卵が初めて採取されたのは2009年とのことで思いのほか最近だ。しかも産卵場所は、日本から気の遠くなるほど離れたマリアナ諸島海域というところだそうだ。そのウナギが成長しながら各地の川に入っていく。遠路はるばるどころの騒ぎでない距離を、瀬戸内海という内海の、ほんとうに小さなちいさな川にまで来るなんて。

「大雨が降ったあと川に入るとけっこうおるんよ」

 中学生のH師匠はウナギ獲りをしながらこういった。ウナギが、雨で増水した川をさかのぼっていくのだ。

 そんな二ホンウナギは絶滅危惧種に指定されている。なじみがあるのは「養殖ウナギ」だったけど、それは卵から育てたものではなく稚魚の「シラスウナギ」を獲って育てたもの。一方、卵から孵化させた「完全養殖」の二ホンウナギが世界で初めて販売されたのは、なんと今年のことだった。2026年のつい先日、5月29日に。それだけこの魚は多くの謎に包まれていて、卵から育てていくのがまだまだ難しいのだそうだ。これからもいなくならないでほしいと願いながら水槽を眺めてしまう。川に返したほうがいいのかな。

***

 家の前をバスが通る。県道となっているその道を使って、毎日高校の娘の送迎を行っているのだけれど、何年か前の線状降水帯の大雨のときに、水が溢れてこの道路をつたって流れ出した。僕が取得した元公民館「和佐星舎」のすぐ裏だ。その水のなかで爪楊枝サイズのウナギが遡上しているのを見て、興奮したのを思い出した。

 最近はこの道の道端で数百メートルくらいごとにキジのオスと出会う。何回見ても飽きないほどきれいな色。今年はやけに多く感じるけどもしかして増えた?  たまにつがいで散歩しているし、さっきはオス2羽でうろうろしていた。

 その道でこの前マムシが死んでいた。このあたりでは方言で「ハミ」といわれているけれど、それは咬むからなのかな。昔はよく居たと聞いていたけれど家近くでは初めて見た。身の回りでは少しレアな生き物だ。

 さらに、同じ場所ではウリ坊が2頭、定期的に現れるようになった。母親がいたら僕は襲われそうなので、かわいいけどあまり近づかないようにしていた。生まれたばかりのような姿で、出会う日はいつも2頭で行動している。でも、別の日に同じ場所で成獣1頭に出会ったので、おそらく母親だろうと思った。以前イノシシはマムシも食べるのだと聞いて、だからマムシがレアだったのかなと思った。イノシシも増えたり減ったり、マムシも増えたり減ったり。ウリ坊たちは台風の嵐のなかでも餌を求めて探索していた。

***

 娘が高校の3年生となり、テニスの部活の引退の日を迎えつつあった。その時期に、練習コートが今までで一番遠い場所に変更になり、本州側の現地まで毎日のように往復2時間かけて送迎することになった。寺の勤めも含めて移動が多いので、送迎がなかなか大変な要素だ。どうして歩きや公共交通機関ではいけないのか。

「柳井市の小学校近くで、クマが出ました」

 ついにその練習場所の人里近くでクマが出るようになったそうだ。

「だから迎えに来て」

 道中はたしかにクマが出ておかしくないような立地だった。もともと「遠い」事情に、「危険」の要素が加わったのだった。先日学校近くのホームセンターに行くと、ついに「クマよけ鈴」が目立つ場所に販売されているのを見た。これまで馴染みがなかったのでびっくりした。

 その日々を経て娘は試合に出場、その観戦をやっと許された僕と息子。僕たちにとって最初で最後となった娘の高校の試合を見ていたら、2人ともテニスにちょっとハマった。横に流れる小川も気になった息子は、合間に網を買いに行って、またガサガサし始めた。メダカやエビ、素早い魚たち。息子は、網をテニスの観客席に持って入ってもし注意されたら、

「ラケットです、っていえばよくない?」

 とよくわからない理由をひねり出した。そもそも注意されないでしょ。娘は続く試合を終えて、高校の部活を引退した。

 その一方、家の前のウリ坊たちは、昨日よく見たらちょっと大きくなっていた。

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中村 明珍

中村 明珍
(なかむら・みょうちん)

1978年東京生まれ。2013年までロックバンド銀杏BOYZの元ギタリスト・チン中村として活動。2013年3月末に山口県・周防大島に移住後、「中村農園」で農業に取り組みながら、僧侶として暮らす。また、農産物の販売とライブイベントなどの企画を行う「寄り道バザール」を夫婦で運営中。2021年3月、『ダンス・イン・ザ・ファーム』をミシマ社より上梓。

「ダンス・イン・ザ・ファーム」の過去の連載は、書籍『ダンス・イン・ザ・ファーム』にてお読みいただけます!

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