第25回
時間銀行って何だろう?――つながりで生きる(後編)
2022.03.06更新
「時間銀行」というしくみをご存知でしょうか? お金ではなく「時間」を交換単位としてサービスをやりとりすることで、思わぬ人びとのつながりを生み、細やかな支え合いを可能にしたり、暮らしをちょっと楽しくしたりする試みです。
じつはスペインでは、この十年ほどのあいだに時間銀行が活発化しています。ジャーナリストの工藤律子さんは、『ちゃぶ台8』への寄稿「人のつながり、命のつながり パンデミック下のスペインより」のなかで、時間銀行によってコロナ下の生活困難や孤独を少しずつ乗り越えてきたスペインの実践者たちの姿をレポートしてくださいました。
日本では馴染みのないこの試み。「もうひとつの経済」や「あたらしい利他のかたち」へのヒントが隠されていそうで、とても気になります。そこで私たちは工藤さんをお招きし、「時間銀行って何?」の疑問にいちからお答えいただきました!
(構成:角 智春 構成補助:森谷のぞみ)
(工藤律子さん)
ただ「支援される」だけではなく
続いて、カタルーニャ州にあるポン・ダル・ディモニ時間銀行です。
この料理教室の参加者は、大半がスペイン国外からの移民や難民です。時間銀行のアクティビティで友達が増えたそうです。
難民の衣食住を支援するのは赤十字やNGOですが、スペイン語学習の支援までには手が回っていませんでした。そこで、時間銀行でスペイン語教室も開くことにしました。
彼はアフリカのマリから来た難民で、スペイン語を勉強しています。難民の中には、「ただ支援されるだけではなく、自分自身が社会に対してできることがある、という生き甲斐を持つのにも役立っている」と話す人もいました。
ギリシャの難民キャンプにいた経験のあるシリア難民の方も、時間銀行は楽しいと話していました。「母国にいたときは自分の役割を持って生きていたのに、難民キャンプに行った途端に、助けてもらうだけの人間になってしまって、すごく絶望的な気持ちだった。多くの若者が、命懸けで国を脱出して辿り着いたキャンプで自殺するのを見た。時間銀行のなかで初めて、シリア料理を教えたり、言葉を教えたり、周りの人に役に立つことができるようになった。それがうれしい」と。
コロナ下でも暮らしを支える
『ちゃぶ台8』にも書きましたが、時間銀行はパンデミック下でも活躍しました。
スペインでは、2020年3月にパンデミックが拡大してから3カ月間ぐらいは、感染者と死者がどんどん増え、街はロックダウンになりました。とくに持病のある人や高齢者は怖くて外に出られませんでした。当然、そんなときでも必要なものを買ったり、薬を受け取りに行ったりしなければなりません。赤十字社なども支援をしていましたが、細かいところまでは手が回りませんでした。
そこで、バヤドリードの市役所は「時間銀行の人たちにボランティアを集めてもらおう」と考えたのです。
その結果、100名を超える人が集まったそうです。市の時間銀行担当者のアマーヤさんは、「時間銀行は、隔離と自粛の生み出した孤独を多少なりとも和らげました」と言っていました。
じつは、日本にも実践者が!
工藤 じつは、日本でもすでに時間銀行に取り組んでいる人たちがいるんです。ここからは、静岡県立大学の時間銀行「たよりジョーズたよられジョーズ」の望月音緒さんと岡野結月さん、長野県上田市にある時間銀行「ひらく」の野川未央さんにお話を聞いてみましょう。
(左上から時計回りに 工藤さん、望月さん、野川さん、岡野さん)
岡野・望月 「たよりジョーズたよられジョーズ」は、静岡県立大学の学生がやっている時間銀行です。86名のメンバーがスプレッドシートを利用して、お願いごとを書いて頼ったり、そのお願いごとを引き受けることで頼られたりしています。
困りごとや悩みごとについてのお願いもありますが、楽しいことの誘いや、興味があることへの挑戦のお手伝いなどもあります。およそ1年前に始まってから、200ちかくの頼みごとがありました。LINEグループやZoomで行われるもの、実際に会ってどこかに行くもの、ちょっとしたヘルプなど、頼みごとは多種多様です。
(夏休みに写真撮影会を企画)
工藤 いろいろな学部の学生が集まってるのが良いなあと思います。実際に参加していて、一番よかったと思うことは何ですか。
岡野 私は「留学や休学について話を聞きたい」というお願いごとをしたことがあります。私は食品栄養科学部で、留学の経験をした先輩と交流できる機会がなかなかなかったので、たくさん留学したり休学したりしている国際関係学部の先輩にお願いして、Zoomで話を聞くことができました。
望月 私は「温泉に行きたい」「映画に行きたい」「カフェに行きたい」といった、一緒に何かをしたいというお願いごとをやってきました。どれも思い出に残っています。
工藤 面白そうですね。ありがとうございます。「ひらく」の野川さんも、お願いします。
野川 「ひらく」は、長野県上田市でスタートしたばかりの時間銀行です。
まず、コロナ禍をきっかけに「のきした」というグループが動きだしました。炊き出しではなく「おふるまい」と呼んで、みんなで料理を作って食べる集まりをしたり、事情があって家に居づらい女性がワンコインで泊まれる「やどかりハウス」や、子どもや若者が放課後に活動できる「うえだイロイロ倶楽部」を開いたりしてきました。街の中にさまざまな「のき」を増やすことが活動の目的です。
そんななかで工藤さんの『つながりの経済を創る』(岩波書店、2020年)を読んで時間銀行を知り、2022年1月から「ひらく」が始動しました。2021年12月にFacebookで公開グループを作ったところ、1か月でメンバーが74人になりました。
(「時間」でつくってもらった「ひらく」の黒板)
「たよりジョーズたよられジョーズ」のみなさんは個人的なやりとりもしているようですが、私たちはまずは市内にある劇場「犀の角」に毎週一回集まって、時間を共有するところから始めています。
たとえば、台湾の言葉を習いたいという方に「パートナーが台湾人なので教えられますよ」と教えてくれる人がいたり、「英語でおしゃべりしてみたい」という大学生がいたところに、上田に引っ越してきたばかりのアメリカ出身の方が飛び入りでやって来ておしゃべりしてくれたり。そうやって参加者の輪が広がっています。
(木工教室の様子を近所のデイケアサービスに通う方と見学しながらおしゃべり)
工藤 既にあるグループや場から何かが始まる、という動きはスペインにもあります。個人間のやりとりだけだと、どうしても参加し損なってしまう人が出てきますよね。もっと大きなグループとして交流すれば、「全体として参加しているのも同然」というゆるい繋がり方ができますし、世代、年齢、環境の違いも超えてつながりやすいですよね。みなさんのこれからが楽しみです。
メンバーのあいだに不平等感が生まれることはない?
工藤 「時間という単位だけで交換をしていて、メンバーのあいだに不平等感が生まれることはないのですか」という質問をいただきました。
それはたぶん、スペインではないと思います。
そもそも時間銀行は、「◯時間貯める」という目的があるわけではなく、誰かとつながるきっかけに過ぎません。スペインの時間銀行の悩みはむしろ、頼られたい人が多すぎて、頼りたい人が少ないこと。だから、不平等感はほぼないと言えますね。逆に、頼ってばかりの人がいても、「周りの人たちに関心を持って、つながることを楽しんでいる」と歓迎しています。
日本でやっているみなさんのあいだでは、「〇〇さんばかりいろいろしているね」「△△さんは何もやってないよね」みたいな話は出ますか。
岡野 「たよりジョーズたよられジョーズ」では、時間のつけ方にマイナスをなくして、頼った人も頼られた人も「プラス1」、一緒に活動した時にも「プラス1」というふうに、時間をぐるぐる回すことを重視しています。だから、不平等感をもつことはなかったのではないでしょうか。
工藤 なるほど。いいアイデアですね。はじめに説明したのはあくまで時間銀行の基本形で、それぞれの時間銀行が参加者に合わせて運営を工夫することが大切だと思います。
スペインで時間銀行を広めてきたフリオ・ヒスベールさんは、「時間銀行によって、すべての人に基本的権利と豊かな社会生活を保障するコミュニティ意識を育てることができるんじゃないか。これこそが世界の問題を解決する鍵になるはずだ」と言います。
日本でも問題になっている、高齢者や外国人労働者の望まない孤立の緩和や、貧困の解消にも時間銀行は役に立ちます。豊かな時間の使い方をすることで、「もうひとつの社会」「もうひとつの生き方」は可能になるのではないかと思います。
(おわり)
工藤律子(くどう・りつこ)
1963年大阪府生まれ。ジャーナリスト。スペイン語圏を中心に、市民運動や社会問題などをテーマに取材する。NGO「ストリートチルドレンを考える会」共同代表。著書に『ルポ 雇用なしで生きる――スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦』『ルポ つながりの経済を創る――スペイン発「もうひとつの世界」への道』『マラスーー暴力に支配される少年たち』など。『ちゃぶ台8』(ミシマ社)に「人のつながり、命のつながり パンデミック下のスペインより」を寄稿。
編集部からのお知らせ
イベント全編を動画でご覧になれます!
本記事のもとになったオンラインイベント「時間銀行って何だろう?——つながりで生きる」のアーカイブ動画を販売中です!
ご紹介しきれなかった具体例が盛りだくさん。スペイン現地の活動の様子を、生き生きとした写真とともにお伝えします。日本での実践者のみなさまにも、たっぷりお話いただきました。