第49回
ちゃぶ台編集部は、どんなふうに雑誌をつくっていくのか?(3)
2026.04.10更新
こんにちは。ちゃぶ台編集部のノザキです。
ミシマ社の雑誌『ちゃぶ台』の制作過程をレポートすることによって、編集部の「脳内」を整理し、特集に至るまでの出来事や、考えたこと、結局やらないことになったとしても長く話し合ったことなどをきちんと残していくぞ、という意気込みのもと、毎月10日に更新しているこの連載。
まずお知らせがあります。
前回までの記事で、次号は「2026年12月」とお知らせしてきましたが、刊行予定が2カ月早まりました。後ろに伸ばすのではなく、前倒しです。
ここで一度、これまでに起きたことを時系列で整理してみましょう。
・年明けからキックオフミーティングが始まる
・次号『ちゃぶ台』の企画会議で編集長ミシマが別冊「ちゃぶ台」の構想を発表
・『ちゃぶ台』の企画会議をしていたはずが、単行本を同時に2冊刊行する案で盛り上がる
・いったんふりだしに戻る
・特集案がとまらなくなり、「来週また集まろう」と解散する
主観的に見ても、客観的に見ても、進んでいるのかいないのか、もはやよくわからなくなっているのですが、その状況で刊行を早めることだけは確実となりました。
そして私たち編集部は、「来週また集まろう」となってからこの記事を書いている4月上旬までのあいだ、3回集まりました。企画会議の平均的な時間というものがあるのかわかりませんが、ちゃぶ台のミーティング時間を平均すると、2時間15分ぐらいではないかと思います。さすがに特集は決まっているだろうし、ガツガツ企画が動いている、と思われたでしょうか?
まだです。なぜなら、
・再び、まったく新しい雑誌の企画を編集長ミシマが提案する
ということが発生したのです。この出来事を「ミシマさんは、とにかく新しい雑誌をつくりたがっている」とまとめてしまうと誤解があるので、今回は『ちゃぶ台』の裏側にあった、もう一つの雑誌にまつわる出来事について触れながら、あらためて「雑誌」について考えてみたいと思います。
『京大マガジン』創刊。
2026年3月に京都大学発の雑誌が創刊しました。 その名も『京大マガジン』。
編集長は、歴史学者の藤原辰史さんです。 藤原さんは、『ちゃぶ台』創刊号から最新号まで、すべての号に登場・ご寄稿くださっています。
そして、発行元は京都大学総合研究推進本部(通称KURA)。 京都大学におけるあらゆる分野の「知の創生」を支えることを目的として、2025年に創設され、専門性の高い教職員たちのコラボレーションによって、戦略的な研究推進や体制強化を進める支援組織です。 もともと研究者だった方、民間企業で働いていた方、官庁出身者、技術者・・・と、多様なスキル、専門、を持つ人たちが集っています。
装丁・本文のデザインは、デザイナーの寄藤文平さんによるものですが、表紙に書き下ろしていただいた図案。これは、ある小説のシーンを絵にされたものです。この絵についての解説も、本書の中に掲載されています。
今回、ミシマ社は、この雑誌の「発売元」として企画編集のサポートに関わっています。「雑誌をつくりたいんです」というご相談を受けてから、なぜ今雑誌をつくるのか? を問い続け、雑誌の構想を膨らませ、企画会議をくり返して、『京大マガジン』の形を探求してきました。
印象的だったのは、 本(雑誌)をつくることが目的ではなく、活動体としての場所をつくっていきたいーー。 この雑誌は、「紙の上の実験室」を目指していく。 編集長の藤原さん、発行本のKURAチームがはっきりとその意思をもっておられることでした。
雑誌は活動体であり場所である。
この場所がもつ空気も含めて、本を読む時間や経験を、一冊に込めて届ける。
このことは、まさに『ちゃぶ台』が創刊以来目指し、実践してきたことなんじゃないかと、ふと思いました。場所を表す言葉は、「共有地」だったり、「畑」だったり、さまざまに言い換えられながらも、人が集まり、言葉が集まり、作品が集まっていくなかで、自分たちの生活と時代をつくる。
『京大マガジン』の創刊は、『ちゃぶ台』のこれまでとこれからをあらためて感じるような、そんな体験だった気がしています。
だからこそ、雑誌の創刊に燃えるミシマ。この出来事を経て、さあ特集はどうなる? (つづく)




