おせっかい宣言おせっかい宣言

第47回

自営業の減少

2018.06.09更新

 世間は就職活動の季節である。職場である女子大も、就職活動で皆さん、実に忙しそうだ。パソコンでテストを受け、エントリーシートを出し、スーツを着て何度も面談に行き、グループディスカッションとか、プレゼンテーションとかいろいろなカタカナの活動を次々とこなしていて、本当に皆さんえらいなあ、と思う。2018年現在、就職市場は好況が続いていて、売り手市場状態だから、割とさくさく就職が決まっていくことも多いのだろう。

 最終的には就業する人が多いにしても、毎年、何人かのゼミ生には、就職活動を数ヵ月やってみて「ほとほと疲れてもうやりたくない」という人が出てくる。最終的には、申し上げたように、売り手市場ではあるし、幸い、職場の女子大は、先輩たちが100年以上営々と良き仕事の伝統を作ってきているような学校だから、「仕事がしたい」という人に「見つからない」ということは、まず、ないのだが、「就職活動が辛くて、やりたくない」人は、けっこう出てくる。

 当たり前だと思う。若い人たち全員が、イノベーティブで、クリエーティブな仕事をしたいわけじゃない。全員が海外に出張したりして、ばりばり企業の最前線で働きたいわけでもない。面接に行けば、みんな、人と会うのが好きです、とか言って帰ってくるのだと思うが、新しい人に会うのも苦手な人だって多いはずだ。自分が今まで知っていた人間関係の中だけで生きていたい、という人も少なからず、いる。私など、育ってきた家があんまり好きじゃなくて、出来るだけ遠いところに行こうとした親不孝ものであり、遠くに行きたかったがために、地球の裏ブラジルに10年も住んでしまった放蕩娘(死語)であったが、世の中、そんなダイ・ハードで、誰もが反対しそうなことをやりながら、トゲトゲして生きていかなくていいのである。ましてや、世界に冠たる「先進国」になったのだから、この国の暮らしだってちっとも悪くない。遠くに行かなくても、家にいたい、知らない人のなかで出会いを広げていくより、自分の近しい人間関係の中で生きたい、という人がいてもおかしくない。

 かくして、ひきこもりが増えた、とか、言われる。

 ちょっと古いが2010年の内閣府の調査によると、「普段は家にいるが、近所のコンビニなどには出かける」、「自室からは出るが、家からは出ない」、「自室からほとんど出ない」と言った「狭義のひきこもり」が24万人弱、「普段は家にいるが、自分の趣味に関する用事だけ外出する」ような、「準ひきこもり」が46万くらいで、両方合わせた「広義のひきこもり」は70万人くらいであるという。もちろん「ひきこもっていられる」のは、誰かがその「ひきこもっている」人を経済的に支えているからであり、本当に一人で何の経済的後ろ盾もなく引きこもっていたら、そんなに長く生活してはいられないのは言うまでもない。

 なんだか現代的な問題、と言われているが、家から出たくない、家から出られない、他の人のところに行って仕事なんかできない、という人は、実はいつだっていたのではないのだろうか。新しい人とうまく関われない、半径1キロくらいで暮らしていた、という人。昔から結構いたと思うのだが、こういう人の多くは、一世代くらい前まで、「家の仕事」をしていたのではないか。いや、実際は「家の仕事」の大した働き手にさえ、なれていなかったかもしれないが、形としては「家の仕事」を手伝っていたのではないか。これは、「家事手伝い」という、いわゆる、嫁入り前の娘(これも死語)が家事のあれこれを習うとかいうのではない。実際に、「家でやっている仕事を手伝う」ということである。ほんとうにちょっと前まで、「家」は勤め人を送り出すところではなくて、「家業」というのを持っている「家」が多かったのである。外に出て行きたくない人は(あるいは、出て行きたい人でさえ)「家業」を手伝っていた。農業だったり、漁業だったり、第一次産業に従事しているだけではなくて、家で小さな店をやっていたり、ちょっとした商売をやっていたりしたことは多かったから、外に出ていかなくても、やるべきことがあった。

 ああ、書いてみて、戦後日本の歴史とは「家制度」と「家父長制」の打倒の日々だったことに気づき、「家」がなくなったのだから「家業」もなくなっていったのだということもわかるし、「近代」というものが小さな自営業を中心とした中間共同体を解体して、むき出しの個人と国家の関わりを問うものであったということもわかる。それでもなお、この「家の商売がなくなったこと」と、「ひきこもり」増加、とは関連があるのではないか、と、つい、思ってしまうのだった。いつから、「仕事をする」ということがすべて「外に」あるいは「会社に」働きに行くこと、になったのだったか。

 実際、この国では際立って自営業者は減っているという。国勢調査によると、1990年代には自営業者とその家族従事者を合わせて1400万人くらいいたらしいが、2010年代に入ると、ほぼ半減して、700万程度になっているらしい。この「家族従事者」というのは、そういう言い方は失礼だが、そんなに実際には働いていない人もけっこういる。自営業の従業員、ということにはなっているが、要するに、家族で外に「つとめ」に出ていない人は、自営業なら、「家族従事者」になることも多い。

 自営業の減少。そういうことではないか、と、もちろん思っていた。農林水産業を家族で営んでいる人はどんどん減っているし、日本中いたるところに大型店舗の販売店ができるようになり、地元の市場や個人商店は、次々となくなっていったのは、この国に住む50歳以上のすべての人が記憶していることだと思う。近所の雑貨とかちょっとしたお菓子とか週刊漫画雑誌とか置いていたお店も、ほとんどすべてコンビニエンスストアに取って代わっていく。私の周囲や親戚だけでも、小さな店や商売を辞めた人は何人もあり、そういう人たちは高度成長期の中、すべて、勤め人となっていった。もちろん家族も。

 ひきこもりの原因には、もっとシリアスなことがたくさんあって、そんなに簡単なことではありえず、解決策も、複雑である、ということなのだと思う。もちろん。しかし、ひきこもっている人の家が小さな自営業ならば、ひきこもっている人はひきこもりじゃなくて、「家族従事者」になりうる。きっと、ほんの少し前まで、家からあまり出たくない人は、そうやって実際に、あるいは、形だけ、家の仕事を手伝い、実際にはそんなに働きが良くなくても、なんとか他の家族の助けで食べていけて、それに、結婚だって、それなりの年齢になれば、それなりの人を、周りが紹介してくれて、それなりの家族を作っていたのではないのか。「すべての人は結婚するもの」と周囲が思っていたら、そういうことだって可能だったのである。収入がたっぷりなければ結婚できないとか、定職がないと結婚できないとか、そういうことを周囲が結婚の条件と思っておらず、すべての人は結婚すべきだ、とおおよそ考えていた頃は、誰だって結婚できるような仕組みになっていたからである。

 自営業が減り、結婚が本人の意思に任されるようになって、際立って目立ってきたことが「ひきこもり」でないか、と思うのは、間違っているのかな。間違っているかもしれないが、小さな自営業が増えれば良いのに、とは、思う。もっとたくさんの人が結婚するようになるのは、今更、難しいかもしれないけれど。

三砂 ちづる

三砂 ちづる
(みさご・ちづる)

1958年、山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。1981年、京都薬科大学卒業。1999年、ロンドン大学PhD(疫学)。津田塾大学国際関係科教授。著書に『オニババ化する女たち』『死にゆく人のかたわらで』『少女のための性の話』など多数。本連載の第1回~第29回に書き下ろしを加えた『女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言』(ミシマ社)が2016年11月に、本連載第30回~第68回に書き下ろしを加えた『自分と他人の許し方、あるいは愛し方』(ミシマ社)が2020年5月に発売された。

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