おせっかい宣言おせっかい宣言

第112回

戸籍

2023.12.29更新

 父方、母方双方の除籍謄本を役場から取れるだけ取ったことがある。これは相続とか家系図を作ったりするために、日本の戸籍制度が記録しているものを確かめにいく、という作業と思ってほぼ間違いない。明治に戸籍制度が整えられた時に記載されたものが最も古いものになるから天保とか文久生まれの人あたりが、役場で確かめられる最も遠い祖先、ということになるのであろう。それより前の人は、家系図が整えられているそれなりの家柄の人は持っているかもしれないし、沖縄のように先祖代々の位牌を丁寧に引き継いできたところならわかるだろうし、あるいはある程度古い寺の檀家なら、寺が戸籍制度以前の記録を持っていることもある。戸籍制度でわかるのは、現在60代の私の高祖父母(つまりは祖父母の祖父母)くらいまでである。それだけわかれば、近年、生まれる人あたりからすれば、6代前の人までわかる、ということだから、なかなかのものである。

 いっとき、大正以前の戸籍はすべて廃棄しても良い、ということになっていたようで平成の大合併などを経験した役場などでは、大正までしか遡れないところもあるようだが、その後、また、廃棄しない、ということになったらしい。今はおそらく電子化されていく方向だろうから、今後は廃棄されないのではないだろうかと思う。

 戸籍制度自体は、一人の人間の係累をすべて洗い出すことができる制度だから、差別と偏見を乗り越え、近代的自我を追求しようとしていた(している)時代にあっては、自由な個でありたい、と願う人にとって、足枷にももちろんなりうるし、差別につながることもある。さらに戸籍制度は天皇制に深く根ざしているのであって、天皇家、皇族には戸籍がない。天皇系、皇族の方々は「皇統譜」はあるが、戸籍はない。つまり戸籍とはそもそも天皇から見た「臣民簿」という位置付けなのであって、「天皇の臣民」としての我々の登録、租税のための帳簿である、ということだ。だから再度言うが、近代的自我を追求しようとすると、足枷にも差別にもつながる幾重にも認め難い制度であり得るので、20代の頃は戸籍制度には賛成できないと思って、個人レベルであれこれ抵抗したこともある。転籍すると、戸籍謄本、抄本などには転籍されたことしか記載されず、戸籍の附表をとらないと先を辿れなくなる、とか、結婚してどちらかの姓を名乗るのは納得できない、とか・・・。

 戸籍制度は天皇制と深くむすびついた制度だから、他の国にはない。大日本帝国が制度としたので、韓国や台湾には残っていたようだが、もう、今は、ない。戸籍制度があるのは、文字通り、天皇制を残す日本だけなのだ。ブラジルでブラジルの人と家族を持って子どもを二人産んだので、このことは、実体験としてあれこれ経験した。

 そもそも、まず、外国人と結婚しても、外国人は戸籍に入れない。戸籍は、結婚した日本人の戸籍となり、外国人はそこに「婚姻した」ということが記載されるだけである。戸籍は日本国籍をもっている人のみしか記載されないので、外国人は戸籍には入れないのだ。入ろうと思えば、その外国人は日本国籍を取らなければならないのだが、二重国籍を認めていない日本の国籍を取ろうとすると、自らの国の国籍を捨てなければならない上、そもそも、日本に住んでいなければ日本国籍を取るための「帰化申請」自体、できない。だから外国で、外国人と結婚して、その人に日本の戸籍に入ってもらう、というのは、まず、不可能なことであり、再度いうが、結婚した、ということが戸籍に記載されるだけである。姓については、おのずと、夫婦別姓となり、生まれた子どもは日本名としては、日本人の方の親の姓を名乗ることになるのである。ただ、外国人と結婚して、どうしてもその外国人の姓を日本人配偶者も名乗りたいと思えば、婚姻届を出して六ヶ月以内なら、外国人の姓に変更することはできるらしい。わたしのブラジル人配偶者(当時)は、コへアダフォンセカという姓であったが、それを日本の戸籍上の姓として変更することもできたらしい。しなかったが。

 ブラジルでは、具体的には、結婚届も出生届も、カルトリオ、とよばれる公証人役場のようなところで、届け出るだけである。子どもが生まれたら、日本では出生届を出して、子どもは親の戸籍に入る。そのことによって、冒頭に書いたように、6代前まで遡れる・・・というような「先祖の名前」がわかるようなことになるわけだけれども、ブラジルでは、というか、戸籍制度のない外国では、そのようなことは不可能である。出生届に書くのは、両親の名前と、その両親の親、つまりは子どもにとっては祖父母の名前を書くだけである。そして、子どもの名前を記載する。子どもは「ある姓のもとに集まっている戸籍」に入るわけじゃないわけだから、姓にこだわりがないことになる。ブラジルでは、親は、出生届を出すおりに、子どもの名前のみでなく、姓も子どものために選んでつける、ということになっていた。ブラジル以外の国のことはわからないが、ある程度似たようなものではないか、と想像する。

 慣習としてブラジルでは、子どもが生まれたら、双方の親の姓をミックスして新しい姓を作ることが多かった。父親の姓がコヘア・ダ・フォンセカで母親の姓がミサゴ、なら、多くの場合、子どもの姓は「ミサゴ・コヘア・ダ・フォンセカ」となることが多いが、子供の父親は、「それは長すぎてよろしくない」という。これ、長すぎるから、ちょっと短くしよう、ということで、ミサゴ・ダ・フォンセカという新しい姓を創造した。実はCorrea da Fonseca

 というのは、不可分のポルトガル語系の姓で、それだけでひとつなので、Correa とda Fonsecaはわけちゃいけないはずなのである。親戚筋では、あれ、分けちゃったの? と言った人もいたようだが、ちょっと言ってみただけ、という程度で、とりわけ問題になりもしなかった。このようにして、私の二人の息子たちは、日本では「三砂」の姓を名乗り、ブラジルでは「Misago da Fonseca」というおそらく、唯一無二の新しい姓を名乗って暮らすことになっていた。

 戸籍制度のない国では、こうやって出生届を出して、新しい姓を子どものために作って(作らないことも多く親の姓をそのまま引きつぐことも多いと思うが)、提出して、それで終了、であり、その出生届にしっかりと認証のサインをしてもらったもののコピーを山ほど作って、その後の人生で、出生届が必要となる時に、それを使うのである。市役所に行って、都度都度、戸籍抄本や戸籍謄本をとって証明書とする、というのとはそもそも制度の成り立ちがちがう。だから、戸籍制度のない国の子ども本人にとっては「祖父母」以上の人についての情報を得ることはできない。つまり、自らのルーツを辿る、ということは、役場レベルでは、戸籍制度がなければ不可能なのである。

 で、冒頭の話に戻るが、除籍謄本をすべて取って、それぞれの人のことを書き出してみると、それらがどれほど正確かはわからないにせよ(現在60代である私の父母の世代では、実際に生まれた日と親が出生届を出してそこに記載した誕生日が違う、というのはよくあることであったようだから)、誕生日や命日、として記載されている日が重なっていたりすることは不思議なことだ。自分につながる人のことを知ること、知ろうとすること、は、自らの人生が自分の努力と精進だけではなく、自分につながる人が生きて作ってきた環境の中でそれぞれが育てられてきた、という、環境の限界と可能性を科学的に知る、ということでもある。若い頃は反発していた戸籍制度の提供する情報量を、改めて感慨深く見つめる年末なのであった。

三砂 ちづる

三砂 ちづる
(みさご・ちづる)

1958年、山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。1981年、京都薬科大学卒業。1999年、ロンドン大学PhD(疫学)。津田塾大学国際関係科教授。著書に『オニババ化する女たち』『死にゆく人のかたわらで』『少女のための性の話』など多数。本連載の第1回~第29回に書き下ろしを加えた『女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言』(ミシマ社)が2016年11月に、本連載第30回~第68回に書き下ろしを加えた『自分と他人の許し方、あるいは愛し方』(ミシマ社)が2020年5月に発売された。

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