おせっかい宣言おせっかい宣言

第94回

長寿県転落

2022.06.24更新

 沖縄復帰50周年の今年である。父が復帰前後の沖縄で海底管工事の仕事をしていたから、幼い頃から沖縄は身近なところだった。長じて、1986年、琉球大学保健学研究科の大学院生一期生となる。琉球大学保健学部は、1981年に医学部ができるまで、沖縄の公衆衛生の屋台骨をになっていたところである。そこにできた大学院の一期生として学ぶことができたのは、今も私の誇りだし、琉球大学にいたことで、奨学金を得て海外で学び、国際協力の分野で仕事や研究をしていく、というその後の人生の基礎を作っても、もらったわけである。大学院生なのに、八重山芸能研究会という学部の部活に入れてもらって、八重山の音楽と踊りに魅せられた経験は今も続いていて、八重山民謡はもっとも心の震える音楽なのである。というわけで、沖縄に足を向けて寝られず、いまも沖縄の人間関係に支えられて生きている。
 私が沖縄で公衆衛生を学んでいた頃、沖縄は名だたる「長寿県」であった。1980年には、男女共に平均寿命が全国一位であったのである。復帰後、長く沖縄は長寿県として知られていたのだが、だんだん、その地位があやしくなってきて、2015年には男性36位、女性7位まで順位が低下していき、いまや、長寿県ランキングから転落してしまっている。沖縄に深いご縁をいただいてきたものとして、これはずっと気になっていることだ。肥満や生活習慣病にともなう脳血管疾患、心臓疾患、肝障害などで65歳以下の死亡が増えて、平均寿命が抑えられていったことも報告されていた。これらの肥満や生活習慣については、もともと沖縄のヘルシーな食事が、米軍統治下で洋風化し、蓄積した脂肪が数多の疾患を引き起こしたからだ、と言われていた。今も言われていると思う。要するに、ハンバーガー、ポークの缶詰、肉食、マヨネーズ、もろもろが責任を問われたわけだし、肥満になって心疾患を抱える知り合いも、脂肪が悪い、と信じていて、ヤギ汁も、豚の三枚肉も避けるようにしている、と沖縄の人にとっては寂しいことも友人たちは口にしていた。脂肪悪玉説。まさに、過去50年は、そういう時代だった。太るのは、脂肪分の摂りすぎ。油、脂肪分をとらないようにしましょう、肉はほどほどにしましょう、質素な和食がよいみたいな・・・、そういう感じ。

 しかし、今や時代は変わっている。いまさら文献をあげるまでもなく、肥満の原因は、脂質の取りすぎではなく、糖質、しかも精製糖質のとりすぎであることが明らかになってきている。精製糖質とは、要するに、白いご飯、白いパン、おいしい麺類、それに甘いもの、などのことである。人類が穀物の精製技術を手にしてから、まだ100年くらいじゃないかと思うが、もともと、ご飯もパンも、精製されていなかった。いくら食べたくても、玄米とか、黒いパンとか、そんなに量を食べられるものではない。しかし、精製された真っ白い米、とか、精製された真っ白い小麦でふわふわにつくられたパンなどは、いくらでも食べることができる。口当たりも良く、おいしいし、いくらでも食べられるし、また精製糖質は急速に血糖値を上げるが、また、すぐに下がるので、食べた後に、すぐまた、食べたくなる。無限の精製糖質の摂取欲求、これこそが最も大きなここ50年ほどの食生活の変化であり、肥満の原因であることは、今や、よく知られてきている。
 で、私は沖縄の長寿県転落の原因は、「食生活の洋風化」ではなく、「白い米」、「そば」、「白いパン」ではないか、とにらんでいるのである。たしかにアメリカがもたらした食生活の洋風化には、沖縄の人の大好きなハンバーガーのパンとか、コカコーラとか、エンダー(A&W)のルートビアとかも含まれるので、こちら精製糖質ではあるのだが、それらを食べ続けているわけではない。むしろ、米とそばとパン、じゃないかと思うのだ。わたしはいま63歳で、私と同時代くらいの沖縄の友人も、沖縄復帰後、おいしい白いご飯が食べられるようになったことを明確に覚えている。もともと沖縄で入手できる米はあまり質が良くなくて、それだけで食べると美味しくないから、だいたい、ジューシーなどにして、要するに、混ぜご飯にして食べていた。「銀シャリ」とか「炊いたご飯が"立つ"」とか、意味わかんなかったわよ、と沖縄の友人はいう。しっかり味がついて、フーチバー(よもぎ)とか、にんじんとか、可能なら豚肉とか入っているジューシーを、そんなにたくさん食べられるものではない。復帰後はいってきた「銀シャリ」は、いや、本当、夢のようにおいしかったわよ〜、と言う。そして、沖縄の人は、白米を食べ過ぎるようになった。
 沖縄そばは、今やよく知られていると思うけれど、これは蕎麦粉で作ったものではない。精製された小麦粉で作ったものだ。蕎麦粉をつかっていないそばは、そばじゃない、みたいな議論があったらしいが、沖縄の伝統食品なので、小麦粉でつくっていても、そばという、ということを認められたということらしい。日本全国、沖縄に観光に行き、沖縄フェスティバルが開かれ、物産展が開かれる昨今だから、「沖縄そば」は日本の全人口に膾炙していると思う。沖縄そばとはどういうものか、みなさんご存知であろう。美味しいダシに、独特の麺、三枚肉にかまぼこにネギと生姜。豚の肋肉の煮込み、ソーキがのっているソーキそばもおいしい。一度食べた人は忘れられないおいしさである。沖縄の人ももちろん、沖縄のそばが好きだ。好きだが、以前は、毎日食べられるようなものじゃなかった。特別な時に、そばを打って、特別な時に食べる行事食であった。しかし、今や、いつでも食べられる。沖縄県全域の、ちょっと昼食を食べる食堂、ちょっとおなかすいたときにはいる食堂、すべてに沖縄そばのメニューがあり、サイズも大中小、とあって、いつでもちょっとおなかすいたら、「沖縄そば」が食べられるようになった。実際みなさん、食べている。沖縄の人は、そばを日常的に食べるようになり、そばを食べ過ぎるようになった。
 ハンバーガーバンズのみならず、おいしい菓子パンも安価で手軽に手にはいるようになり、台風がくるときけば、はい、うずまきパン買ってこようね! ということになり、こちらもみごとに沖縄の人の食文化の一部となり、沖縄の人は、パンを食べ過ぎるようになった。
 以上、何が言いたいのかと言うと、わたしは、沖縄長寿県転落のリスクファクターは、一つ目は、食べたいだけおいしい白米を食べられるようになったこと、そして食べていること、二つ目は、おいしい沖縄そばを毎日のように食べられるようになったこと、そして食べていること、三つ目は、菓子パンがあまりにも身近で、たくさん食べられるようになったこと、そして食べていること、じゃないかと思うのである。保健学研究科で学んだ、疫学研究者なのだから、そう思うのなら、自分で地元の研究者と疫学調査を立ち上げて、それなりのデータを集めて提示すれば良いのであるが、もう、還暦過ぎたので、大きな調査を立ち上げるフェーズは終わってしまった。どなたか、志ある方の研究にお任せしたいと思っている。沖縄の方、白米の食べ過ぎと沖縄そばの食べ過ぎに、くれぐれもご注意くださいね。長寿県、奪還してほしい、琉大保健学研究科一期生です。

三砂 ちづる

三砂 ちづる
(みさご・ちづる)

1958年、山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。1981年、京都薬科大学卒業。1999年、ロンドン大学PhD(疫学)。津田塾大学国際関係科教授。著書に『オニババ化する女たち』『死にゆく人のかたわらで』『少女のための性の話』など多数。本連載の第1回~第29回に書き下ろしを加えた『女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言』(ミシマ社)が2016年11月に、本連載第30回~第68回に書き下ろしを加えた『自分と他人の許し方、あるいは愛し方』(ミシマ社)が2020年5月に発売された。

編集部からのお知らせ

三砂先生の新刊『セルタンとリトラル ブラジルの10年』が発刊!

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『セルタンとリトラル ブラジルの10年』三砂ちづる(弦書房)

世界地図を広げるとブラジルの面積は広大であることがわかる。日本からの移民も多く、ポルトガル語が公用語であることもよく知られている。北西部のアマゾンの森、南部のリオ・デ・ジャネイロ、サン・パウロなどとは風土がまったく異なる北東部ノルデステで、公衆衛生学者として10年間暮らして体感し思索した深みのあるノンフィクションである。
 いわゆる「近代化」を拒む独特な風土を、著者独自の観察眼でユーモアを混じえて語り、命、美、死の受容、言葉以前の話など多くの示唆に富んだ出色の文化人類学的エッセイ。(弦書房書誌ページより)

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