おせっかい宣言おせっかい宣言

第118回

学び続ける姿勢

2024.06.25更新

 日本で最初の女性弁護士をモデルにした2004年春の大変評判の良いNHK朝ドラ、「虎に翼」の、わりと前半のほう、主人公とらちゃんは、すごくがんばって女性初の弁護士になったけど、妊娠したので法律事務所を辞めることになり、おうちで主婦をするようになった場面があった。で、ずっと一緒に住んでいるとらちゃんのお父さんが「はい、新聞」と、とらちゃんに渡そうとしたら、とらちゃんは、「もう、いいんです」っていう。おそらく弁護士になるまで、あるいは、なってから、は、社会の動きに敏感で新聞もいつも目を通したかったけれど、主婦になったら、「もう、読まなくていいんです」みたいな脚本だったのだと思う。あれ、とらちゃん、読みたくないの? 新聞? 弁護士だから、読んでたの? 弁護士になりたいから、読んでたの? 弁護士辞めると、新聞、興味ないの?

 このオール・オア・ナッシングというか、仕事か、家庭か、というステレオタイプに、おそらく、原作書く方も脚本書く方も私たち一人一人も、みんな、深く深く影響されていると思うけど、でも、そうなんだろうか。とらちゃん、弁護士を辞める、というのは、まあ、何より女性が思うままには生きられなかった時代のことでもあり(そもそもそれがテーマのドラマである)、月経困難でもあったみたいだから(妊娠出産して治る人も、ままあるのだが)、妊娠したら辞めるしかない、とかほんとにいろいろあるでしょうけど・・・でも、そもそも、それって「お金稼ぐための仕事」、「社会的地位を得る自己実現のための仕事」、いまふうにいえば「社会に参画する仕事」にすぎない。「すぎない」、のに、「それがすべて」、みたいに思わされている。弁護士事務所やめて、クライアント取るのを辞めても、社会への関心を持ち続け、自分の学んだことを活かして、生きていってもいいのである。専業主婦になろうが、母親として生きていこうが、家から外に出ることなんかめったになかろうが、お父さんと、とりあいして、新聞読んでもいいのである。もともと社会的なこと、自分のお家の外で起きていることに興味があったわけならば、その気持ちをのばしていけばいい。

 お金を稼ぐ仕事と、自分の人生をより豊かなものにする学び、は、別のことではない。自らが学ぶことの先に仕事がある(こともある。ないことも多い)。自らの学びが金稼ぎの仕事、あるいは「社会に参画する仕事」につながらなかったからといって、それが無駄なのか。学びってそういうものじゃないと思う。学ぶことによって自らが豊かになり、自らの魂が磨かれる。この世の中の仕組みが見えてくるようになって、自分の周囲の人の心を支えてあげられるようになる。津田梅子さんの言っていた「学び続ける姿勢」ってそういうことなんじゃないのか。2024年6月の今となっては、5000円札の肖像となる日ももう来月に迫っている、津田梅子さん、である。

 津田梅子さんは、生涯学び続ける姿勢、というのが何より大事だ、と学生たちに伝えていた。社会的に活躍せよ、とか、女性も仕事につけるように、とか、そういう具体的なことではなく、とにかく、生涯学び続けよ、と言ったのだ。学び続ける人は、結果として人に必要とされる人となることが多く、誰かと競争しなくても、自らに活躍の場が自ずと与えられていく、と信じていた。結果として梅子さんの創設した女子英学塾をその母体とする津田塾大学は、数多の「社会で活躍する女性」や「日本初の」東大教授とか国連代表とか外交官とかプロ野球オーナーとか輩出してきた学校となった。津田塾のOGたちに会って思うのは、お金を稼ぐ仕事をしていてもしていなくても、彼女たちの持ち続けている社会への関心の高さであり、自分のいる場をなんとかよくしていこうとする周囲に対する向上心であり、朗らかで謙虚な"やり手"が多いことだ。仕事でも地域でも家庭でも、彼女たちは学び続けていることがわかる。それこそが津田梅子さんの望んだことだっただろう。

 ところで、「金稼ぎの仕事」とか「社会に参画する仕事」とか、って書いたけれど、今の世の中では「社会に参画する仕事」イコールお金稼ぎのことである。公私共になんとか・・・って言うけど、世の中で言う「公」って金稼ぎの仕事のことで「私」は家庭とか子どもとか連れ合いとか介護のことだと思われているが、これってちがうのだな、というのが、竹富島に移住して、よくわかった。竹富島で「公」と言うのは地域のことである。公民館を中心とした地域のことと、それに伴う祭礼と神ごと、それが厳然とした「公」なのであって、各自のお金稼ぎは、各自の「私」である。ちなみに沖縄の公民館には、一般にいう役所の作った公民館もあるが、その多くは「自治公民館」である。自治公民館では、公民館長は公務員、という普通の公民館とは違って、島で選ばれるいわば「島の主」である。島に住んでいると、その人の島の役職とか、元ついていた島の役職、とかはわかるようになるのだけれど、その人が何でお金稼いでいるのかは、よくわからないこともめずらしくない。人は「仕事」で判断されておらず、その人が、人柄が良いか、他人のために親身になれて神様やご先祖をたいせつにしていて、子どものために尽力できて、地域で敬意を持たれているか、のほうが大切なのだ。そのように生きていく結果が、社会的な仕事に反映されていくこともあり、それは良きことでもある、という感じ。書きながら、ううむ、なんて真っ当なことなんだ、と思う。もちろん、島の現金収入の道が今は観光などに限られているから、若い子育て世代の方々が少なくなっていく、という悩みは、まことに深いのであるが、この真っ当な「公」の感覚こそ、学び続ける姿勢、によって涵養されていくものだろう。学び、とはもちろん、本を読んで学校に行くことだけが学びであるはずもない。人との繋がりと切磋琢磨によって、学びは自ずと深まっていく。

 人間って、多様なものだし、人生のフェーズによっていろいろあるし、みんな、いい人のはずないし、いい人でもとんでもないことすることあるし、とんでもないことばかりしている人だってある。こちらも当たり前のことだけど、人間集まればいろいろな人もいて、気に入らないところも、ほめられるところもある。あるけれども、それでも、一人で生きていけるわけではないから、どこかで人とつながっていなければならない。そのつながりのことを「公」というのではなかったか。

 故 渡辺京二さんと、私が津田塾にいた頃のゼミ生たちと、まる二日にわたるすごく楽しい「ゼミ」をやって、それを本にしたことがある[i]。社会になんか、出なくて、ようございます。みんな、もう、社会に出ている。自己実現なんか要りません、生まれた時から自己は実現しています。それを磨いていけばいいんですよ・・・。京二さんの言葉は、キャリアを考えるとか、将来の進路は、とか、仕事と結婚は・・・とかあれこれ就職前に考えていた学生たちの心に、ずん、と響いたはずであるし、すでに半世紀くらい生きていた編集さんや私の心の眼も、よく見えるようにしてもらった。本を読み続け、自分の知りたいことを追い続け、一生、書生でいいんだ、と言い続けた渡辺さん。この世間で生きていくために仕事は必要だが、それ以上でも以下でもない。クリスマスの夜に彼が亡くなって、もう今年は三回忌を迎える。

 周りの人と、小さな、気のおけない楽しい関わりの場を作り、男と女は仲良く生きていく。人間の役割は、世界の美しさを愛でること。大学に行って学問の場に開かれたあなたたちは本も読んでいきなさいね・・・。京二さんの言葉が今も響いている。



[i] 渡辺京二、津田塾大学三砂ちづるゼミ「女子学生、渡辺京二に会いに行く」亜紀書房(2011年)、文春文庫(2014年)

三砂 ちづる

三砂 ちづる
(みさご・ちづる)

1958年、山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。沖縄八重山で女性民俗文化研究所主宰。津田塾大学名誉教授。京都薬科大学卒業。ロンドン大学PhD(疫学)。著書に『オニババ化する女たち』『女に産土はいらない』『頭上運搬を追って』など多数。本連載の第1回~第29回に書き下ろしを加えた『女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言』(ミシマ社)が2016年11月に、本連載第30回~第68回に書き下ろしを加えた『自分と他人の許し方、あるいは愛し方』(ミシマ社)が2020年5月に発売された。

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