おせっかい宣言おせっかい宣言

第48回

ランドセル

2018.07.08更新

 ほとんど毎日、とりわけ仕事の時はきものを着るようになってもう15年くらいたつのだが、時折は、もちろん洋服を着る。きものを毎日着よう、と思い立った頃は、極端な性格なため、本当に、毎日、着ていた。家に帰っても、別のきものに着替えたり、外国に行く時も、きものだけしか持っていかなかったり、真夏の暑い中、延々と歩かなければならないような状況が生起しても、意地でもずっときものを着続けたりしていた。洋服もすべて捨てようかと思ったくらいなので、かなりのものを処分した。5年くらいそういうことをやったような気がするが、きものも着慣れてきたし、毎日着物を着てやる、というツッパリとこだわりも、さらさら消えるようになったので、今は常識的な範囲で洋服と併用している。たとえばこの連載を書いている今は、エルサルバドル出張から戻ったばかりなのだが、雨季の中米の国への出張は、大使館表敬訪問の時に着るきものを一枚入れただけで、あとは、中米の熱帯国の雨季に仕事に出かけるにふさわしい程度の洋服を着て行ったのである。

 洋服を着る時は、ハンドバッグを持つのがなんとなく面倒で、ショルダーバッグもバランスが崩れやすいので好きではないから、いつもリュックサックを持っている。いい年をして、普通の洋服を着て、山にでも行くようなナップサックを持つわけにもいかないと思い、ゲラルディーニという、日本では結構おばさんたちの間で人気がある、パラシュート地のイタリアブランドのリュックを使っている。こちらのリュックは、軽いし、よく入るし(ブランドものなので、そもそもそんなにたくさん物を入れるためのリュックであるはずはないのだが、つい、入るので、入れてしまう)、バランスが良いし、それなりに格好も悪くないので、同じ色、同じデザインを3代くらい使い潰すくらい気に入っていて、今も色違いを3色持っていて使いまわしている。

 ちなみにリュックサックというのは、背中に背負うものであるが、10年暮らした南米、ブラジルでは、皆さん、前に抱えておられた。後ろに背負っていると、後ろから何をされても、取られても、すられても、文句は言えない、という了解のもとに前に抱えておられるのである。そこで学んだので、私はほとんど日本以外の国では、リュックサックは前に抱えるもの、と理解して、今回エルサルバドルでも、前に抱えていた。とはいえ、エルサルバドルは、内戦は終結して平和な暮らしになっているものの、若年層によるマラスというグループの暗躍による治安の悪さが知られ、短期に仕事に来た人が首都をうろうろしても良いような状態にないので、リュックサックを前に抱えて、街を歩くこともなかったのであるが。

 ともあれ、今は、品質も良く、使いやすく、気に入るリュックがいろいろ存在している。軽くて、防水で、使いやすいものも安価で手に入るようになった。みなさま、いろいろなものをあちこちで使っておられる。子ども用のものもたくさんある。それなのに、なぜ、幼い小学生に、あの、重くて(業界では軽いものを作る努力をなさっているが)、大して中身も入らなくて、高価な、ランドセルを持たせなければならないのだろうか。

 私の子どもたちは今や25とか27とかすっかりおとなであるが、この人たちにランドセルが必要である、と理解した日のことを今も忘れない。息子たちはブラジルやイギリスで生まれ、ブラジルで育ち、10歳、8歳になってから日本に連れて帰ってきた。東京に住むことになり、区立小学校への入学手続きを進めていたが、学校の先生は、「ランドセルを持たせてください」と、おっしゃる。

 本当にびっくりした。一つは、私自身が、ランドセルを持って小学校に行っていなかったから。もう一つは、ブラジルでは「子どもに背中に重いものを背負わせるな」と言われていたから。

 今年還暦になる私は、兵庫県西宮市で、西宮市立小学校に通った。父も通った小学校、祖父はその小学校がまだなかったので、隣の小学校に通った。ごく普通の地元の公立小学校である。当時、西宮市の小学校では「ランドセル廃止」ということになっていて、みんなランドセルを持ってきていなかった。通学途中に重いものを持つのも、大変だ、ということで、教科書とか、重たいものは学校に置いて帰る、ということで、学校にそれぞれのロッカーがあった。「小学生は、ごく軽いものだけ持って、通学」ということになっていたのだ。小学生ながら、他の街では、まだみんなランドセルを持って通っていたようだったので、なかなか、この街は進んだことをやっているのだ、という意識もあった(ような気もする)。ともかく、「進んだ街はランドセルを持たない」のであろう、となんとなく感じていたから、それから30年くらい経って、自分の子どもを日本の小学校に通わせることになったら、もう、日本中、進んでいて、「ランドセル廃止」はあまねく広がっているであろう、と勝手に思っていた。15年ほど海外に暮らしていて、日本の生活の詳細に気づいていなかったところも、あった。

 で、2000年当時、東京の23区内の小学校で、「ランドセルが、いります」と言われて、びっくりしたのだ。あらゆる意味で世界的なトップ都市の一つ、東京のような「進んだ街」の公立小学校がなぜ、まだランドセルを小学生に持たせている? おかしくないか? 小学校の先生は、海外から突然転校してきた私たちに十分に優しくて、「ランドセル、結構高いので、古いランドセルを差し上げることもできます」と、使い古しのランドセルがしまってある部屋を案内してくださったりした。生まれて初めて日本の学校に通うのに、他人の使い古しを持たせるのもかわいそうな気がして、結局、私はランドセルを買いに行ったのだが、二学期から転校したため、ランドセルの在庫を見つけるのがとても大変で、結局、百貨店に行って、何万もする革製のものを買わねばならず、なんで小学生のカバンごときにこんなお金をかけなければならないのか、自分を納得させるのが難しかった。

 重ねて、ついこの間まで一緒にいた、周りのブラジルの大人たちは、「幼い子どもの背中にものを背負わせるのはよろしくない、背骨の発達や、姿勢を整える妨げになる」と言っていて、小学校に通う子どもたちが幼い頃は、できるだけ、背中に背負わせないようにしていたのだ。そういうことを言っている大人のいる国から、やってくると、このかたくて重たいランドセルを6歳の子どもに背負わせていることは、なんだか、異様にみえた。

 そのような区立小学校でのいきさつから、すでに15年以上経つが、いまだ小学校に行く子どもはみんなランドセルを買ってもらい、ランドセルを背負って小学校に通っている。調べてみると、兵庫県西宮市は、私が小学生の頃、実はとんでもなく、先進的なことをやっていたらしいこともわかった。兵庫県の地元紙、神戸新聞によると[i]、1965年(なんと私が小学校入学した年である)、当時の西宮市教育長が、阪神間で加熱していた「お受験競争」への対策として、「家庭での勉強を強制させない」ために、学校に教科書を置いておくロッカーを作り、ランドセルも廃止したのだという。今や、中学受験塾では独自の教材を使っていて、小学校の教科書なんか使うはずもないので、のどかな時代だったのだろうとは思うが・・・。西宮市ではそういうことで、平成に入るくらいまではリュックが多かったそうだが、いまは、ランドセル廃止も有名無実化し、ほとんどの小学生はランドセルで通っているらしい。祖父母がプレゼントしたり、小学生のシンボルだったり、みんなが持っているから自分も持ちたい、ということがあるのだろう。

 それでもなんとなく納得できない。これだけ軽くて、機能性に優れて、安価なリュックサックが出回る今、物資不足で、良いカバンもなくて、学習院小学校が陸軍を真似て導入した、というファッション性から始まって、日本中が真似た、という明治のランドセルに、なぜ、固執する必要があるのだろう。業界のご事情もおありなのだろうが、小学生にもっと、軽い、機能的なものをもたせたい、と思うのは、多くの親の希望するところではないか。

註)
[i]神戸新聞NEXT 「ランドセル=お受験? 半世紀経て"復活"西宮」2017年4月1日

三砂 ちづる

三砂 ちづる
(みさご・ちづる)

1958年、山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。沖縄八重山で女性民俗文化研究所主宰。津田塾大学名誉教授。京都薬科大学卒業。ロンドン大学PhD(疫学)。著書に『オニババ化する女たち』『女に産土はいらない』『頭上運搬を追って』など多数。本連載の第1回~第29回に書き下ろしを加えた『女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言』(ミシマ社)が2016年11月に、本連載第30回~第68回に書き下ろしを加えた『自分と他人の許し方、あるいは愛し方』(ミシマ社)が2020年5月に発売された。

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