おせっかい宣言おせっかい宣言

第113回

洗濯機鎮魂

2024.01.29更新

 さまざまな機械、とりわけ、家電製品で最も女性を助けたものは、まずは、洗濯機である。ここで、また、「女性」を助けた、とか言うな、という意見がある方もあろうが、古今東西、水汲みと洗濯は一貫して女の仕事であったと報告されているので、そのまま書く。さまざまな労働が女性によって担われてきたが、水汲みと洗濯はなかなかに骨が折れるものだったと思う。上水道が普及するまで、頭にのせて、天秤を担いで、女の子たちは物心つくと、せっせと家に水を運んだのである。川や水場で、家族の着ているものを洗濯するのは、本当に大変なことだったし、寒いときに赤ちゃんのおしめを洗うのが本当につらかった、という話は、いまだに女たちの遺伝子に刻印されているような気さえする。上水道の完備と洗濯機の普及は、本当に女性を洗濯という重労働から解放した。冷蔵庫も炊飯器も掃除機も、まことに素晴らしいんだけれども、この電気洗濯機の素晴らしさよ。どれほどの女性たちを助けたことだろうか。私は今も、電気洗濯機を開発してこられた皆様に、本当にありがとう、どんなに感謝しているか、と頭を下げて回りたいような気持ちでいる。本当に行くべきだ、きっと。

 電気洗濯機は元々イギリスのメーカーが作ったらしいが、日本の電機メーカーが昭和20年ごろから次々と開発に乗り出し、昭和30年代にかなり製品化されていったという。ものづくり日本の黄金期の始まりの頃である。昭和33年(1958年)生まれの私には、母がタライでせっせと手で洗濯していた記憶もあるが、ちょうど物心のつき始めた頃、我が家に洗濯機が登場した。洗濯機もさることながら洗濯機の右側についていた、脱水のためのローラーが忘れがたい。洗濯そのものも大変であるが、洗濯物を手で絞って水を切るのはさらになかなか大変なことなのだが、このローラーに洗濯物を"かませ"て、レバーをぐるぐる回すと。洗濯物の水が切れて、洗濯物が「せんべい」のように"のされ"て、うにゅーと出てくるのであった。母や祖母たちは、喜んで使っていた。いわゆる「脱水機」がついた二槽式洗濯機が登場する前のことである。その後、二槽式から、一槽の全自動洗濯機へ、そして欧米のようなドラム式までいろいろと出回るようになって今に至るが、あの最初の「せんべい」状になるローラーのついた洗濯機の登場の華々しさを忘れることはない。

 その時代から、軽く半世紀以上経っている今年、お世話になってきた我が家の洗濯機がとうとうこわれて動かなくなった。20年くらい使っていた。今や三十路男になった二人の息子たちが小学生、中学生、高校生、と育っていって、体育会系部活の洗濯物とか、もう、山ほど洗濯したり、自宅で亡くなった夫の末期にも活躍してくれたし、その後もどんなに私を助けてくれたことか。数年前から時々、脱水の前に止まってしまったりして、調子が悪かったが、だましだまし、ここまで使ってきたのである。とうとう部品交換しかない、というようなこわれ方をして、動かなくなってしまった。20年前の洗濯機の部品交換は想像するだに困難だし、愛着はあるものの、耐用年数はすでに大きく過ぎていると思うので、買い換えるしかないか、と、家電量販店に出かけるのであった。

 我が家で20年孤軍奮闘してくれた洗濯機は、三洋電機"サンヨー"の洗濯機である。すでに残念ながら家電業界から撤退している三洋電機は、その後、パナソニックに吸収されたりして、今はその技術はハイアールアクアなど中国のブランドに使われているらしいが、とにかく今は、もう、ない、"サンヨー"ブランドの洗濯機なのである。2000年代の初め、三洋電機は「洗剤のいらない洗濯機」を発売した。超音波と電解水で洗剤なしで洗えるという。これは、すごい、と思った。環境負荷が少ない、という意味でも、家計に優しい、という意味でも、洗剤が肌に合わない、などという人がいることを考えても、洗剤を投入せずに洗濯ができるなんて、なんと素晴らしい洗濯機を日本のメーカー、三洋電機さんは、開発したのであろうか。感動して、迷わず三洋電機の洗濯機を買い求めた。ひどい汚れでなければ、洗剤なしで、十分きれいになり、当初、十分満足して使っていた。こんな素晴らしい洗濯機なら日本中、世界中に普及していくだろう、と楽観していたが、資本主義の世の中はそこまで甘くなく、おそらく持ちつ持たれつの関係であったのだろうか、洗剤業界からクレームがついたりする経緯もあり、三洋電機の家電撤退もあって、この「三洋電機の洗剤のいらない洗濯機」は、なくなってしまったのである。

 調べてみると、三洋電機はもともと自動販売機の製作を得意としていて、そのメンテナンスのために1987年に電解水で自動洗浄できるような自動販売機を開発、その技術を使って、洗剤のいらない洗濯機を開発したのだそうだ。誠に環境と人にやさしい洗濯機である。このような高い技術力を活かして、三洋電機は文字通り「シンク・ガイア(人と地球のために)」というブランドビジョンを2005年に立ち上げ、環境・エナジー先進メーカーとしての方向性を打ち出して行ったというが、パナソニックに買収されたのち、このブランドビジョンもなくなっていく。しかしその過程で三洋電機の優れた技術はそれぞれの元社員たちに引き継がれ、空気清浄機をはじめとして、現在、さまざまな形で「シンク・ガイア」が追い続けられているという[1]。三洋電機の、時代を先取りしすぎて、時代につぶされてしまった技術陣の方々の無念を考える。"サンヨー"洗濯機を愛用していた一消費者である私の心に、この三洋電機のがんばりは、いつまでも刻まれるのだ。

 時代は変わり、環境問題は好転しているとは言えないが、洗濯は若い人たちの間では「香り」の時代になっていて、いいにおいのする洗剤や柔軟剤が好まれ、洗剤がいらない、という洗濯機はあまり好まれそうにない。一方、自然派思考、また、こどもにアレルギーのあるようなお母さんたちの間には、洗剤の代わりにマグネシウムを使う[2]ことが広まっていることは私も知っていたが、こちらも消費者庁がマグネシウムの効果で洗剤を使わずに洗濯ができると表示したの根拠がない、と言ったとか。知っている限り、多くの子どもを持つお母さんたちが使っていて、結構な汚れも落ちているよ、と聞いているんだけどな・・・。また、ソープナッツと呼ばれるムクロジの実は昔から洗剤として使われてきたもので、布の袋に洗剤の代わりに10個ほど乾燥したムクロジの実を入れて洗濯することも私の周囲ではやっている人が多い。まあ、私は、化学的な「いいにおい」よりも、洗剤なしの方にどうしても惹かれるのである。

 とにかく洗ってくれて、絞ってくれて、洗剤ありでもなしでも働いてくれた、洗濯機よ、本当にありがとう。20年も私の暮らしの根本を支えてくれて。この歴史的な洗剤のいらない洗濯機、技術陣の皆様に感謝を捧げつつ、我が家から去る前にきれいに拭き上げておく。サンヨー洗濯機への鎮魂の思いを込めて。ありがとう。



[1] 大西康行「三洋電のエコ技術、VBで復活 水の力でウイルス撃退」

https://www.nikkei.com/article/DGXNASDD060BY_S3A211C1000000/ 2024年1月26日閲覧

[2] 横田邦信 監修「洗濯マグちゃんプレミアムブック」主婦の友社2019年

三砂 ちづる

三砂 ちづる
(みさご・ちづる)

1958年、山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。1981年、京都薬科大学卒業。1999年、ロンドン大学PhD(疫学)。津田塾大学国際関係科教授。著書に『オニババ化する女たち』『死にゆく人のかたわらで』『少女のための性の話』など多数。本連載の第1回~第29回に書き下ろしを加えた『女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言』(ミシマ社)が2016年11月に、本連載第30回~第68回に書き下ろしを加えた『自分と他人の許し方、あるいは愛し方』(ミシマ社)が2020年5月に発売された。

おすすめの記事

編集部が厳選した、今オススメの記事をご紹介!!

この記事のバックナンバー

04月26日
第116回 道楽 三砂 ちづる
03月30日
第115回 時間がない 三砂 ちづる
02月29日
第114回 教師生活の終わり 三砂 ちづる
01月29日
第113回 洗濯機鎮魂 三砂 ちづる
12月29日
第112回 戸籍 三砂 ちづる
11月28日
第111回 家計簿 三砂 ちづる
10月26日
第110回 文化の衣と哀悼と 三砂 ちづる
09月29日
第109回 呪縛 三砂 ちづる
08月30日
第108回 one to one 三砂 ちづる
07月28日
第107回 自分の機嫌は・・・ 三砂 ちづる
06月27日
第106回 つかないぱんたー 三砂 ちづる
05月30日
第105回 タバコのある風景 三砂 ちづる
04月24日
第104回 人間が生きているということ 三砂 ちづる
03月29日
第103回 手仕事と伝統工芸 三砂 ちづる
02月28日
第102回 拒絶される恐怖 三砂 ちづる
01月28日
第101回 嫁と姑 三砂 ちづる
12月27日
第100回 もしも 三砂 ちづる
11月27日
第99回 子供と危険 三砂 ちづる
10月28日
第98回 結婚 三砂 ちづる
09月28日
第97回 オフレコ 三砂 ちづる
08月25日
第96回 子どもについて 三砂 ちづる
07月29日
第95回 ボーダ 三砂 ちづる
06月24日
第94回 長寿県転落 三砂 ちづる
05月29日
第93回 顔が見えない 三砂 ちづる
04月16日
第92回 初めての北米 三砂 ちづる
03月16日
第91回 ダーチャ 三砂 ちづる
02月13日
第90回 プリンセス 三砂 ちづる
01月06日
第89回 寒い冬、寒い日本 三砂 ちづる
12月09日
第88回 タレフェイラ、シュトレイバー 三砂 ちづる
11月17日
第87回 前提 三砂 ちづる
10月12日
第86回 産まなかった人は 三砂 ちづる
09月08日
第85回 ウォラムコテ 三砂 ちづる
08月19日
第84回 マジョリティーの変容 三砂 ちづる
07月18日
第83回 マスク 三砂 ちづる
06月08日
第82回 ペットの効用 三砂 ちづる
05月09日
第81回 名前 その2 三砂 ちづる
04月08日
第80回 名前 その1 三砂 ちづる
03月29日
第79回 運転 三砂 ちづる
02月24日
第78回 かけおち 三砂 ちづる
01月28日
第77回 夢をみた 三砂 ちづる
12月24日
第76回 若い女性を愛する 三砂 ちづる
11月26日
第75回 ナラマニヤン先生 三砂 ちづる
10月26日
第74回 クリス 三砂 ちづる
09月21日
第73回 知らなかった力 三砂 ちづる
08月05日
第72回 胸痛む夏 三砂 ちづる
07月12日
第71回 失われる教育 三砂 ちづる
05月25日
第70回 道ならぬ恋の行方 三砂 ちづる
05月06日
第69回 その次のフェーズには 三砂 ちづる
03月27日
第68回 還暦を超えても楽しい 三砂 ちづる
02月19日
第67回 献身のエトス 三砂 ちづる
01月23日
第66回 親を許す 三砂 ちづる
12月20日
第65回 更年期  三砂 ちづる
11月22日
第64回 記述式 三砂 ちづる
10月16日
第63回 スキンシップと強さ 三砂 ちづる
09月15日
第62回 かわいやのー 三砂 ちづる
08月15日
第61回 屈辱感 三砂 ちづる
07月10日
第60回 "きれいにしていなくっちゃ"遺伝子 三砂 ちづる
06月06日
第59回 クローゼット 三砂 ちづる
05月08日
第58回 男女の心中 三砂 ちづる
04月06日
第57回 アイ・ラブ・ユー、バット 三砂 ちづる
03月13日
第56回 再発見される日本 三砂 ちづる
02月08日
第55回 求められる、という強さ 三砂 ちづる
01月07日
第54回 そういう時代 三砂 ちづる
12月10日
第53回 女性活躍 三砂 ちづる
11月12日
第52回 共有する物語 三砂 ちづる
10月10日
第51回 変わる家族 三砂 ちづる
09月10日
第50回 アジアの旅 三砂 ちづる
08月07日
第49回 仏壇 三砂 ちづる
07月08日
第48回 ランドセル 三砂 ちづる
06月09日
第47回 自営業の減少 三砂 ちづる
05月17日
第46回 「手紙」という資料 三砂 ちづる
04月09日
第45回 爪を染める 三砂 ちづる
ページトップへ