おせっかい宣言おせっかい宣言

第57回

アイ・ラブ・ユー、バット

2019.04.06更新

 クイーンの伝説のヴォーカリスト、フレディ・マーキュリーを主人公とした映画、「ボヘミアン・ラプソディー」の大ヒットのせいで、年末からずっと忙しかった。往年のクイーン好きである私の世代(今、還暦)は、みんなそうだったのではあるまいか。映画をみに行く前は、「そんな・・・、俳優さんがクイーンやるの? 無理でしょ? フレディは絶対的な存在だ」と思っておりましたし、日本のみならず、世界の数多のクイーン好きも同様の意見だったと思います。しかし、クイーン好きとしては、そこに映画ができたなら、みにいかないわけにはいかず、日本の公開前に出張先のジュネーブの小さな映画館でみることになる。フレディの「時間まもらないって? スイスの時計作ってんじゃないんだから」みたいなセリフに、大笑いするスイス人の皆様と一緒にみたのだが、最後はみんな圧倒されて、呆然としていた。私も言葉を失ってしまった。

 クイーンの 1985年のライブ・エイドでのパフォーマンスは、クイーン最高の、というか、ロック界最高のパフォーマンスとして名高い。この20分ほどのクイーンの舞台を、何度みたかわからない。YouTubeが普及していつでもみられるようになったが、その前からモントリオール・ライブのDVDにこのライブ・エイドの映像が入っているので、いつも元気がなくなると、この映像をながめていたのだ。DVD があるというのに、ブルーレイ版が発売されると早速買って、画像のよさに、にやにやしたりもした。まあ、好き、というのはそういうものだ。

 勤務先の女子大で「国際保健」という講義を担当しているが、そこでHIV/AIDSの講義をするときは、いつも最後にこのクイーンのライブ・エイドのパフォーマンスをみせていた。みなさん、このフレディ・マーキュリーは1991年にロンドンでエイズで亡くなったのです。そのときは、まだ、エイズ治療薬は、開発されていなかった。1996年の国際エイズ会議で、幾つかの抗ウィルス薬を複合して使う多剤療法が発表され、エイズはHIVプラスであることがわかり、薬を飲み始めれば、死に至る病気ではなくなりました。ああ、なんとすばらしかったフレディ・・・。あと5年生きていてくれたら治療薬ができたのに・・・。みたいな授業をしているのだ。だから、ライブ・エイドのパフォーマンスについては、フレディの動きのみならず、舞台の細部に至るまで記憶していた。

 映画「ボヘミアン・ラプソディー」は、このライブ・エイドで始まり、ライブ・エイドで終わる。ライブ・エイドの映像を1000回位みていると思う(大げさ)わたしはそのあまりの細部にまでいたる詳細なコピーぶりに、まず打ちのめされてしまった。フレディの表情から動きから、ピアノの上の飲み物の量までほぼ完璧。もちろん、主演でアカデミー賞までとってしまったレミ・マレク君はフレディじゃないことはよくわかるのだが、とにかく身体意識のレベルで、フレディ。ギターのブライアン、ドラムのロジャー、ベースのジョン、映画の途中から、彼らはホンモノにしかみえなくなっていた。ライブ・エイドの舞台はそのままだが、その他のストーリーはいい感じで編集されていて、一気にみてしまう。実際にライブ・エイドのころのフレディはHIV感染を知らなかっただろう、と言われていたと思うけど、その辺は映画では、知っていることになっていて、それが映画の最後に向けて大きな盛り上がりのファクターとなるのだ。

 で、なぜこの映画のせいで忙しかったのかというと、もちろんみに行かねばならない、ということが一つ。年末年始に入試に年度末という、繁忙期に、ついつい何度も映画館に足を運んでしまったし、あまりに話題になっていて、新聞やら雑誌やらテレビやらでとりあげられているので、それを追うのも、また大変。朝ごはんを食べながらNHK のニュースをみていて、さあ、仕事にでかけよう、とするとブライアンとロジャーがニュースに出てきたりするので、しばし、テレビに釘付けにならねばならない。だいたい、NHKは、おそらく内部にクイーン好きな人がいるのだろう。特別番組などもともとたくさんあったのに、さらに多くの番組が組まれたので、追いかけるのが精一杯。海外出張した時も、機内でこの映画をやっているので、寝ている暇もなかった・・・、と、まあ、この映画は私を忙しくしたのである。

 地元、立川の映画館では"ライブ上映"なる、立ち上がったり声を出したり拍手したり一緒に歌ったりできる上映会が時折開催されており、そのライブ上映の日にちが決まるや、ネット上で2分で席がいっぱいになる・・・ようなことになっていて、どこまでいくやら、クイーン・ブーム、な、平成の終わり、である。この立川の映画館も、もともとどなたかクイーン好きがいるにちがいなくて、このブームの前から、モントリオール・ライブの上映会などをなさっていて、わたしは是非行きたい、と友達をさそうも、同世代のロック好きおばさんたちは「えー、ディープ・パープルとかツェッペリンならいくけど、クイーン? いかなーい」とか、いわれていた。実際我々が若い頃、クイーンは、見かけがチャラい(そういう言葉は当時なかったが)女の子向けバンドで、その程度の「少女趣味」、「みかけだけ」、「ロック好きならクイーンじゃないだろ」みたいなところがあった。でも、ちがった、って今は、みんなわかっている。息子によると、親といっしょに見にいく人も多く、子どもたちが感動するのに、親が満足、という状態になっているらしい。ほんとに、うれしい。

 しかし、この映画で、今回、一番胸をつかれたのは、フレディ・マーキュリーが自らがゲイである、と、ガールフレンドのメアリーにカミングアウトする場面でのメアリーのせりふである。フレディがじぶんはバイ・セクシャルなんだと思う、と、メアリーにいうと、メアリーは、「いつもそうなのね。あなたは、I love you, but (愛してるよ、でも)他に好きな人ができたんだ、I love you, but 自分の時間が必要なんだ、I love you, but ゲイなんだ・・・。いつもそう言う・・・。なんてこと。なによりつらいのは、それがぜんぜんあなたのせいじゃないっていうことだわ」(すこしまちがってるかもしれないけれど、そういう内容のセリフを言っている。)

 アイ・ラブ・ユー、バット・・・。愛してるよ、本当に愛してるよ。でも・・・結婚したりするんじゃない、一緒に住むわけでもない。フレディは、その後も、ずっと経済的にメアリーを支え続けたのは有名な話だし、メアリーもパートナーができ、子どもができても、フレディを支え続けた。彼ら二人は、世間でいう、結婚したカップルでも、恋人同士でも、愛人同士でもなかったが、お互いの人生を見届けたのである。

 結婚しなくても、愛し合えるのか、ゲイでもいいのか、新しい恋人ができたら別れなくてもいいのか。関係性ってなんだろう。男と女って、結婚する以外に、お互いの人生を見届けることってできるのか。若い頃は、不倫をしていても、いつか結婚できるんじゃないかと思ったり、いまは出口がないけど、この関係性にも何か出口があるんじゃないか、と思えたりする。私たちくらいの年齢になると、関係性というのは、なにか、最終ゴールがあるわけじゃないことがわかってくる。関係性の終わりが来る前に、いのちの方がおわってしまったりすること、が、みえてくるのだ。結婚や、同居だけが共に生きることではない。寝ることだけが目的ではない、アイ・ラブ・ユー、バット・・・の関係を持ち続けることこそが豊穣に見えてきたりする。「ボヘミアン・ラプソディー」をみながら、考えたのは、「人生を見届けあう」、アイ・ラブ・ユー、バット、な関係のことだったのである。

三砂 ちづる

三砂 ちづる
(みさご・ちづる)

1958年、山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。1981年、京都薬科大学卒業。1999年、ロンドン大学PhD(疫学)。津田塾大学国際関係科教授。著書に『オニババ化する女たち』『死にゆく人のかたわらで』『少女のための性の話』など多数。本連載の第1回~第29回に書き下ろしを加えた『女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言』(ミシマ社)が2016年11月に、本連載第30回~第68回に書き下ろしを加えた『自分と他人の許し方、あるいは愛し方』(ミシマ社)が2020年5月に発売された。

おすすめの記事

編集部が厳選した、今オススメの記事をご紹介!!

  • いしいしんじが三崎に帰ってくる! 次の土日はいしいしんじ祭(1)

    いしいしんじが三崎に帰ってくる! 次の土日はいしいしんじ祭(1)

    ミシマガ編集部

    週末の土日はぜひミシマガ読者のみなさまにお伝えしたいイベントが開催されます。三崎いしいしんじ祭、5年ぶりの開催が決定しました!

  • 『時代劇聖地巡礼 関西ディープ編』ついに発売!

    『時代劇聖地巡礼 関西ディープ編』ついに発売!

    ミシマガ編集部

    『時代劇聖地巡礼 関西ディープ編』が、ついに書店先行発売日を迎えました!  時代劇研究家の春日太一さんが、時代劇のロケ地=聖地を巡り綴った、まったく新しい、時代劇+旅のガイドブックです。そのおもしろさを、たくさんの写真・動画とともにお伝えします!

  • 藤原辰史さんより 『小さき者たちの』を読んで

    藤原辰史さんより 『小さき者たちの』を読んで

    ミシマガ編集部

    『小さき者たちの』の刊行を記念して、著者の松村圭一郎さんと歴史学者の藤原辰史さんによる対談が行われました。 開始早々、「話したいことがたくさんあるので、話していいですか?」と切り出した藤原さん。『小さき者たちの』から感じたこと、考えたことを、一気に語っていただきました。その内容を余すところなくお届けします。

  • ひとひの21球(中)

    ひとひの21球(中)

    いしいしんじ

    初登板の試合で右手首骨折、全治三週間。が、しかし、日々着実に成長をつづける小学生のからだの、どこが生育するかといえば、それは骨だ。しかも末端だ。指先や手首の骨は、ほっておいてもぐんぐん伸びる。折れた箇所も、呆れるほど早くつながってしまう。

  • 春と修羅

    春と修羅

    猪瀬 浩平

    以上が、兄が描いた線をめぐる物語だ。兄はわたしの家から、父の暮らす家までしっそうし、そしてまた父の暮らす家から千葉の町までしっそうした。兄が旅したその線のすべてを、わたしはたどることができない。始点と終点を知っているだけだ。その点と点との間の兄の経験がどんなものだったのか

  • GEZANマヒトゥ・ザ・ピーポー&荒井良二の絵本『みんなたいぽ』が発売!

    GEZANマヒトゥ・ザ・ピーポー&荒井良二の絵本『みんなたいぽ』が発売!

    ミシマガ編集部

     GEZANのフロントマン、マヒトゥ・ザ・ピーポーがはじめて手がけた絵本『みんなたいぽ』を2023年2月22日にミシマ社より刊行します。絵は、国内外で活躍する絵本作家、荒井良二によるもの。本日2月17日からは、リアル書店での先行発売が開始しました。3月以降、各地で原画展やイベントを開催予定です。

  • 『おそるおそる育休』、大阪で大盛り上がり!

    『おそるおそる育休』、大阪で大盛り上がり!

    ミシマガ編集部

     こんにちは! 京都オフィスの角です。『おそるおそる育休』の発売を記念して、著者の西靖さんと、大阪・梅田の本屋さんを訪問してきました!

この記事のバックナンバー

03月29日
第103回 手仕事と伝統工芸 三砂 ちづる
02月28日
第102回 拒絶される恐怖 三砂 ちづる
01月28日
第101回 嫁と姑 三砂 ちづる
12月27日
第100回 もしも 三砂 ちづる
11月27日
第99回 子供と危険 三砂 ちづる
10月28日
第98回 結婚 三砂 ちづる
09月28日
第97回 オフレコ 三砂 ちづる
08月25日
第96回 子どもについて 三砂 ちづる
07月29日
第95回 ボーダ 三砂 ちづる
06月24日
第94回 長寿県転落 三砂 ちづる
05月29日
第93回 顔が見えない 三砂 ちづる
04月16日
第92回 初めての北米 三砂 ちづる
03月16日
第91回 ダーチャ 三砂 ちづる
02月13日
第90回 プリンセス 三砂 ちづる
01月06日
第89回 寒い冬、寒い日本 三砂 ちづる
12月09日
第88回 タレフェイラ、シュトレイバー 三砂 ちづる
11月17日
第87回 前提 三砂 ちづる
10月12日
第86回 産まなかった人は 三砂 ちづる
09月08日
第85回 ウォラムコテ 三砂 ちづる
08月19日
第84回 マジョリティーの変容 三砂 ちづる
07月18日
第83回 マスク 三砂 ちづる
06月08日
第82回 ペットの効用 三砂 ちづる
05月09日
第81回 名前 その2 三砂 ちづる
04月08日
第80回 名前 その1 三砂 ちづる
03月29日
第79回 運転 三砂 ちづる
02月24日
第78回 かけおち 三砂 ちづる
01月28日
第77回 夢をみた 三砂 ちづる
12月24日
第76回 若い女性を愛する 三砂 ちづる
11月26日
第75回 ナラマニヤン先生 三砂 ちづる
10月26日
第74回 クリス 三砂 ちづる
09月21日
第73回 知らなかった力 三砂 ちづる
08月05日
第72回 胸痛む夏 三砂 ちづる
07月12日
第71回 失われる教育 三砂 ちづる
05月25日
第70回 道ならぬ恋の行方 三砂 ちづる
05月06日
第69回 その次のフェーズには 三砂 ちづる
03月27日
第68回 還暦を超えても楽しい 三砂 ちづる
02月19日
第67回 献身のエトス 三砂 ちづる
01月23日
第66回 親を許す 三砂 ちづる
12月20日
第65回 更年期  三砂 ちづる
11月22日
第64回 記述式 三砂 ちづる
10月16日
第63回 スキンシップと強さ 三砂 ちづる
09月15日
第62回 かわいやのー 三砂 ちづる
08月15日
第61回 屈辱感 三砂 ちづる
07月10日
第60回 "きれいにしていなくっちゃ"遺伝子 三砂 ちづる
06月06日
第59回 クローゼット 三砂 ちづる
05月08日
第58回 男女の心中 三砂 ちづる
04月06日
第57回 アイ・ラブ・ユー、バット 三砂 ちづる
03月13日
第56回 再発見される日本 三砂 ちづる
02月08日
第55回 求められる、という強さ 三砂 ちづる
01月07日
第54回 そういう時代 三砂 ちづる
12月10日
第53回 女性活躍 三砂 ちづる
11月12日
第52回 共有する物語 三砂 ちづる
10月10日
第51回 変わる家族 三砂 ちづる
09月10日
第50回 アジアの旅 三砂 ちづる
08月07日
第49回 仏壇 三砂 ちづる
07月08日
第48回 ランドセル 三砂 ちづる
06月09日
第47回 自営業の減少 三砂 ちづる
05月17日
第46回 「手紙」という資料 三砂 ちづる
04月09日
第45回 爪を染める 三砂 ちづる
ページトップへ