おせっかい宣言おせっかい宣言

第96回

子どもについて

2022.08.25更新

 子ども、のこと、はずっと気になっていた。体外受精や、第三者の子宮を借りることや、第三者の精子をもらうことや・・・さまざまな、およそ、想像がつく限りのオプションが生殖をめぐって展開されるようになって、というか、さまざまな技術が人間にとって可能になり、「子どもが欲しい」という親の思いの前に、どの技術もバラ色に見えはじめた頃から。
 ずっと気になっていたのだ。親のほうは、自分が望み、自分の意志で行う。苦しみ、悩むことはもちろんたくさんあるが、さまざまな技術に助けられ、子どもに会う可能性を追求することができる。子どもが生まれれば、それは、大きな喜びだ。家族もみんなうれしい。子どものほうは、どうなんだろう。子どもは成長する。みずからのことばをもつようになる。みずからの思考を紡いでいく。子どもたちはどのように自分の状況を理解していくのだろう。ずっと気になっていた。
 ずっと気になっていた、とはいえ、それについては、つまりは、こどもたちが自らの生についてどのように理解し、成長していくのか、は、実は、生殖技術が介在しようが、しまいが、同じことなのかもしれない、とも思っていた。わたしたちは、子どもたちがどのようになっていくのか、想像することすら、できない。彼らは明日の家に住んでいるのだから・・・。そう言ったのは、1923年に発表され、世界のベストセラーとなった「The Prophet:預言者」を書いた、ハリール・ジブラーン(Khalīl Gibrān)だった。世界中で翻訳され、日本でもさまざまな翻訳が出版されている。以下は、「預言者」のなかの、子どもについての部分を、わたしが訳した。

あなたの子どもはあなたの子どもではない
あなたの子どもは生きることそのものの希求からやってくる、息子や娘。
あなたを通じてやってくるけれど、
あなたからやってくるのではない。
あなたといっしょにいるけれど、
あなたのものではない

あなたは子どもに愛を与えることはできるけれど、
あなたの考えを与えることはできない。
子どもたちはそれぞれの考えを持って生まれてくるから。
子どもたちのからだを宿すことはできるけれど、
彼らの魂を宿すことはできない。
子どもたちの魂は明日の家に住んでいるから。
あなたはそこを訪ねることはできない。
夢にみることすらない。
あなたは懸命に彼らのようになろうと努力することはできる。
でも、彼らをあなたのようにしようとしてはいけない。
いのちはうしろむきには存在しないのであり、
きのうという日にとどまることはないから。
あなたは弓。
あなたという弓から、あなたのこどもたちは生きた矢として先へと放たれる。
弓引く人ありて、はるか永遠という径の上、
いずこかにむけ、力をこめてあなたの身をしなわせる。
その矢がすみやかに遠くへ飛ぶように。
弓引く人の手のうちに在りて、しなうその身に、喜びあれ。
飛びゆく矢は愛され、ぶれることなき弓もまた、
愛されていることを知って。

 そう、子どもたちの魂は明日の家に住んでいる。わたしたちはその家を訪ねることはできず夢にみることすらできないのだ。だから、生殖技術が介在しようがしまいが、ある意味、親であることは同じことに対峙することだ。とはいえ、自分がどうやって生まれてきたのか、は、ある意味、人生を大きく決定することの一つであり得る。さまざまな生まれ方をすることについて、子どもは、どう思うようになるのだろう。ずっと気になっていた。そして今も気になっている。

 2022年現在、ブラジルで産んだ長男は、30歳を越えた。いまや韓流ドラマ最盛期であり、テレビドラマといえば韓国のもの、というイメージが強くなっているが、ブラジルでも長く、ノベラと呼ばれる濃厚な連続テレビドラマを毎日放映していた。今も放映されていることだろう。毎日、いくつかのことなるノベラが放映されていて、ブラジルの人たちはいわば、「わたしのノベラ」と呼ばれるお気に入りのテレビドラマをいつももっていたものである。ブラジルのノベラはレベルも高く、メキシコやアメリカなど多くの国にも輸出されていた。
 長男をブラジルで妊娠していた1990年頃、"Barriga de Aluguel"というノベラを放映していて、わたしは夢中になって観ていたものだ。このタイトルは直訳すれば、「借り腹」。ようするに「代理出産」を意味するタイトルである。妊娠しているわたしには、他人ごととは思えないドラマだった。子どもができないお金持ちの夫婦、ゼカとアナが、人工授精技術を使い、夫婦の受精卵を、若い女性の子宮を借りて、着床させ、その女性に妊娠を継続してもらい、生まれた赤ちゃんを夫婦が自分達の子どもとして育てようとしている、いう筋書きで作られたドラマだった。
 子宮を貸す方、チャーミングでコケットな女性、クララは、若く、まだ20代になるかならないか、リオデジャネイロのファベーラ(スラム)に住み、お金がないので、2万ドル、というお金のために、喜んで子宮を貸す。健康で、お金だけが欲しい若い女性。お金はあるが子どもができない夫婦。彼ら同士が契約を交わし、すべてうまくいく予定であった。しかし、クララは生物学的には自分の子どもではないけれど、自分のお腹で育っていく子どもに限りない愛情を感じるようになってしまう。妊娠したことのある女性には容易に想像がつくことだと思うが、お腹の中の子どもが自分の生物学的な子どもであるか、ないか、など、妊娠していると、考えもしないくらい、お腹の子どもは自分の一部として存在しうる。クララもそうだった。
 出産時のトラブルで、クララはその後子どもが産めない体になる。生まれた子どもを離したくないクララは、子どもを連れて失踪してしまう。代理出産を依頼した夫であるゼカのほうは、自分の子どもを宿してくれているクララに妊娠中から、すこしずつ心惹かれていた。「お腹に恋をした」と説明されていたが、そんなことになると当然、妻であるアナとの関係に、浅からぬ亀裂も走ることになるのは当然の成り行きである。そんな中で生まれた子ども。アナとクララはどちらが子どもの母なのか、を法廷で争うことになってゆくのだが、このドラマは最後の結論を提示しなかった。おそらくクララとアナはお互い連絡を取り合って、子どもを育てていくのかもしれないなあ、ということを暗喩させる終わり方だった。結論など、出ない。こういうことに。

 1990年当時、技術はあったとは言え、このドラマのような状況はまだ一般的ではなかったが、その後30年で技術的にも多くのことが可能になっていく。法的な整備は常に遅れているわけだが、お金さえ出せば、多くの人に生殖に関する技術の利用が手の届くところにあるようになってきている。いわゆる精子バンクから精子をとりよせ、女性が妊娠する状況や、上記のドラマのような代理出産を、日本の法整備を待たずに外国で行うことも可能になっている。
 ブラジルで、この代理出産のドラマを30年以上も前にみながら、とても片付かない思いがしたのは、子どもはどう感じるのだろう、子どもはどんなふうに自分の状況を理解するのだろう、ということを説明できる言葉を自分が持たなかったからだ。
 子どもの出自を知る権利という形で、子どもたちの言葉が発せられる時代になってきた。そんなことはわかっていたのだ。いまになってうろたえるな、わたしたちの世代よ。何十年も時間はあったのに、突き詰めて考えることができていなかったのではないのか。そして今も。

三砂 ちづる

三砂 ちづる
(みさご・ちづる)

1958年、山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。沖縄八重山で女性民俗文化研究所主宰。津田塾大学名誉教授。京都薬科大学卒業。ロンドン大学PhD(疫学)。著書に『オニババ化する女たち』『女に産土はいらない』『頭上運搬を追って』など多数。本連載の第1回~第29回に書き下ろしを加えた『女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言』(ミシマ社)が2016年11月に、本連載第30回~第68回に書き下ろしを加えた『自分と他人の許し方、あるいは愛し方』(ミシマ社)が2020年5月に発売された。

編集部からのお知らせ

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『セルタンとリトラル ブラジルの10年』三砂ちづる(弦書房)

世界地図を広げるとブラジルの面積は広大であることがわかる。日本からの移民も多く、ポルトガル語が公用語であることもよく知られている。北西部のアマゾンの森、南部のリオ・デ・ジャネイロ、サン・パウロなどとは風土がまったく異なる北東部ノルデステで、公衆衛生学者として10年間暮らして体感し思索した深みのあるノンフィクションである。
 いわゆる「近代化」を拒む独特な風土を、著者独自の観察眼でユーモアを混じえて語り、命、美、死の受容、言葉以前の話など多くの示唆に富んだ出色の文化人類学的エッセイ。(弦書房書誌ページより)

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