おせっかい宣言おせっかい宣言

第61回

屈辱感

2019.08.15更新

 熊本県水俣市の、はつの・あそびの森こども園では、はいはいができるようになった赤ちゃんには、おむつを使っていない。だってね、動きにくいでしょう? あんなに小さいのに。せっかくはいはいを始めて、たくさん動こうとしているときに、股になにかあったり、腰まわりがギャザーでしめつけられたりしていたら、動きにくいですよね。だから、おむつは、もう、つけないんですよ。保育士さんはおっしゃる。

 自分たちでやってみるといい。誰もいない部屋でまず、すべての衣服を脱いで、四つん這いになり、はいはいしてみる。なかなか、自由で快適ではあるまいか。四つ足動物時代の本能がふつふつとわいてきたりするのではないだろうか。次に、大人用の紙おむつをつけて、はいはいをしてみる。わたしたちは、いまからはいはいして、立ち上がろうとしている赤ちゃんとはちがって、体の動かし方については何十年かのキャリアをつんでいるはずなので、少々の邪魔なものを身につけていても、たいがいのことはできる。でも、紙おむつをつけているとやっぱり股の間がごわごわするし、腰回りもモタモタする。気持ちよくない。はいはいをしはじめたばかりの小さな人に、これはやっぱり快適なものではないなあ、と思う。

 あの、そんなこと、つまりは、裸で四つん這いとか、紙おむつつけて、はいはい、とか、やりたくないです、という方は、やらなくて結構です、もちろん。赤ちゃんのことを、想像するだけではちょっとわからないなあ、なんでも体験してみた方がいいよなあ、という方にやっていただきたいだけである。もちろんやってみたい方も、家族の目につかないようにやらないと、あなたのご家族の、あなたへの受容のレベルに応じて、ではあるが、それなりの問題が生じることは避け難い。こっそりやってください。やるときは。

 さらに、思い切ったことをやってみたい方は、紙おむつをつけて、排泄もなさってみるとより一層、赤ちゃんの気持ちに近づける。ぬれてもサラサラ、赤ちゃん、ずっと快適、みたいなCMに悪意があるとは到底思えず、製造者の方も広告担当の方も、いかに赤ちゃんが気持ちよく過ごせるか、ということを考えてくださっているのだとは思うが、そもそも、「排泄物を体の近いところにつけている」だけで気持ちよくない、ということに思いをいたすのはなかなかに難しいのである。だから、思い切ったことをやってみたい方は、上記の「紙おむつはいて四つん這いになってはいはいしてみる」実験の後、そのまま、小の方でけっこうですので、排泄をなさってみると、ぬれてもサラサラ感も味わえる。ぬれてもサラサラ、とはいえ、おまたになにかぴったりとくっついている状況でそこで排泄しよう、というのは簡単なことではない。入院や闘病ですでに経験ある方もおいでかと思うが、「おむつに排泄する」というのは、実に難しいことなのである。そこで吸い取ってくれるとはいえ、自分の排泄物が、おしもに一瞬広がって行く感じはおそろしいものだし、吸収体が吸い取ってくれて表面はぬれていないとはいえ、なまあたたかく、とてもサラサラの気持ち良さ、と思うわけにはいかないものである。そして、重い。自分の排泄しただけの水分をおまたに抱える、のは重いし、動きにくいし、はっきりいって、邪魔である。

 からだを動かし始め、そしてほどなく、二足でたちあがろうとしている幼い人に、そのようなハンディをつけなくてもいいだろう、とお考えになる、園の姿勢と、保育士さんの理解は、とてもまっとうなものではあるまいか。園では、はいはいするくらいの赤ちゃんの頃からおむつはもうはずして、エコニコパンツ、とよばれる股ぐりがゆったりとしていて足の周りをしめつけず、幼い子供でも脱ぎ履きがとても簡単にできるパンツを採用しているのである。エコニコパンツは、園で大量に用意して、洗濯して、使っている。はいはいするくらいの月齢の子どもからエコニコパンツで暮らしていると、歩けるようになるくらいになれば、多くの子どもは、おしっこを教えるようになる。自分で脱ぎ履きはまだできないことも多いが、おしっこしたいときは、自分でトイレやおまるのそばに行ったり、おまたに手をやったりして、教えてくれるようになる。これが、現在より二世代前、つまりは、いま80代、90 代の方が子育てしていた頃に「一歳の夏ごろまでには、おむつはとりました」という状態である。

 もちろん、はいはいしているくらいの子どもの頃からおむつをつけていないから、粗相をしたり、床を汚したり、といったことはよくあるのだが、そのことへの対応も保育士さんは慣れたものので、専用の布でさっとふいて、スプレーで消毒をして、きれいにして・・・、という一連の動作も実にすべらかである。こうした「おむつなし育児」を、保育園で実践することについて、当初は保育士さんからは「そうじが大変になる」という不安も寄せられていたようだが、実際にやってみると、「おむつで対応するより、ずっと楽」であることがわかり、また、結果として、子どもたちの排泄の自立も早いので、保育士さんたちにしごく評判が良い。また、保育園におむつをもってきたり、よごれたおむつを持ち帰ったりする必要がないので、親の方もたいへん楽である。園では、上記のようにはいはいするくらいの子どもからエコニコパンツをつかいはじめ、自分で歩けるようになるとその上にスパッツのようなものをはいて一日をすごす。このエコニコパンツもレギンス(田中園長によると、これは、ユニクロのセールで買うのだとか)も、園が大量に用意しているので保護者は行きの服と帰りの服以外、用意しなくて良いので、こちらも評判が良い。

 このような排泄の対応をしていると、おしっこ、うんちなどの排泄に関わることが実におだやかに生活の中に組み入れられていることがわかる。お昼ご飯をいただく行列に並んでいたとき、3歳くらいの子どもがおもらしをした。一緒に並んでいる子どもたちは、騒ぐどころか、別に何も言わないで穏やかにしている。気づいた保育士さんも慌てることなく、最後までおしっこさせて、あら、いっぱい出てよかったわね、と、その子を着替えにつれだし、床をきれいにして、終わり、である。ここではおもらしすることは、屈辱、ととらえられていない。本人も、周りの子どもも、不安に思っていない。それは、周りの大人が、わあわあ、大変、という反応をしないからである。

 体の動きが自由なので、闊達な子どもに育つ、バランス感覚が良い、手先が器用、などおむつなし育児で育つことの良さはたくさんあるのだが、このはつの・あそびの森こども園の、排泄に関する穏やかな様子を見ていると、これこそが幼い人の育ちにとってとてもとても大切なことなのではないか、としみじみと思う。屈辱感を味わうこと、屈辱感を味あわせること、しかもそれが排泄に関すること、であれば、それは生涯に影響を及ぼす。屈辱感は、本当の意味で強く、たくましく、人との交歓の中で生きようとすることには必要のない感情である。その必要ではない感情を幼い頃にうえつけられ、そこから自由になるために何十年も苦労する大人が少なくないことは胸に手を当ててみれば、よくわかるのではあるまいか。屈辱感を感じさせない、はっきり意見が言える、自分の快不快を口に出すことにためらいがない、そういった感覚こそが本当の強さであり、幼い人に経験して欲しいのは、そういうことしかないのではあるまいか。

三砂 ちづる

三砂 ちづる
(みさご・ちづる)

1958年、山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。沖縄八重山で女性民俗文化研究所主宰。津田塾大学名誉教授。京都薬科大学卒業。ロンドン大学PhD(疫学)。著書に『オニババ化する女たち』『女に産土はいらない』『頭上運搬を追って』など多数。本連載の第1回~第29回に書き下ろしを加えた『女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言』(ミシマ社)が2016年11月に、本連載第30回~第68回に書き下ろしを加えた『自分と他人の許し方、あるいは愛し方』(ミシマ社)が2020年5月に発売された。

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