おせっかい宣言おせっかい宣言

第49回

仏壇

2018.08.07更新

 実家を閉めた。父が亡くなって、5年。実家が残り、住む人もいなくなっているのに、キープしてきた。すぐに処分する、という決断がつかなかったのだ。そういう方はおそらく、今の日本に、たくさんおられると思うが、我が家もそうであった。災害の続く日本、家が倒れもせず水に浸かりもせず、処分する時点まで無事であったということ自体が、ありがたいことであるとも言える時代になってきた。被災された方には、ただ心寄せるばかりである。生活の再建を心から祈る。

 実際、西宮の実家は、23年前、阪神大震災に直撃されている。当時、私は地球の本当に裏側、12時間時差のブラジルに住んでおり、同僚から、「日本で大きな地震だよ」と聞いても、阪神間で地震起こるわけないな、となんとなくたかをくくっていたのだが、テレビに目をやったら、近所にある高速道路が倒れていた。地震など起こるはずがない、と思っていた地方である。東京の家のように、固定された家具など、阪神間にはなかった。我が家もタンスが倒れ、母が背中を怪我したというが、それくらいで済んだ、と言えるのが幸運であった、と、ほどなく知ることになった。西宮のタクシーの運転手さんと話す。「なんだか今思えば、あの地震以降、本当に、災害、増えましたね」「そうですなあ、あの大地震、と言うても、今はどの地震かわかりませんもんなあ」。そういう時代になってしまった。

 私は東京に住んでいる長女である。西宮の実家は、私が生まれ育ってきた家、というわけではない。私自身が育った祖父母の代から住んでいた家は、阪神大震災に先立つこと数年、父がすでに処分していた。古い家であったから、震災を耐えられたとは思えず、その時期の処分は英断であった、と言わねばなるまい。今回処分した実家は、たいそうな値打ちのある家や土地、というわけではなく、交通が不便なところにある築35年くらい経つ公団の分譲マンションで、売れるかどうかもわからなかった。それでも固定資産税はかかるし、管理費はかかるし、光熱費はかかる。住んでいる人もいないのに、それらを延々と払い続けることには意味がないとは思うし、処分しなければならないとわかっていたが、決断がのびのびになっていたのは、「仏壇」があったからである。

 家を閉めて、処分するためには、掃除をしてものを撤去して、売りに出せば良い、というわけにはいかない。そこには「仏壇」がある。「仏壇」があるから、時折、開けにも行っていたし、お盆となればお参りがあるから、また、行っていた。誰も住んでいないところに仏壇を置いている、という後ろめたさもあり、だからと言ってさっさと仏壇を移してしまって、家を処分する、という気持ちが定まらなかった。気持ちが定まらなかった、というのは、私自身が実家の仏壇をどのように扱うべきか、明確な方針を持てるほどに、その仏壇のよって立つところの宗派の信仰を持っていなかったから、だからと言って、仏壇なんかいらないでしょ、燃やしちゃいなさい、などというほどの唯物論者にもなれなかったところにある。

 仏壇を燃やす、なんて、あまりに恐れ多すぎるラディカルなことのように聞こえるが、私の父方の祖母も母方の祖母も、その家の仏壇を燃やしているのである。実際、仏壇をどうしようか、と我が事として考えることになった私には、仏壇を焼く、というのがどれほどラディカルなことか思い及ぶし(私にはできません)、我が双方の祖母の過激なことに改めて驚いたりするのであった。ちなみに私の「ちづる」という名前は祖母の一人が「千代」、もう一人が「つる子」であったので両方の名前を取って付けられた名前であり、その過激な祖母二人の血と名前を継ぐのであるから、自分の過激さと素行の悪さを自分だけのせいにしなくていい、と思えたりして、助けられている。

 父方の祖母は、幼い頃から多くの不幸を親戚に見てきている人であり、「因縁」の厳しさについて、いつも口にする人であった。もともと曹洞宗であったらしい(この辺り不明なままであるが)父の家の宗派を、日蓮宗に変え、熱心な寺の門徒になり、ことあるごとに身延山に通い、朝に晩にお題目を唱えていたのは、一緒に住んでいたからよく覚えている。母方の祖母は、穏やかで有能な人で私をこよなく愛してくれた人であったが、ある時、突然、浄土真宗の仏壇を燃やし、創価学会に入信、同時に叔母(祖母の娘)たち二人も入信した。政権与党となる前の創価学会と蜜月であった時代の公明党のために、祖母も叔母もその娘も、選挙となれば山口県から、関西にでも東京にも熱心に出てきていたものである。こちらの祖母も、日々お題目を唱え、熱心に信心していた。

 思ってもみよ、両方、嫁いで来た嫁が、勝手に宗旨替えしているのである。そんなこと一体どうすれば可能なのか。日本は家父長制で、お父さんが偉かったんじゃないのか。我が双方の祖父は、それほど気弱で軟弱な人でもなかったし、それなりに二人とも、男らしい人たちであったが、自分の家の宗旨を、妻が勝手に変えることを一体どうやって許していたのであったか。女性は家父長制度のもとで抑圧されていた、という一文をそのまま一方的に信じる気になれないのは、こういうことを身近に見ているからである。我が家の二人の祖母が過激すぎた、というだけではあるまい。

 ともあれ、私の仏壇へのアンビバレントな姿勢が、父の実家の処分をずるずると遅らせていたのだが、今年に入って、20代後半にさしかかろうとしている長男が「早く処分することにしよう」という。夫を亡くして、今や「老いては子に従え」の時代にある私は、息子の言うことは聞くようにしているのだ。よって父の家を閉めることにして、仏壇の移送に取り掛かることにした。仏壇を移すには魂を抜く、つまり「抜魂」ということをしていただいて、移送ののち、「魂入れ」をしていただく必要がある。我が家が檀家である、すなわち宗旨替えした祖母が熱心に通っていた寺は、代替わりをして、今となっては、連絡もうまくつかない。移送の一カ月も前から、寺にも、住職さんの携帯にも、奥さんの携帯にもメッセージを残すのだが、連絡が取れない。引越しの日にちは迫るので、しょうがないから、小学校時代からの友人が神戸で日蓮宗の安寿さんをしているので彼女に抜魂をお願いし、魂入れは、主人の葬儀においでくださった東京の我が家の近所の日蓮宗のご住職にお願いした。まだ30代のお若い方である。

 このご住職の説明がふるっていた。「お位牌は、携帯電話の端末のようなものです。この端末があるのでご先祖様とお話しできるわけですね。あの世からの電波をそれで受けるわけです。宗派というのはですね、ドコモとかauとか携帯電話の会社みたいなものでですね、どこと契約して端末を使えるようにするか、という感じなわけです」。なるほど。そうであれば、サービスなどに気に入らないところがあれば乗り換えれば良いわけなのか。両祖母の宗旨替え、という行動は、それほどに過激なことではなかったのか・・・。納得できるような、できないような。

 ともあれ、実家を閉めて、仏壇を移した。移してみると、なんだか、ほっとした。住んでいる家の和室に、なんだか何十年も前からあるかのように、祖母のお経の染み込んだ大きな仏壇は、ぴったりと収まった。家に帰ると仏壇がある。熱心な日蓮門徒であったわけではないのに、なんだかほっとする。家族は幻想であり、仏壇は単なるシンボルであり、墓も葬儀もいらない、などという世間になって久しいが、私もそれに慣れているつもりであったが、移送した仏壇のくださる安寧に、今は、包まれていたいような気持ちでいるのである。

三砂 ちづる

三砂 ちづる
(みさご・ちづる)

1958年、山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。1981年、京都薬科大学卒業。1999年、ロンドン大学PhD(疫学)。津田塾大学国際関係科教授。著書に『オニババ化する女たち』『死にゆく人のかたわらで』『少女のための性の話』など多数。本連載の第1回~第29回に書き下ろしを加えた『女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言』(ミシマ社)が2016年11月に、本連載第30回~第68回に書き下ろしを加えた『自分と他人の許し方、あるいは愛し方』(ミシマ社)が2020年5月に発売された。

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