おせっかい宣言おせっかい宣言

第84回

マジョリティーの変容

2021.08.19更新

 自分自身の「性自認」と「性的指向」の多様性について議論が進んできて、セクシャルマイノリティーに関する理解は、深まりつつあると思う。セクシャルマイノリティーについて、法務省人権局や地方自治体など公的機関も詳しい資料を提供するようになった。性自認 (性の自己認識)とは、自分の性をどのように認識しているのか、ということである。「心の性」と言われることもあって多くの人は「身体の性」と「心の性」が一致しているが、「身体の性」と「心の性」が一致しない人もいてそういう人は、自分の身体に違和感を持つこともある。性的指向とは、どのような性別の人を好きになるか、ということで、こちらの方は自分の意思、というより多くの場合思春期ごろにきづく、といわれている。性的指向と性自認は本当に多様だから、現在は、性は、グラデーションのようなものであり、性を男と女で二分することはとてもできない、と言われているのだ。言われているのだが、世の中には男子校、女子校も多く存在し、せめて公立ではそういう教育はやめた方が良いのではないか、と言われはするが、そちらはあまりすぐには変わりそうもないのが、現状か。

 もう20年近く前になるだろうか、2000年を少し過ぎた頃だったと思う。自分自身がゲイであることをカミングアウトしていた知人と、話をしていたときのことを今も覚えている。気になっているのは、ヘテロの人たちが、結婚したりセックスしたりしなくなってきていることだ、今後もセクシャルマイノリティーの権利についてさまざまに議論を重ねていきたいのだが、いわゆるヘテロの人たちがどんどん対(つい)の暮らしをしなくなると、セクシャルマイノリティーの議論も、やりにくくなっていくのではないか、ということだった。
 セクシャルマイノリティーについての議論は、マイノリティーではないマジョリティー、すなわち、生物学的な性と性自認が一致していて性的指向が自分の自認する性とは異なる、まあ、俗にいう、男と女、生殖行為をすれば次世代が誕生しうる組み合わせのこと、つまりはヘテロ、と呼ばれる人たちが、ある程度の年齢になって性的指向を持つようになったら、だいたい、パートナーを持つようになり、パートナーを持ったら性的行動をするようになる、ということが、ともあれ、前提だ、ということだ。つまり、世の中のほとんどの人(つまりは、マジョリティーを形成する人たち)がある程度の年齢になれば、「結婚」して、性的パートナーを持つようになる、ということが、いちおうの前提になっていて、「マイノリティー」という呼び方になっている、ということだ。
 おおよその人は「結婚すること」がほぼできて、おおよその男と女は、夫婦という名前の、性行動を前提とした対(つい)、として生きていくことができて、つまりは生涯にわたって性的パートナーをもつことができていて、そういう人たちが「マジョリティー」であるから、いやいや、そうではない多様な性自認と性的指向も存在して、そういうヘテロな「マジョリティー」とはことなるマイノリティーの権利も認めることを求める、という道筋だったのではなかったか。マジョリティーたるヘテロがセックスもしなくなり、結婚もなかなかできなくなり、性的パートナーもいない状況になると、そんな中で性的マイノリティーの権利を主張していくことは、もちろん、必要なのだが、明らかに、やりにくくなる。おおよその人がある程度の年齢になると性的に生きる(そういうことに興味を持たない、というアセクシャルな人も、もちろんいる)ことができる、という前提があるから、どのような性的な生き方でもその多様性を認めよう、ということになる。マジョリティーが性的に生きることが困難になるのならば、性的マイノリティーの主張は、「いいなあ、性的指向のことを発言できて」、とか、「いいなあ、セックスする相手がいて」、とか、なんだか、ひどく、まとはずれな反応を生じさせることになりかねない可能性がある・・・。
 おおよそそんなことを話していた。そんなことにならなければいいが、という話も、した。でも、まだ、その頃は、つまりは2000年少し過ぎた頃は、セックスレスも、結婚しないことも、パートナーがいないことも、結婚した後にセックスレスになることも、いまほどには、深刻さを持って語られてはいなかったのではあるまいか。

 国立社会保障・人口問題研究所の「人口統計資料集(2019年)」によると、50歳時の生涯未婚率は男性は24.2%、女性は14.9%つまり、現在、「日本の50歳男性の約4人に1人は一度も結婚経験がない。ちなみに2000年の「50歳時の未婚率」は、男性が12.57%、女性は5.82%であった。ずいぶん、ちがう。ついでに1960年には男性は1.26%女性は1.88%であった。まあ、ベタな言い方をすると、いっときは達成できていた(させられていた)皆婚社会、つまりはほとんどの人が、結婚という名の、周りが公認する性的パートナーを持って生きていた時代、は、完全に過去のものとなった、ということである。新しいデータがほどなく出ると思うが、生涯未婚率はおそらくもっとあがるだろう。
 50歳時生涯未婚率が男女ともに1%代であった1960年というのは、だいたい私自身が生まれた頃で、思い出してみても周りの人はみんな結婚していて家族を持っていて、親戚縁者もみんな結婚していた。近所の人もみんな結婚して家族と住んでいた。たまに結婚していない人もいたけれど、その人のことは、あの人、結婚していないね、とみんなが認識するくらい、珍しいことだった。その頃育ってきた子どもは、だから、ちょっと上の世代の団塊の世代にならって「結婚したくない、自由に生きたい」とか思う子どもはいたけれど、「結婚したいのに、できないかもしれない」と思って育ちは、しなかった。だって、まわりがみんな、結婚してるんだもん。自分だけできないってこと、あるはずがない。まわりがなんとかしてくれるのか(と、思ったかどうか定かではないが)。実際、ほうっておいたらこんなにたくさんの人が結婚していたはずはないので、この時代は、自分たちの意思だけで結婚していたのではもちろんなくて、まわりがよってたかって、結婚(時折、無理やり)させていたのである。無理やり結婚させられるなんて良い時代であったとはいえないが、結婚して子どもを産むマジョリティーは、そのように形成されていた、ということである。
 また国立社会保障・人口問題研究所による2015年の「出生動向基本調査」によると18歳から34歳の未婚者のうち、「交際している異性はいない」と回答した割合は男性69.8%、女性59.1%で、交際相手を持たず、かつ交際を望んでもいない未婚者は、男性で30.2%、女性は25.9% である。それこそ、この調査は「交際している異性」という質問にも、「男性」「女性」別の調査をしていること自体にも、セクシャルマイノリティーの存在が考慮されていないと言えるのだから、今後調査に様々な配慮が加えられていくとは思うが、ともあれ「マジョリティー」のこの傾向は、止まりそうになく、こちらも今年、2021年に新しい調査が行われるらしいが、数値は上方に更新されるだろう。性的パートナーがいること、結婚すること、のハードルは、できるだけ低い方がいいのだが、いよいよ難しくなってくる時代に、性的に生きること、性を語ることのハードルは、いよいよあがっていくのではないか。結婚しなくても、性的パートナーがいなくても、性的に生きることはもちろんできるが、そちらの方がずっと難しいことではないか、と考え込んでしまうのである。

三砂 ちづる

三砂 ちづる
(みさご・ちづる)

1958年、山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。沖縄八重山で女性民俗文化研究所主宰。津田塾大学名誉教授。京都薬科大学卒業。ロンドン大学PhD(疫学)。著書に『オニババ化する女たち』『女に産土はいらない』『頭上運搬を追って』など多数。本連載の第1回~第29回に書き下ろしを加えた『女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言』(ミシマ社)が2016年11月に、本連載第30回~第68回に書き下ろしを加えた『自分と他人の許し方、あるいは愛し方』(ミシマ社)が2020年5月に発売された。

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