おせっかい宣言おせっかい宣言

第87回

前提

2021.11.17更新

 研究者、というのは、何らかの学会というものに属している。というか、学会に属しているのが研究者、という言い方もできるのかもしれない。研究者として仕事が欲しくて、履歴書を書くときには、必ず自分の業績(つまりは何本論文を書いているとか、何冊著書があるとか)と、所属する学会を書くことを求められる。大学や研究所に所属しない、在野の研究者、という方もおられて、そういう方は特定の学会に入っていないこともあると思うが、特定の学会に入らずに、研究者を続けることの方が大変だから、最終的には在野の研究者の方から、とりわけ、歴史や思想といった分野では、レベルの高い研究が提示されたりすることも少なくないことは、それこそ、過去の記録を見ればわかることでもあるのだが、ともあれ、世の中の大学とか研究所に属している研究者で学会に入っていない、という人は、まず、いない。繰り返しになるけど、そういう人は、大学とか研究所の職につけないからである。普通は、研究者は同じ分野の研究をしている人たちと定期的に集まり、意見交換をして、他の人の研究成果に耳を傾け、お互いに議論をしたり、論文を発表したりして、自らの研究をさらにすすめていく。その場が、学会、である。
 大体一年に一回、学会の総会とか大会とか呼ばれるものがあって、おおよそのそういった会合には大会長、という人がいて、自分の職場のある大学とか研究所を拠点として大会を開催する。国際学会と言われるものもあって、そういうのは、国内だけではなく、世界中を拠点として大会が開催される。だから、研究者は、国内学会に参加することで、結果として日本国内のあちこちに赴くことになり、それこそ見聞も広がり、研究仲間も増える。端的に言って、いろんなところに行けて楽しい。国際学会だと、世界のあちこちに行って、研究を発表したり、これまた、国際的な研究仲間を得ることができたりもするのである。
 2020年からの COVID-19 パンデミックは、あれよあれよという間に世界中の大学の講義をオンラインにしてしまったのだが、これらの研究者の定期的な集まりである学会もまた、オンラインとなってしまった。研究の成果を共有し、新しい研究のアイデアを議論し、新しい研究仲間に会うきっかけとなる学会は、対面開催にこだわってきた集まりであったのだが、あえなく、というかほかに方法がなく、というか、とにかく雪崩を打ってオンラインに移行し、昨年度の学会はほとんどオンラインで行われた。やってみると、まあ、家からでもどこからでも学会に参加できて、研究発表もできて、他の人の研究を知ることもできて、議論までできて、悪くないじゃないか、とか、思ってしまう。大学の授業と同じだが、これで済んでしまう、ということがわかったことは、なんだか、いいじゃないか、別に、わざわざ学会でどこかに足を運ばなくても・・・という感じになりそうで、ちょっとさびしい。
 学校というところはその典型であるが、学会もまた、まともな発表とか、議論とかのみでなく、ばったり廊下で出会った人とか、発表の後に、誰かが話しかけてくれたり、とか、そういう予定のプログラム以外のところでの出会いこそが、真骨頂であったのだ、と思う。生身の人間同士が会うことによる、マジックモーメントというか、なんとも言えない化学反応というか、そういったところに本質が隠れていたりしたのだと思う。ブラジルで10年くらい暮らしてきて、その間も研究者をやっていたのだが、ブラジルでは、いや、私が知っているブラジル人研究者の何人かは、と言っておこう、学会はアバンチュールの場である、と認識していた。思わぬ出会いがあったり、研究者同士だから、大学院生とか若い頃の知り合いにばったり会ったりするから、アバンチュールの場でありうるのだという。実際のところどうだったのか知らないけれど、そのようでも、あり得た学会の場・・・。アバンチュールはオンラインでは無理である。失ったものは大きい。
 今年オンラインで参加した学会で、アバンチュールどころか、ふだん、もう、少なからぬ男性がセックスレスである、という発表を聞いていた。私はCOVID-19パンデミックとともに、世界中で有名になってしまった分野である、公衆衛生、疫学の研究者である。だから、疫学者とか公衆衛生研究者とか人口学研究者などが集まる学会に顔を出すのであるが、こういう学会では、私たちの今、について、見事に切り取られた一面がはっきり提示されることが多い。もう、 15年以上前の公衆衛生学会で、中学校の性教育現場の先生方が「中学生男子が性的な関心をあまり持っていないようだ」という発表をされていたことをよく覚えている。中学生ごろの男の子は、とにかく、性的なことに対する興味関心は現実行動とは別として、とにかくあるものだろう、と、思っていたのだが、どうも最近、違うような・・・これは、今後、どうなってしまうのか、懸念される、という発表であった。それから15年ほど経ち、これらの中学生はすでに三十代になっている。
 今回の発表は、もちろん、15年前の研究者とは別の方の行われた研究で、インターネットを通じた20−54歳の男性4000名を対象に行われた調査であった(1)。過去1ヶ月に一度もセックスをしていない人、を、セックスレスと定義しているが、既婚男性の49%、未婚男性の64%がセックスレスであった。さらに、データからは、「喫煙者にセックスレスが少ない」ことも読み取れる。
 考え込んでしまった。今、喫煙している人たちはどういう人たちだろう。これだけ世の中が、禁煙、禁煙、と言い募り、タバコのパッケージに恐ろしげな文句が書いてあり、大体、すごく値上がりしているのに、タバコを吸い続けている人は、世の中の"健康志向"よりも、"人生の楽しみを優先させる"と、いうような人だろうか。あるいは、人に別になんと言われても、やりたいことはやる、というような人であろうか。あるいは「単にやめられない」とか、そういう人かな、とも思う。要するに今、喫煙している人たちは、ひょっとしたら、「人生に対する態度」が「自分の楽しみ」であったりする人たちであるだろうか。いや、そんなたいそうなものでもなかろうか。わからない。で、そういう人たちの方がセックスしている、ということだろうか。いろいろ、考え込んでしまった。
 セックスとは、成人男女がおおよそ誰でも、ある年齢になると、やりたいと思うもので、実際に、やるもの、というのが、今までの人口学とか公衆衛生学とかの、前提であったと思う。そんなふうにみんな成人になってどんどんセックスしていると、子どもができすぎるから、避妊とか家族計画の普及、とかが、国内外で重要な課題だった。ところが避妊方法について、せっせと取り組んでいるうちに、はっと気づいたら少子化になり、セックスレスになっていた、つまり、「セックスとは、成人男女がおおよそ誰でも、ある年齢になると、やりたいと思うもので、実際に、やるもの」という前提が、まさに、崩れてようとしている、ということを示唆するデータである。「ある特殊な人生に対する態度の人しかセックスしない」状況になりつつあるのもしれない。悲しくなってしまった・・・などと言っている場合でもないところが、なんとも、本当に悲しいのである。


(1)「 日本人男性の性行動 --全国 4,000 名を対象としたインターネット調査より--」 小西 祥子,森木 美恵,仮屋 ふみ子,赤川 学 第 86 回日本健康学会総会 (オンライン開催 2021年11月13−14日)

三砂 ちづる

三砂 ちづる
(みさご・ちづる)

1958年、山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。1981年、京都薬科大学卒業。1999年、ロンドン大学PhD(疫学)。津田塾大学国際関係科教授。著書に『オニババ化する女たち』『死にゆく人のかたわらで』『少女のための性の話』など多数。本連載の第1回~第29回に書き下ろしを加えた『女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言』(ミシマ社)が2016年11月に、本連載第30回~第68回に書き下ろしを加えた『自分と他人の許し方、あるいは愛し方』(ミシマ社)が2020年5月に発売された。

編集部からのお知らせ

三砂ちづるさん×タルマーリーさん×竹内正人さんが鼎談されました!

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 タルマーリーの渡邉格さんと麻里子さん著『菌の声を聴け』の発刊を記念したイベントに、三砂ちづるさんがご登壇されました。タルマーリーの拠点・鳥取県智頭町に縁のある産婦人科医・竹内正人先生も交えて、とても刺激的なお話が展開しました。新型コロナから、生殖医療、そして私たちの身体性まで。科学というのは本来何で、私たちが大切にすべきは何なのか。異なる道を歩んでこられた4人による一歩踏み込んだ議論を、ぜひミシマガ上でお楽しみください!

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