おせっかい宣言おせっかい宣言

第68回

還暦を超えても楽しい

2020.03.27更新

 「還暦を超えても楽しい」。これは、担当の編集さんのくださったテーマというか、タイトルである、というか・・・。でも、これ、違うと思う。「還暦を越えても楽しい」のではなく、「還暦を超えたら楽しい」のである。還暦を超えたら楽しい、還暦まで生きたら上等、還暦を過ぎたらなんでもあり。もう、いい、のである。
 インドに住んでいた若い友人によると、インドではそれはそれは盛大に還暦を祝うそうである。還暦まで生きられた、ということ自体がすごいことなので、周りも本人もほんとうに喜んでお祝いするのだそうだ。延々と続くお祝い。「ぜひインドで還暦を祝いましょう。ちょっとくらい、時期がすぎてもいいんですよ。祝ってもらえます!」とくだんの友人に言われて、還暦を迎えたのは一昨年だったのだが、そういわれるなら、そうしようかなあ、と思っていたら、インドに渡航できなくなってしまった。この原稿を書いている2020年3月、まだ、その渦中にあるコロナウィルスの流行のために渡航できなくなったのである。インドもビザが必要な国だが、入国するときにお金をはらってビザを取得する、というシステムらしいが、いまはビザを発給しない。みんな世界中どこでも旅行するようになって、いつでもどこにでも行けるような幻想が広がっていたが、それはやはり束の間の幻想であったのか。いつでもどこにでも行けるわけではない。いつでもどこにいてもすぐ帰れるわけではない。外国に行く、ということは帰れなくなることも、行けなくなることも、帰ってもすぐには家に帰れないことがあることも、今回の一連のコロナウィルスのことで、あらためて私たちは思い知ったのである。国境がないことを目指して営々と努力なさって来たEUの国々がつぎつぎと国境を封鎖するに及んで、その幻想のはかなさにめまいがしそうである。

 仕事柄、割と世界中いろいろなところに行ってきたのだが、インドには、行ったことがない。いや、それは正しくない。行ったことはある。一晩だけ、ボンベイでトランジットのために泊まった。20代で働きに行ったザンビアの帰り、エア・インディアで帰ってきたので、ボンベイ一泊のトランジットをしたのだ。一泊だけのボンベイのことは驚くほど何も覚えていない。覚えているのは、エア・インディアの座席で痛い目にあったことだけである。疲れていたわたしはエア・インディアの座席で眠ってしまっていた。眠っていたのだが、なんだか胸のあたりがチクチクして痛い。夢かな、と思うが夢ではない。なんだこの痛みは、と思って目を覚ますと、隣に座っていた7.8歳くらいのインド人と思しき女の子が、つまようじで私の胸をさしているのである。「やめて」と私は言った。女の子は、英語なんか何にも知りませんよ、みたいな顔をして、わたしの言葉に何も返事をしない。そのあとまた、寝ると、また爪楊枝で私を刺す。さすがに4度目くらいになって、女の子を挟んでその向こうに座っている保護者と思しき女性にお願いして、女の子の行動をとめてもらった。私のインドに関するすべての思い出はこれだけである。今思い出しても、文字通り胸が痛む。だからなに、ということもないのであるが・・・。思い出ってそういうものではあるまいか。
 インドには行けないが、「還暦を越えると楽しい」の話をしていたのだ。還暦を過ぎて感じたことは、もう、人生決着がついている、ということであった。若い頃からいろいろなことを悩んできたような気がする。どういうふうに生きるべきか、職業を持つべきか、どういう仕事をするべきか、家庭は持つのか、具体的にいうと結婚するのか、子どもを産むのか、どこに住むのか。こういう類の悩みは、おおよそが50代までに決着がつくことである。還暦までには、一通りこういうことはもう、やるならやる、やらないならやらない、でもう終わってしまったことになってしまう。
 まず、仕事。仕事は人生において重要で、最も大きな楽しみの一つだろう。楽しみ? 仕事と楽しみは違うだろうという向きもあるかと思うが、仕事をする、というのは、自分の可能性を試す、という意味で、新しい出会いを保証するという意味で、必要な糧を得るための手段である、という意味においても、基本的に楽しいことなのだ。多くの場合、仕事というのは、現在、勤め仕事である。どこかに働きに行く。ついこの間まで多くの仕事の場で定年退職は60歳であった。ここにきて、定年が63とか65に伸びている職種もあるとはいえ、まだまだ、いったん60歳定年、というところは多い。還暦、というのは、ひとまず、「仕事はおしまい」ということだ。なりたいものもあったかもしれない。やりたい仕事もあったかもしれない。やりたくない仕事だってやってきたかもしれない。でも、もう、終わりである。  
 ここから先、60過ぎても仕事をする人も増えるだろうけれど、それはもう、「おまけ」みたいなものである。年金だけでは足りないから、とか、やっぱりやりたいことがある、とか、職業によっては60ではやめられない、とか、いろいろあると思うけど、基本的に「最も働くことを期待されて、実際に最も働ける」時代は、終わってしまったのである。おおよその自分のキャリア、というものは、納得するにせよ、しないにせよ、ここまでで築き上げてきたもので、おしまい。いま、それなりに生活できているのなら、結果オーライで、自分の仕事は良い仕事であった、と思うしかないのが、還暦である。
 結婚と家庭。いまどき、還暦過ぎて結婚なさる方も少なくないのであるが、そもそもは結婚とか家庭を作る、とかいうのは、リプロダクティブ・フェーズ、つまりは生殖期にある人間が次世代をそだてるためにできてきた仕組みである。もちろん、今や人間の生き方は多様化しているから、次世代を育てていなくても、ぜんぜんかまわないわけではあるが、そこはやっぱり、基本は、基本。多くの場合、結婚して家庭を持つことは次世代育成の場を作ることである。還暦をむかえると、そういうことは全て終わっている。結婚する人はしたけど、しなかった人はしなかった。子どもを産んだり、育てたりした方は、そうしたけど、そうしなかった人は、しなかった。自分で産まなくても、同じである。親しい友人夫婦は特別養子縁組のお子さんを育てているが、どうしてももうひとりほしい、50代のうちになんとかもうひとり育てたい、という。還暦すぎるとそういうことも、非常に難しいことになるのだ。
 だから、還暦を迎えた頃には、結婚するのか、家庭を作るのか、子どもをもつのか、ということについても決着がついている。そういうことをやるべきか、やらざるべきか、そのように悩むことができたのは、実は人生のある一定のフェーズのことだったのだ、ということに気づくときでもある。もう、いい、のだ。結婚にも家庭にも子どもにも、もう悩まされなくていい。そういう決断は、還暦以前の人生において重要であったが、還暦すぎると、もう、いまあるものを受け入れるしかないのだ。悩んでもしょうがないのである。
 若い頃は住みたい街もあったであろう。好きな場所もあっただろう。行きたい国もあっただろうし住みたい国もあったかもしれない。でも、還暦すぎるとそちらももう決着がついている。おそらく大体の場合は、いま、住んでいるところでこれからも多くの場合住むことになる。それまでいかに多くの場所に住んできたとしても、だいたい還暦をむかえるあたりで年貢の納め時というか、もう、それ以上うろうろしても見苦しいだけ、というか、もう、いまいるところが終の住処、になりがちなのである。
 ことほどさように、もう、人生、じたばたしてもしょうがない。このように生きてきた自分を肯定し、このようである自分を受け入れ、少しでも他人に迷惑がかからないように、いささかなりとも、周囲の役に立つように、それ以外はそんなにあんまり考えなくてもいい時期に入ったのである。はい。なんと気楽なことか。「還暦を越えても楽しい」のではなく、「還暦を超えたら楽しい」のは、その、「決着ついたお気楽感」に由来しているわけである。

三砂 ちづる

三砂 ちづる
(みさご・ちづる)

1958年、山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。1981年、京都薬科大学卒業。1999年、ロンドン大学PhD(疫学)。津田塾大学国際関係科教授。著書に『オニババ化する女たち』『死にゆく人のかたわらで』『少女のための性の話』など多数。本連載の第1回~第29回に書き下ろしを加えた『女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言』(ミシマ社)が2016年11月に、本連載第30回~第68回に書き下ろしを加えた『自分と他人の許し方、あるいは愛し方』(ミシマ社)が2020年5月に発売された。

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