おせっかい宣言おせっかい宣言

第111回

家計簿

2023.11.28更新

 昭和10年生まれの母は、ものすごくまめに家計簿をつけていた。物心ついた頃から一日の終わりの光景は、母が家計簿をつける姿であった。家計簿は、いわゆる「単式簿記」であり、要するにその日にどのくらいのもの買ったのか、を書きつけて財布の中身と付き合わせ、合計を毎日確認するようなものであった。母は几帳面な人だったから十円あわないと、すごく悩んで、計算しなおしたり、お金を探したりしていた。そんな母を毎日見ている娘には、いくらよこしまな心がよぎったとしても、「お金をこっそりくすねる」などという発想は夢にも浮かばなかったのは、当然のことであるし、お金は丁寧に扱われるべきものだ、という思いを植え付けた。母の家計簿習慣は何よりの子どもへの絶大な教育効果をもたらしたといえよう。

 家計簿は簡単な日記も兼ねており、その日、家族にどういうことがあったか、ということをきちんと記されていた。それは、結果からして昭和の歴史であり、我が家の歴史であり、重要なものだと認識していたので、数年前、父の仕事のことで聞きたいことがあって、母に家計簿を見せてほしいのだが、と頼むと、あっさり、あれは、捨ててしまったのよ、と言われた。本当かどうかわからないにせよ、まだ存命の母は私に家計簿を見せたくないか、見せられないか、のどちらかであることは理解し、深く突っ込まないことにして、その場はおさめた。

 せっせと家計簿をつける母の姿を見ていたものだから、自分で生活し始めた当初は、自分でも家計簿をつけようとしていたはずではあるのだが、今となってはつけようとしたことすら忘れてしまっているくらい、何にも覚えていない。要するに、早々に挫折したのである。以来、一人の暮らしでも家族の暮らしでも、「マイナスにならなければいい」ことだけを気にして、お金を使ってきて、きちんと家計簿をつけたことはないのだ。だいたい大人になって働き始めてからの私は、一人で暮らした経験は実に短く、「誰かと暮らす」、いわゆる結婚生活に程なく突入してしまったので、いきおい、家族の収入源が一つではなくなった。自分だけが働いているのではなく、連れ合いにも収入がある。自分の収入や連れ合いの収入は、時期によって増減はあれど、常に、何らかの形で多少なりとも私も連れ合いも働いていたから、それらを全て克明に記録し、支出も管理することは、不可能に近い作業であった。自分の収入と連れ合いの収入を合算していたこともあり、家賃、家のハード周りのお金は連れ合いが出し、日々の買い物と子どもに関することは私が出したりしていたこともある。一貫して家計簿はつけていない。いや、つけられなかった、というべきであろう。毎日の終わりに何か書くことができなかったわけではなく、日記の方は、つけていた。でも家計簿は、つけられなかった。毎日の終わりに、お金の計算、というのが本当にできなかったのだ。ひとえに私が能力がなかっただけ、と、片付けてしまって、もちろんいい。でも、いわゆる夫婦共働き家庭で家計簿をつけるのは、その複雑さゆえ、無理なんじゃないのか。

 担当しているゼミ生が、卒業論文のためのフィールドワークとして、「給与労働者である共働き夫婦」にその収入の使い方に関する聞き取りをしたという。共働き夫婦のお金の使い方に関しては、さまざまなタイプがあるようだ。全ての収入を共同収入としてプールして使う夫婦、それぞれの収入から一定額をプールする夫婦、使い途によってこれは夫が出す、これは妻が出す、と決めている夫婦、その場に応じて適当に払っている夫婦などなど・・・。私自身が経験したことと同様、家族のフェーズによって、あるいは夫婦双方の収入のありようによって、変わっていくようだ。そして、聞き取りをした誰に聞いても、家計簿はつけていなかった。

 想像は、つく。だいたい、無理なのだ、お金の使い方がどんどん変わっていくのだから、うまく記録に残すことができないのだ。さらに、帳簿をつけること、つまりは、簿記、は、近代的な経済のシステムの基礎になっているものである。それは経営のためのみならず、適正な税の徴収のために、どうしても必要なものだ。自営業はともかく、学生が聞き取りをしたような「夫婦共働き賃金労働者」の家庭において、税金は源泉徴収されて、給料からすでに天引きされている。自営業はともかく、給与所得者のみの家庭において、税金はすでに徴収されているのだから、要するに、家計の帳簿なんか必要じゃない、ということではないのか。必要じゃないから、共働き家庭は家計簿をつけないのではないのか。それは別にすごく忙しいから、一日の終わりに家計簿をつけられない、とか、とは関係なくはないけれど、要するに必要じゃないから、いらない、と思われているのではないか。

 いやいやいや、家計簿は税収管理のためのものではなくて、近代的な家庭生活と適正な支出管理のために発想されたものだ、と言われるであろう。日本における家計簿、というのは、自由学園(現在もある)や婦人之友社(現在もある)を創設した羽仁もと子が1904年に作ったものだと言われている。前近代を脱し、近代的な社会になっていくためには、家庭もまた、近代的になっていく必要があると考えられただろうし、実際、とりわけ戦後の社会を支えた「サラリーマン家庭+専業主婦」の組み合わせにおいて、家計簿は近代的な家庭の必須アイテムのように広がっていったのであろう。冒頭に書いたように、私の母の世代は、それは一つの憧れであった。もちろん今も家計簿は存在するし、羽仁もと子の作ったオリジナルの家計簿は今も流通しているらしい。家計簿アプリ、とかもあるらしいのだが、しかし。

 近代社会は、経済とか社会とか政治とかの公的領域と、家族や日々の生活に関わる私的領域を分けた。公的領域では身分や階級は性別や人種といった属性で人を差別することせず、「業績主義」と「普遍主義」を使う。業績主義は、身分や階級などではなく、それぞれの人の能力、仕事、功績で評価を決め、普遍主義とは誰に対しても同様の法制度や経済の制度を適用する、ということだった。業績主義と普遍主義は、公的領域の規範であって、私的領域には、適用されない、というのが近代社会の基本だったのだが、そうはいっても、どうやって家父長制に変わる私的領域の規範を作り直せば良いのかわからなかったから、私たちはせっせと、近代の公的領域の規範を私的領域にも適応しようとしてきたように見えて、家計簿はその一つのシンボルのようにみえる。でもそもそも、「近代的な家庭」と思われる「共働き家庭」になればなるほど、事実上家計簿はつけられなくなる。家庭というのは、要するに、「何となく」「ざっくりした」感じで回っていくもので、それでみんなが機嫌良くできていれば、それでよし、という感じで過ごされていくもので、きちんとした家計簿作りにも、明確な家庭の成員の「家事の平等な役割分担」を目指す、家庭内業績主義も、そもそもそぐわないものだったんじゃないかなあ・・と、一度も家計簿をつけられなかった言い訳とするのである。

三砂 ちづる

三砂 ちづる
(みさご・ちづる)

1958年、山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。1981年、京都薬科大学卒業。1999年、ロンドン大学PhD(疫学)。津田塾大学国際関係科教授。著書に『オニババ化する女たち』『死にゆく人のかたわらで』『少女のための性の話』など多数。本連載の第1回~第29回に書き下ろしを加えた『女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言』(ミシマ社)が2016年11月に、本連載第30回~第68回に書き下ろしを加えた『自分と他人の許し方、あるいは愛し方』(ミシマ社)が2020年5月に発売された。

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