おせっかい宣言おせっかい宣言

第137回

サソリ

2026.01.19更新

 2025年4月に竹富島に移住して、1年半以上が過ぎた。まだ、びっくりすることがある。というか2ヶ月ほど前に、いちばん、たまげたことがあった。洗面所で歯を磨こうとコップをもちあげたら、下に何か虫みたいなものがいる。カラにみえたので、何かが脱皮した後だろうか、とつまもうとすると、さささっとにげてしまった。サソリ! その形はまごうことなきサソリである。動転してしまったがとにかくこれを外にださなければならない。まだとても小さいので手元のティッシュを何枚かとってつまむようにして窓から外にだそうとしたらするっとすりぬけて落ちてしまい、どこかにいってしまった。ということでサソリはまだ家の中にいるのだ。

 サソリは、さすがに怖い。南緯三度のブラジルに10年間住んでいたので、サソリは怖いのである。幸い、ブラジルでサソリに遭遇したことはないが、ブラジルでは本当に怖がられていた。死ぬから、と。調べてみるとブラジルのサソリの致死率は0.1%とか言われていて、必ず死ぬわけではなさそうだが、怖い。また、2025年に報告されているところによると温暖化と都市化が相まって、ブラジルの都市、とりわけファベーラと呼ばれるスラムでサソリが急増しているらしい。ブラジル保健省の感染症情報システムをつかったサンパウロ州立大学の研究調査によると、2014年から2023年の10年の国内サソリ刺傷は、117万件以上で、この10年で155%増加していたのだという。2025年からむこう10年間には200万件を超えるのではないかと言われている。2023年の死亡者は152名、ということで、たいへんなことだ。このサソリは「黄色サソリ」と呼ばれるサソリらしい。私がサソリに遭遇した2025年11月現在、日本では前代未聞の熊の被害が広がっていて、東北や北関東では、外に出ることが怖いような状況の街も少なくないようだが、それと同じような感じでブラジルではサソリの被害が広がっているようだ。

 ともあれ、わたしは、サソリは怖かった。竹富にサソリがいるなんて知らなかった。ほんとうにたまげた。家の中にまだいるはずだが、あわててしらべてみると日本にはサソリがおり、2種類いてマダラサソリとヤエヤマサソリがおり、どちらも八重山地方に生息する、と書いてある。

 おお。そうだったのか。日本にもサソリがいるのか。そうだったのか。それらは八重山にしかいないのか。移住してもまだまだ知らないことがあるのだ。幸い、どちらのサソリも穏健でおとなしいそうだ。刺されても大したことないし、悪さはしないよ、と島の人に言われた。そうか。そうか。それはよかった。元々サソリはゴキブリとかその手の害虫を食べるらしいし、いいところもあるんだから、おとなしいのなら、まあ我が家にいていただいてもいいか、という気になり、少し落ち着いた。

 朝起きたらまずわたしは水のシャワーを浴びるのだが、11月になると朝5時とかまだまだ真っ暗である。あまり明るい電気をぱあっと朝からつけたくないので、朝は間接照明は小さいライトで家の中を動いている。シャワーもちいさなぼんやりとしたあかりの中であびた。シャワーの水を止めてタオルを取ろうとすると、床でなにかが光っている。蛍光色みたいな感じだ。なにか、いる。

 光るものがいることについては、すでに移住してほどなく、知った。ホタルがいるのだ。島には。ホタルというのは、清流に夏に住むものだと思っていたが、竹富で出会うホタルは石垣にいる。石垣島にいるんじゃなくて、竹富の伝統建築のまわりに積んである石垣の塀にいるのである。最初は何かと思ったが島の人にホタルであるとおしえてもらった。もぞもぞと動いているのは幼虫、動かないのは成虫であるという。なるほど。夜で暗いし、その姿をはっきりとは見たことはないが結構しっかり光っている。しかも夏だけではなく、結構、年中いる。そうか、ホタルは清流だけではなく、石垣にもいるのか。けっこうこれもびっくりしたことだが、ホタルを怖がってはいないので、こちらは冷静に受け止めた。

 で、暗い中、シャワールームで光っているのは、ホタルの幼虫か、と思い、こちらもそれほど驚かなかったが、念のため電気をつけてみると、長―いムシがひょろひょろと動いている。これはどうみてもホタルの幼虫ではない。動きの素早さからみるとゲジゲジの小さいのにも見えたが、そんなに足はみえていない。ゲジゲジかムカデかヤスデかわからないけどその類のもの。いや、でもしらべてみると、こちらで遭遇している足がたくさんいるひょろひょろしているものはすくなくともゲジゲジではない。ゲジゲジの足は長い。そんなに長くないものしか見ていない。ヤスデはダンゴムシみたいな体の形なので、これもちがう。竹富で遭遇したのはどう見ても小さいが、あれは、ムカデであったと思う。

 ムカデについては、山口の田舎の祖母からよく聞いていた。ムカデは話がわかるので、でてきたら、殺さずに、言い聞かせなさい、あのね、ここはお前に出てきてもらったら困る寝室だから、来ないでほしい、とかいうと、帰っていくし、もう来ない、というのだ。試してみるにはなかなか勇気のいる対応である。ムカデ、毒あるし。

 で、シャワールームにいたのはムカデの赤ちゃんだったのかその他の虫だったのか。それらって光るのか。わからないままこちらもつまんで窓の外に出したのである。こちらは成功して家の外には出てくれた。

 八重山には知らないものがたくさんいる。移住して程なく、いえのまわりにたくさん、ヒルのような黒いころっとしたものが、いた。私の知っているものの中ではウミウシのようなかんじだが、どろどろはしていなくて、ころっとしている。黒いヒルがいますね、と島の人にいうと、竹富にヒルはいないよ、それはナメクジです、と言われた。ナメクジ! これがナメクジ! ナメクジというのは白くてどろどろしていて、塩をかけると縮んで死んでしまうものだった。日本の台所が、土間からちょっとましになって、タイルとかセメンとかになったころ、しかしまだステンレスのシステムキッチンにはなっていなかった頃、すなわち、もっとじめじめしていたころにはナメクジがたくさん出て、よく塩で退治していたものだが、目の前にいるのは似ても似つかない生物だった。背中の正中線にひょろりとした線がはいっていて、とにかくころりとしている。ひっくりかえすと裏側はぺたっとしている。8センチとか10センチくらいありそうな大きなものもいる。たいして悪いことはしないみたいだし、そんなに気持ち悪い、というようなものではないが、我が家のたたきのコンクリート部分に這い上がってくると、熱い日差しにあてられてナマコの干物みたいになってしまうから、朝、箒で庭に掃き出している。アシヒダナメクジというらしい。知らなかった。

 ハブもいる。沖縄本島にも住んでいたことがあるから、ハブは本当に会いたくないもので、毒があって、噛まれたらすぐ、病院に駆け込んで・・・病院にはハブ血清が常備されている・・・とおもっていたが、竹富にいるのはサキシマハブ、とよばれてそんなに怖くないらしい。大きさも小さめで、毒もたいしたことないらしい。よって竹富診療所には血清は常備されていない。噛まれても、血清はつかわないらしい。

 このように書いてみてわかるのだが、さすが、亜熱帯、である。10年住んだブラジルのほんものの熱帯より、すべてのものがややマイルドで、温帯的なところもあるとはいえ、熱帯的なところもじゅうぶんにある。熱帯の自然は本当に激しかった。熱帯ブラジルに住んでいる時、自然に親しもう、みたいなイメージはなかった。自然は荒々しく、こわい。容赦無く侵入してくる自然に対峙して人間が生きている、という感じだ。海辺に住んでいたし、ブラジル人自体は、西欧人の価値観を踏襲している人たちだから、海はみるもの、ではなく、海は遊び、また、日差しを浴びるところである。しかし熱帯ブラジルの海で日差しを浴びているととんでもないことになる。ビーチに行くのは行くが、必ず朝に行くように言われていた。特に子供と行く海は、本当に、午前中だけであった。熱帯の昼間の太陽は恐ろしいものなのである。

 南国の昼間の「熱」は、ポルトガル語で「キントゥラ」と呼ばれていた。これはまあ、言葉としては熱そのものだが、「おそろしいもの」というイメージで使われる。熱帯ブラジルでは、「ぞくっとして寒いから風邪をひく」のではなく、「キントゥラにやられて風邪をひく」のである。熱い砂の上などを歩いたりすると、キントゥラが身体に入り、のどがいたくなったりするのだ。

 冷たい水をバケツやたらいに入れていわゆる「日向水」になったもので水浴びするなどもってのほかである。その水はキントゥラがはいっており、ものすごく体に悪い。赤ちゃんやこどもが冷たいだろうからと日向水など使うのは、絶対だめ、といわれる。その延長で、「お湯のシャワーを浴びる」こと自体が体に悪い、と言われていた。温帯で育った私と、当時のサンパウロ(温帯にある)育ちの夫は、熱帯とはいえ、朝から水は浴びたくないし、子供達にもお湯でシャワーを浴びさせたかった。そのことは、我が家のお手伝いさんや乳母のみなさまに非難され続けた。こんなことすると体が弱くなる弱くなる、風邪をひく・・・水のほうがいい、お湯はだめだ・・・。そういうことであるらしい。

 竹富の日差しも暑いし、日焼け止めをぬらずに海に寝転がったりすると大変なことになる、というか、島の人でビーチに行って寝っ転がる人などいない。沖縄では、うみんちゅとよばれる漁師とか魚を日常的にとる方々と、浜降りして貝や海藻を採るとき、以外は海にも入らないし、浜辺というのは、水着を着ることもなく、Tシャツに短パンでバーベキューをするところである。ともあれ、日焼け止めを塗らずにビーチで寝っ転がると皮膚はやけどするほど日差しは強い。熱帯ほどではないのかもしれないが十分に強い。とはいえ、キントゥラの概念はここにはなく、水でシャワーを浴びたい人はいない。沖縄本島では、湯船を使わない家が多いが、八重山ではむしろ、少し寒い時には、お湯をためてお風呂に入る習慣があったようで、湯船のある家が多い。

 サソリからお風呂まで。すべては熱帯より少しマイルドな亜熱帯なのである。

三砂 ちづる

三砂 ちづる
(みさご・ちづる)

1958年、山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。沖縄八重山で女性民俗文化研究所主宰。津田塾大学名誉教授。京都薬科大学卒業。ロンドン大学PhD(疫学)。著書に『オニババ化する女たち』『女に産土はいらない』『頭上運搬を追って』など多数。本連載を元に、『女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言』『自分と他人の許し方、あるいは愛し方』『心の鎧の下ろし方』(ミシマ社)が発売されている。

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