地域編集のこと

第5回

いちじくいちのこと 04

2019.04.10更新

「いちじくいちのこと 03」はこちら 

 1000人くらいは来てほしい! 祈るような気持ちで迎えた、1年目の『いちじくいち』初日の朝。不安な気持ちで会場の外に出てみると、なんと、500人ものお客さんがオープン前に行列を作っていた。あの時の恐ろしさはいまでもはっきり思い出せる。側から見たら嬉しいはずの事態を前に、僕はとにかくヤバい......と焦りまくった。オープン前の時点で500人だ。ということは、明らかにさまざまがパンクする。僕はその時点でもうひたすら怒られ役に徹しようと腹を括った。

 案の定、用意していたいちじくは、午前中で売り切れ。大慌てで追加をお願いしたけれど、頼みの綱の生産者自身が売り子をしているのだから、すぐに用意ができない。そもそもいちじく生産者チームに任せていた、いちじく販売のオペレーションも生産者のみなさんの喜びと興奮からくる自由すぎる計らいで、もはやまったく機能しておらず、お客さんが混乱するから価格を変えないでとか、試食をやりすぎないでとか、もう必死のパッチで説明するのだけど後の祭り。仕方なく僕が手書きで整理券を用意してみたりするものの無駄な抵抗でしかなかった。ほんとこの1日で、マジ一生分くらいお客さんに怒られまくった。

 そんなズタボロな気持ちで今度は飲食ブースに行ってみると、これまた長蛇の列&売り切れ続出で、お客さんのイライラ空気が充満。もう逃げ出したい気持ちになったけれど、それでもなんとか奮起して、またもや整理券を用意してみたり、お客さんに別のお店を促してみたり、無駄な抵抗だとわかりながら懸命に取り繕ってみるも、控えめに言ってなお、ただの地獄だった。せめて少しだけでも息抜きさせてくれと、会場の外に出たら出たで、駐車場の足りなさに対する不満が爆発していて「八方塞がりとはこういうことか」と逆に笑みがこぼれた。ホラーだ。

 たしかに僕は1000人集めると言ったけれど、スタッフ含めて誰も本気でそれを信じてはいなかったんだと思う。だって車でしか来られない秋田県南端の僻地の奥に、いったい誰が1000人も来ると思うのだ。ましてや5000人なんて。出店してくれた飲食ブースのみなさんも、懸命に準備してくれたとは思うけれど、最も数を用意してくれたお店でも200食程度で、それではまったく数が足りなかった。とにかく、いちじく生産者の嬉しそうな顔だけが救いだったように思う。「たくさん来てくれてよかったね」という言葉が、慰めでしかない、個人的には絶望的なイベント。受付を手伝ってくれていた仲良しな友達さえも、クレームを受けすぎて鬼のような目をしてた。

 そしてそこに収支報告が追い討ちをかける。

 いちじく生産者のブースづくり。チラシやポスターの制作費。打ち合わせのための交通宿泊費。会場演出のためのさまざまな造作物など。その金額はあっという間に150万ほどに嵩んでいた。当初はそれを出店者の売り上げから確保しようとしたけれど、読みが甘すぎた。その150万ほどの金額はほぼそのまま赤字となった。

 いま思えばよくこれで来年もやろうと思ったもんだ。ていうか、何故かやめるという選択肢が生まれなかった。どちらかといえば、精神的にも金銭的にもこんなに負を背負ったんだから、相当なプラスに転ぶまでは死ねない。そんな気持ちだったように思う。自分にはないと思っていた関西人的商魂があったんだろうか。そこで僕は、2年目は入場料を取ることを決め、それをスタッフみんなに伝えた。

 そもそも廃校になった小学校を会場にしたのは、そこで育まれた子どもたちのように、いちじくいちそのものも成長していくのだという決意と、小学校という場所が持っているポジティブな空気が理由だ。あんなに殺伐とした初年度のいちじくいちでも、あの空間に救われた部分が多くあったのは確か。しかし旧小学校というその公共性ゆえに入場料を取れないと勝手にそう思い込んでいたんだろう。しかしそんなことは言ってられなくなった。せめて入場料をいただいて、その分しっかりイベントのホスピタリティを高めていかねば、いちじくいちの未来はない。そこまでいちじくいちの継続に執着があったかというと疑問だけれど、やめるにしてもやれるチャレンジはやりきってから、次に行きたかった。

 しかしそこで「よし! 入場料は1000円! そしてまた5000人来てくれたら500万だー!」という発想になれないのが僕の弱いところ。地域のみなさんの思い出が詰まった校舎をよそ者の僕が無償でお借りしているという事実を前に、堂々と入場料をとることにどうしてもためらってしまった。そこで思いついたのが「入場料自由」。運営スタッフは、また藤本が妙なことを言い出したぞという顔をしたけれど、僕は本気だった。入り口にお賽銭箱のようなドネーションボックスを置いて、お客さんそれぞれが想い想いの金額を入れてくれればいい。これであれば、文句をいう人もいないだろうし、ある程度のマイナスを補填できるはず。そう考えた。

 しかし結論から言うと、それはまったくうまくいかなかった。先述のとおり、いちじくいちはオープン前に500人もの行列ができるイベントになっていた。それもこれも、いままではまったく欲しがっていなかった北限のいちじくが、僕たちのPR をみて、一気に欲しくてたまらなくなってくれたことの証。長蛇の列は、そんなみなさんの熱烈な買いたい! 衝動のあらわれだ。満を待して入り口をオープンすると、その瞬間、ゲートが開いた競走馬のごとし勢いで、お客さんたちがいちじく売り場へ走る! 走る! 「走らないでくださいー!」と言っても、走る! 走る! お客さんが駆け抜けていくその横に、寂しげな空気をまとった『入場料自由』の看板とドネーションボックスが置かれていた。

 はい撃沈。

 ドネーションボックスなんて目もくれず駆け抜けていくお客さんを前にして、はじめて僕は完全にオペレーションを間違えたことに気づいた。ドネーションボックスは入り口に置くもんじゃない。「いちじくいち」2年目。動員数はさらに6000人を超え、赤字額は多少減ったもののそれでもマイナス50万円。累計200万の赤字となった。

 そんな過去2年の反省を踏まえた3年目。僕は入場料について、さらにおかしなアイデアを思いついた。それは、「入場無料、退場有料」というものだった。

藤本 智士

藤本 智士
(ふじもと・さとし)

1974 年兵庫県生まれ。編集者。有限会社りす代表。雑誌「Re:S」編集長を経て、秋田県発行フリーマガジン「のんびり」、webマガジン「なんも大学」の編集長に。 自著に『風と土の秋田』『ほんとうのニッポンに出会う旅』(共に、リトルモア)。イラストレーターの福田利之氏との共著に『いまからノート』(青幻舎)、編著として『池田修三木版画集 センチメンタルの青い旗』(ナナロク社)などがある。 編集・原稿執筆した『るろうにほん 熊本へ』(ワニブックス)、『ニッポンの嵐』(KADOKAWA)ほか、手がけた書籍多数。

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