地域編集のこと

第17回

根のある暮らし編集室

2020.03.09更新

(前回の記事はこちら

初めてやってきた島根県大田市大森町。平日ということもあり人はまばらなせいか、古い商家が並ぶその小さな通りは観光地としての華やかさよりも、町の人たちの生活が感じられる。

0309-1.jpg0309-2.jpg

 三浦くんが「ここが出来て生活の幸福度があがりました」と連れて行ってくれたドイツパンのお店でおすすめのブレッツェルを購入したら、横に「ご自由にお持ち帰りください」と無農薬のゆずが置かれていて、迷わずいただく。今夜ホテルで持参の緑茶に皮を一片浮かべて飲もう。そして残りを丸ごと湯船に浮かべようと考えたら、僕の幸福度もあがった。

0309-3.jpg

 「根のある暮らし編集室」と、手書きの切り文字が貼られた町家が彼の仕事場だ。なんて素敵な名前だろう。この町に根をはやすことを宣言した人たちが編集するものなら不安はない。そう感じる人もきっと多いはずだ。ほどよく整理された静かな空間にはその役職を示すかのように大きな机があって、ここで彼はまさに「三浦編集長」しているのかと思って、微笑ましい気持ちになる。せっかくなのでそこで少し話を聞いてみることにした。

0309-4.jpg

藤本 三浦くんは名古屋出身だったよね。大森に来てもう何年になるの?

三浦 2011年3月に移住したので、もう9年ですね。

藤本 群言堂でのお仕事は広報でいいんだよね?

三浦 そうですね。だけどうちの洋服とかライフスタイル全般の商品のことはあまり広報してないんです。

藤本 うん、知ってる(笑)。それが『三浦編集長』であり、現『三浦編集室』のすごいところだよね。

三浦 会社の考え方とか理念、会社の在り方を広報する存在だと自分では思っています。なので、広報なのに商品知識がほぼないので、社内ではとんでもない奴だと思われてるんじゃないかと。

藤本 でもその理念とか在り方を広報することがいかに難しいかだよ。そもそも「三浦編集長」ってタイトルはほんと秀逸。群言堂の「ぐ」の字もない。

三浦 僕もびっくりしたんです。会社入って3年くらい経ったときに、創業者の松場大吉に会長室へ呼び出されて行ったら、なにかのタブロイド紙を取り出して、「3年この町に住んでだいぶ暮らしにも慣れてきただろう。自分の暮らしのことをこういう感じで新聞にしてみんか? 名前は三浦編集長だ」って。もう全部会長の頭の中にあったんでしょうね。僕はトップダウンの指令なので「はい」としか言えなかったんですけど。「よし、やるぞ」ってなったものの、なんの経験もなかったので、どうやって作るのか、そもそも紙ってどこから買うんだろうとか、印刷とかデザインは誰がやるんだろうって、本当にゼロからのスタートで、頭を抱えながら気づいたら半年が過ぎてました。なので僕自身は名前に全く関わってないですね。

藤本 ボスは相当な編集者だね。「三浦編集長」っていうタイトルがまず発明だと思ったし、ある意味嫉妬に近いくらいの気持ちだったもん。あと僕は表紙が大好きです。

三浦 ありがとうございます。

藤本 大森の風景ってきれいだなとか、素朴だなとか思いつつ眺めてたら、必ずどこかに三浦くんが隠れてるじゃないですか。あれ、意外と気づかない人も多いんじゃない?

三浦 はい。全然気づかれてなかったですね。

藤本 でも必ず全部にいるんだよね?

三浦 100パーセントです。

藤本 こういう無駄な力の入れようって大切だと思う。この撮影も全部ひとりでやってるんだよね?

三浦 そうです。セルフタイマーで。

藤本 よくこの距離間に合ったなっていうのあるよね。

三浦 必ず10秒間の縛りのなかで撮ってるんで。

藤本 これとか、トンネルの中にいるけど、けっこうなストロークあるよ。

0309-5.jpg

三浦 しかもこのとき大雨降ってるんですよ。びしょ濡れになりながら、1発では撮れないので、何回も何回も。

藤本 ひとりで黙々とやってるわけでしょ。

三浦 なるべく人のいなさそうなところを選んで。

藤本 想像するほど笑える。

藤本 「三浦編集長」と名付けられたとはいえ、群言堂の広報誌というミッションは最初から与えられてるわけだよね? 具体的には最初どんな風に言われたの?

三浦 もともと僕は新聞記者志望で、そのことを会長は知っていたんですね。インターンや入社を希望したときも一生懸命きれいな字で手紙を書いて、それがけっこう響いたみたいで、社内回覧されたりしてたらしいんです。そういう経緯もあって、僕が書いた文章が会長の印象に残ってたというのはありました。それゆえに、いつかどこかで三浦のやりたかったことをさせてあげようっていうのが会長の思いだったのかなと。だから最初から会社の理念を発信してほしいとかそういうことは全然なくて。僕がくすぶっていたので、そんな僕を見ていて、何かしら自分の仕事と胸張って言える仕事を持たせてそこに向かってる姿が見たいっていう。そんなところで、この仕事が僕に降りてきたんです。

藤本 なるほど。その任せ方、あらためてかっこいいなあ。「三浦編集長」を読みこんでたら、大吉さんと登美さんご夫婦の存在感っていうのが滲み出てるんだよね。別に具体的に何かお二人のエピソードを書いているとかじゃないし、お二人の言葉がストレートに出てくるとかじゃなくて、あくまで三浦くんの活動のなかに体現されている感じ。まさにその器としての「三浦編集長」というタブロイドがとてもうまく出来ているなって思う。

0309-6.jpg

藤本 三浦くんっていう、なんの経験値もない人に渡す器としては最高のものだと思う。例えば「三浦編集長」のフォーマット。特に表紙が好きだって言ったけど、それは写真だけじゃなくて、その下にあるコラムも含めてで。少し丁寧に説明すると、これっていわゆる「天声人語」だよね。ふつうの新聞社だったら、ベテラン記者か論説委員の人とかだけが書ける部分を、いきなり、編集長っていう名のもと未経験な三浦くんに堂々と書かせる器量。

三浦 そうですね。

藤本 程よくも難しいワード数を毎号フォーマットにコラム書いていくっていうのは、大吉さんの「やってみなはれ」精神の現れだよね。そうやって見せる懐を三浦くん自身が感じてるからこそ、三浦くんのちょっとした言葉づかいから、松場さんたちがどういう思いで群言堂や、この会社をやっているかっていう精神性みたいなものが読者にじわじわ〜っと伝わってくる。この「じわ〜っと」が大事で、これは即効性はないんだけど、漢方みたいなもので、本当に効くんだよ。一瞬で伝わるより、じんわり伝わる方がいい。これは僕の編集の理想です。

三浦 そんな風に言われたの初めてでびっくりしてます。

藤本 だから「三浦編集長」や「三浦編集室」という媒体は、僕は日本一の企業広報誌だと思ってる。ふつうは商品が前に出ていくわけじゃないですか。商品っていうメディアをとおしてそのマインドみたいなものを伝えていく。僕自身もタイガーさんと水筒つくったり、いろんなものづくりをするときはそう思って進めてるんだけど、その一方で、商品は商品だから。欲しい欲しくないっていう受け手のシンプルなモノサシがある。商品は一個も出てきてないよね。

三浦 そうですね、一度も書いたことないですね。最近、号外として商品の宣伝をメインにしたものを作ったんですけど、それが初の試みで。

藤本 その名も「三浦宣伝部長」だっけ。

三浦 はい。また新たな肩書きを得て。平社員なんですけど(笑)。

 思わず熱が入ってしまった。やっぱり「三浦編集長」はすごい。次回もこの熱量は冷めることなく、さらに三浦編集長の秘密を明かしていく。

(つづく)

藤本 智士

藤本 智士
(ふじもと・さとし)

1974 年兵庫県生まれ。編集者。有限会社りす代表。雑誌「Re:S」編集長を経て、秋田県発行フリーマガジン「のんびり」、webマガジン「なんも大学」の編集長に。 自著に『風と土の秋田』『ほんとうのニッポンに出会う旅』(共に、リトルモア)。イラストレーターの福田利之氏との共著に『いまからノート』(青幻舎)、編著として『池田修三木版画集 センチメンタルの青い旗』(ナナロク社)などがある。 編集・原稿執筆した『るろうにほん 熊本へ』(ワニブックス)、『ニッポンの嵐』(KADOKAWA)ほか、手がけた書籍多数。

おすすめの記事

編集部が厳選した、今オススメの記事をご紹介!!

この記事のバックナンバー

04月10日
第66回 自著を手売りですなおに売る。 藤本 智士
03月07日
第65回 久留米市の地域マガジン『グッチョ』のこと 藤本 智士
02月08日
第64回 展覧会を編集するということ 藤本 智士
01月18日
第63回 五分-GOBU-を訪ねて、五戸へGO 藤本 智士
12月25日
第62回 オンパクという型のはなし。 藤本 智士
11月08日
第61回 「解」より「問い」を。
「短尺」より「長尺」を
藤本 智士
10月24日
第60回 災害を伝える側に求められること 藤本 智士
09月06日
第59回 僕が海外に出た本当の理由 藤本 智士
08月07日
第58回 コーヒー農園から視た、地域のカフェの役割 藤本 智士
07月07日
第57回 わからないを受け入れる。 藤本 智士
06月07日
第56回 Act Global, Think Local 藤本 智士
05月08日
第55回 産廃と編集の相似性 藤本 智士
04月09日
第54回 聞くは気づくの入口 藤本 智士
03月07日
第53回 市政と市井をほどよくグレーに。 藤本 智士
02月09日
第52回 ウェルビーイング視点でみた地域編集のはなし 藤本 智士
01月08日
第51回 ボトムアップな時代の地域編集 藤本 智士
12月07日
第50回 フックアップされることで知る編集のチカラ 藤本 智士
11月08日
第49回 イベントの編集 藤本 智士
10月08日
第48回 仲間集めの原点 藤本 智士
09月05日
第47回 「のんびり」のチームづくり 藤本 智士
08月07日
第46回 弱さを起点とするコミュニティ 藤本 智士
07月07日
第45回 チームのつくりかた 藤本 智士
06月08日
第44回 編集のスタートライン 藤本 智士
05月06日
第43回 サウナ施設を編集する その5 藤本 智士
04月09日
第42回 サウナ施設を編集する その4 藤本 智士
03月12日
第41回 サウナ施設を編集する その3 藤本 智士
02月12日
第40回 サウナ施設を編集する その2 藤本 智士
01月11日
第39回 サウナ施設を編集する その1 藤本 智士
12月11日
第38回 地域編集者としての街の本屋さんのしごと。 藤本 智士
11月07日
第37回 サーキュラーエコノミーから考える新しい言葉のはなし 藤本 智士
10月08日
第36回 編集視点を持つ一番の方法 藤本 智士
09月04日
第35回 編集力は変容力?! 藤本 智士
08月11日
第34回 「言葉」より「その言葉を使った気持ち」を想像する。 藤本 智士
07月12日
第33回 「気づき」の門を開く鍵のはなし 藤本 智士
06月07日
第32回 ポジションではなくアクションで関係を構築する。ある公務員のはなし。 藤本 智士
05月13日
第31回 散歩して閃いた地域編集の意義 藤本 智士
04月05日
第30回 アップサイクルな編集について考える 藤本 智士
03月06日
第29回 惹きつけられるネーミングのはなし 藤本 智士
02月06日
第28回 比べることから始めない地域の誇り 藤本 智士
01月08日
第27回 フィジカルな編集のはなし 藤本 智士
12月09日
第26回 地域おこし協力隊を編集 藤本 智士
11月05日
第25回 まもりの編集 藤本 智士
10月08日
第24回 編集にとって大切な「待つこと」の意味 藤本 智士
09月05日
第23回 「にかほのほかに」のこと 03 〜ラジオからはじめる地域編集〜 藤本 智士
08月09日
第22回 「にかほのほかに」のこと02 〜DITとTEAMクラプトン〜 藤本 智士
07月07日
第21回 「にかほのほかに」のこと01 〜ロゴの編集〜 藤本 智士
06月11日
第20回 オンラインサロンとせいかつ編集 藤本 智士
05月10日
第19回 編集スクール的オンラインサロンの姿を求めて 藤本 智士
04月06日
第18回 「三浦編集長」が編集の教科書だと思う理由 藤本 智士
03月09日
第17回 根のある暮らし編集室 藤本 智士
02月05日
第16回 三浦編集長に会いに 藤本 智士
01月11日
第15回 「トビチmarket」を編集した人たち 後編 藤本 智士
01月10日
第14回 「トビチmarket」を編集した人たち 前編 藤本 智士
12月14日
第13回 「トビチmarket」 藤本 智士
11月17日
第12回 書籍から地域への必然 藤本 智士
10月19日
第11回 書籍編集と地域編集 藤本 智士
09月08日
第10回 編集⇆発酵 を行き来する。 藤本 智士
08月17日
第9回 編集発行→編集発酵へ。 藤本 智士
07月16日
第8回 編集発酵家という存在。 藤本 智士
06月14日
第7回 いちじくいちのこと 06 藤本 智士
05月16日
第6回 いちじくいちのこと 05 藤本 智士
04月10日
第5回 いちじくいちのこと 04 藤本 智士
03月14日
第4回 いちじくいちのこと 03 藤本 智士
02月13日
第3回 いちじくいちのこと 02 藤本 智士
01月18日
第2回 いちじくいちのこと 01 藤本 智士
12月15日
第1回 「地域編集のこと」その前に。 藤本 智士
ページトップへ