地域編集のこと

第23回

「にかほのほかに」のこと 03 〜ラジオからはじめる地域編集〜

2020.09.05更新

 秋田県にかほ市、旧上郷小学校という2年前に閉校してしまった小学校を活用した『にかほのほかに』。その根っこに、多様な人たちがその違いを認め合うダイバーシティな未来へのビジョンがあることは、ロゴの話などで伝えてきたとおりだ。

 しかしこのビジョンを、もっと自然に、もっとわかりやすく、市民のみなさんに伝えられる方法はないだろうか? と昨年度から時間をかけて準備してきたのが、何を隠そう「ラジオ」だ。いまさらラジオ? と思われるかもしれない。しかし僕はいま、地域編集において最大のメディアはラジオかもしれないとすら思っている。

 みなさんは最近ラジオを聴くことがあるだろうか? 僕が秋田でやっているラジオ番組の担当ディレクターが、高校生向けのラジオ番組もつくっているのだけれど、radikoなどが浸透していなかった4、5年前は、高校生に「ラジオのインタビューです」と言っても、ラジオ? はて? という状況だったという。挙げ句の果てには「ラジオって何で聴くんですか?」と聞かれ、「ラジオ」と答えて余計に高校生たちが「?」になったという、嘘みたいなエピソードがある。だけどいまはスマホのおかげで、新しい世代にもラジオが届きはじめている。

 一方、年配の方は変わらずラジオを持って農作業に出られるし、商店に入ればラジオを聴きながら店番をする母さんたちも多く、お酒一本買って行こうとしたら「いつも聞いてるよ」などと言ってくれたりして、田舎におけるラジオは、圧倒的な影響力を持っていることを実感する。けれど僕は、そんな昔ながらのラジオリスナーさんにも、スマホで聴くラジオを勧めたいと強く思っている。

 先ほど書いた「ラジオって何で聴くの?」「ラジオ」という問答が消えて、いまや若者たちがSpotifyなどをとおしてスマホでラジオを聴くことが当たり前になったことは、「テレビ」が「テレビ」でしかみられなかった時代から、スマホで視聴可能な時代になったことと同じだ。まさに「テレビ」というプロダクトのなかに独占されていたコンテンツたちが、インターネットを介して各個人のスマホへとシェアされて、テレビという憧れの世界が、良くもわるくも等しく動画データとなった。

 いま、多くの人たちが、かつてのテレビのようにYouTubeを観たり、Netflixを観たりしている。これが意味するのは、地方の中央集権的世界からの脱却だ。誰もがNHKの朝ドラをみて、笑っていいともをみて、ニュースステーションをみて、という風に、みんなで一つの時代のはじまりや終わりを共有できた頃は、一部の人にとって、大衆をコントロールしやすく、都会がすべての発信源であり、ひいてはクリエイティブの源泉であると印象づけることができた良い時代だったんだろうと思う。しかし僕たちはいま、スマホの向こうにある、あらゆるローカルに触れることができる。テレビリモコンのチャンネルの数以下しかなかった選択肢が、いまは無限にあるのだ。そこに向き合うことは、とても面倒で、とてもしんどい。けれど、そうやって世界の広さを知ること。そのことに触れること。対峙すること。それがダイバーシティな世の中への一歩だと僕は思う。

 だからこそ、地方においていまもなお強い影響力をもつラジオを活用したい。ラジオというメディアが多様な世界に触れられるツールとなっていくためには、若者だけでなく、年配の人も含めたいろんな世代の人たちが、スマホを介してラジオを聴く楽しさを伝えなきゃいけない。なによりラジオは最高の「ながらメディア」だ。畑仕事をしながら、店番をしながら、勉強をしながら、良い意味で片手間で聴けるラジオは、市民の生活の隙間にスッと入っていける可能性を持っている。

 そこで僕は、昨年度のうちにチームクラプトン(前回記事参照)と一緒に、元放送室を市民のみなさんにも手伝ってもらいながらリノベーション。『スタジオ129(いちじく)』というラジオ収録&編集スタジオをつくった。

 そして今年の春からまずは、こんなラジオを始めて見た。

 いちかわのじくというラジオ番組のpodcast配信。

「いちかわのじく」

 パーソナリティは、なんと、にかほ市長の市川雄次さん。これが意外に(失礼)マイルドな声で聴き心地よく、まだ数回だというのに、ずいぶん落ち着いていてほんと素晴らしい。これからどんどん市川さんの素の部分が出てくるといいなあと思っている。また、このラジオのゲストにさまざまな市民の人たちをブッキングすることで、市長自ら、市民の活動を知ることができる。市政のリーダー自らが、多様な町のリアルを知ることはとても大切なことだ。

 けれどこれはまだまだ、ほんの小さな一歩。

 都会と違って田舎は、身の回りに多様な自然が溢れているにもかかわらず、人間の多様な性質や文化への理解は、どう考えても都会より薄い。先ほども書いたけれど、田舎の人ほど大きなメディアの情報を鵜呑みにするばかりだし、蚊帳の外で居ることをどこかで望んでいるようにすら思う。だからこそ僕は、田舎に暮らす人たちが、受け手から一歩踏み出して、発信者になってみる経験がとても大切なんじゃないかと感じている。

 いまはもちろんツイッターなどのSNSを通して、誰もが発信しやすい世の中だ。しかし僕は「呟き」という言い訳を盾に、陰からヤジを飛ばすような匿名性の高い発信には意味がないと思っている。それどころか、ああいう匿名メディアが一層、多様性を圧し潰しているんじゃないかとも思っている。市長が率先してはじめてくれたラジオのように、市民一人一人が、思っていることを発信するラジオが必要だ。そこで市長のラジオから遅れること数週間後に、さらにこんなラジオをスタートすることにした。

「あなたのおばんです」

 おばんです! とは、にかほの人たちの「こんばんは」の挨拶。某ドラマをもじった他愛もないダジャレはいいとして、タイトルのとおり、市民のみなさんが順番に次の市民パーソナリティを指名していくという数珠つなぎ的ラジオ番組だ。

 このラジオをまずは100回続けられれば、市民のみなさんの多様な考え方への理解が、次のフェーズに行くんじゃないかな? と期待している。

 とはいえ、初めてラジオDJをするとなると、いったい何を喋っていいのか? どういうことに気をつければよいのか? 不安になると思うので、とてもシンプルなマニュアルをつくってみた。

このラジオは「人は皆それぞれに色んな考え方を持っている」という当たり前のことを、当たり前に認識することから、常識や慣習、さらには自分の正義にも疑いを持ち、多くの人たちにとって住み良い町をつくるためにスタートしました。

なので、話す内容は自由です!

大好きなアイドルの話や、お勧めのマンガや音楽の話。
お気に入りのお店や食べ物、ペット自慢など。
個人的なテーマでもまったく問題なし!
指名されちゃったけど聞いて欲しいことなんてないしなあという人も
普段疑問に思っていることや、日々の暮らしで感じる些細なことなど、
なんでもいいので話しはじめてみてください。

ただ、
以下の注意事項だけは守ってください。

◉特定の誰かをわるくいうのはやめましょう。
▷▶︎▷▶︎その人にもその人の意見があるはずです。対話のない一方的な誹謗中傷はやめましょう。

◉ネガティブなことを話しそうになったら「こうなるといいなぁ」という願望にチェンジさせましょう。
▷▶︎▷▶︎ネガティブ発言はポジティブな発言の数百倍の拡散力があるとも言われます。自分の小さなネガティブ発言が大きなネガティブの渦をつくらないよう注意しましょう。

◉自分の言葉を聴いて傷つく人がいないか、少し想像してみましょう。
▷▶︎▷▶︎とにかくこの気持ちさえ大切にすれば大丈夫です。

とはいえ、「スタジオ129」のスタッフがうまく編集するので、気負わずチャレンジしてみてください。そしてもし、もっと話したくなったら、自分でもネットラジオやyoutubeなど始めてみるのもいいですよ。そのときはご相談ください!


 こちらもすでに市長のラジオにせまる人気コンテンツに育ってきている。実際、よそ者の僕が聴いていても、とにかく面白い。今後さらにどうなっていくか、楽しみで仕方ない。

藤本 智士

藤本 智士
(ふじもと・さとし)

1974 年兵庫県生まれ。編集者。有限会社りす代表。雑誌「Re:S」編集長を経て、秋田県発行フリーマガジン「のんびり」、webマガジン「なんも大学」の編集長に。 自著に『風と土の秋田』『ほんとうのニッポンに出会う旅』(共に、リトルモア)。イラストレーターの福田利之氏との共著に『いまからノート』(青幻舎)、編著として『池田修三木版画集 センチメンタルの青い旗』(ナナロク社)などがある。 編集・原稿執筆した『るろうにほん 熊本へ』(ワニブックス)、『ニッポンの嵐』(KADOKAWA)ほか、手がけた書籍多数。

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『アルバムのチカラ 増補版』 文:藤本智士 写真:浅田政志赤々舎)刊行予定

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