地域編集のこと

第61回

「解」より「問い」を。
「短尺」より「長尺」を

2023.11.08更新

 編集者として生きてきた以上、「編集とは何か」という問いから離れることは出来ない。20年以上向き合い続けて、なんとも情けないことだが、僕のなかでその解は常に移ろう。しかしこの移ろいにこそ、自身の矜持があるということに、最近になって気がついた。

 話が変わるようだが、X(旧Twitter)を利用してもう15年くらいが経つ。あらためてSNSはとても素晴らしい発明だし、日々その恩恵を受けているけれど、そこには当たり前に危険性もある。最近はそういったリスクを承知で使うものというリテラシーもできあがりつつあるが、ここに見える問題は、編集という行為が持つ問題そのもののように思えてならない。

 僕のなかで常に移ろう「編集とは何か」の解のなかで、ひとつ、揺るがないものがあるとしたら、それは「届けたい事柄を、限られた尺に対して、適当なものに整理する行為」ということ。編集というのは常に「尺」という概念とともにある。尺とは、文字数やページ数。テレビやラジオなどであれば放送時間などのことを言う。すべての編集は、何かしらの尺におさめるべく施されている。

 SNSがこんなにも世の中に浸透していったのは、尺がとても短いからだ。Xの140字、TikTokの15秒(or 60秒 or 3分)といった尺の短さは、忙しく動き回る現代人の日々の隙間にすっと入り込むと同時に、発信者にとっても実にライトでお手軽なものだった。おかげで多くの人たちが、表現すること、発信すること、シェアすることの楽しさを知った。しかし、ここで大事なのは、ライトな発信が、受け手にとってライトなものかというと、意外にそうではないという事実だ。

 SNSは世の中における最も短尺なメディアだ。しかし表現というのはシンプルであるほどに強く届き、また拡散力がある。これが恐ろしい。今現在も、多くの人がひたすら言葉足らずな表現を量産している。文脈や背景を受け手に委ねざるを得ない短文は、それゆえにたくさんの誤解を生み、伴って無駄な軋轢をも生み続けている。本来、編集とは、限られた尺においてなお、そういった誤解のないよう届けるために施す行為であり、技術のはずだ。テクノロジーの進化とともに発信力を手に入れた僕たちではあるけれど、それを届けるために必要であるはずの編集力がやっぱりもって足りないのではないかということを、最近とみに考える。

 僕は編集者として、できる限り多くの尺を持つにはどうすればいいかと考えて、自分が編集長を務める雑誌をつくってきた。それは、誰かに定められた尺のなかで表現することが窮屈だということではなくて、短尺な世の中に対するアンチテーゼのようなものだったのかもしれない。僕がつくる特集記事は大抵、尺が長い。

 尺が短くなることのPOPさは、ズバリ言い切られることの気持ち良さからくるものだ。しかもこれは発信者にとっても麻薬的で、言い切ることの反響に気持ち良さを覚えてしまう。だけど僕は、発信者として、安易に言い切らないことを大切にしてきた。編集とは何か、その解が移ろうように、世の中における正解なんてものは、時代の空気や、自身の視点の変化で、簡単に移り変わる。人は皆、自分が立っている場所からの景色しか見えないのだ。その自覚があれば、そう簡単に言い切ることなんてできないと思うのだけれど、これほどまでに言い切ることが蔓延るのは、その自覚がないからなんだろうか。

 大きな影響力を持った発信者ほど、ウケるSNSについてよく考えられていると感心する。世間の人たちがどこに気持ち良さを感じるかについて、よく研究されているし、ある種の人たちにとっては考えるまでもなく、直観的にわかるのだろうとも思う。ネット上で人気の人たちの多くは、言い切ることで相手を論破し明確な白黒をつける。それが世間の人たちにとって気持ち良いからだ。それは日々の生活のなかで、白黒つくことなんてないことの裏返しでもある。ということは、それはつまり幻想だ。

 生きていくことの悩みのすべては人間関係からくるという。確かにそうかもしれない。良い人もわるいことをするし、わるい人も良い行いをする。人間ほど複雑で多面的で理解し難いものはない。けれど、それは多くの物語が語ってきてくれたはずだ。

 だからこそ僕たち編集者は長文を読んでもらいたいのだ。雑誌メディアで社会の多面性を知り、小説のような物語で、たった一人の人間が持つ複雑さを知る。SNSやYouTubeの楽しさを知りながらも、どうか本も読んでもらいたい。それは我々書籍編集者にとっての生活の糧であることの切実を超えて、白でも黒でもないその間にあるリアルをこそ届けたいと思っているからだ。

 気持ちの良い答えよりも、良質な問いこそが、人生を豊かにする。と僕は信じている。そこに明確な答えはなくていい。読書の秋、どうか近くの書店に足を運んでみて欲しい。そこにはありとあらゆる種類の長尺の言葉が並んでいる。こんな世の中にあってなお書店があることの幸福がこれからも続いていくように、今日も僕は本屋に行く。ぜひ、あなたも。

 地域に書店があることは、短尺な言葉で溢れる世の中で、長尺の言葉に触れられるという意味でもとても大きい。

藤本 智士

藤本 智士
(ふじもと・さとし)

1974 年兵庫県生まれ。編集者。有限会社りす代表。雑誌「Re:S」編集長を経て、秋田県発行フリーマガジン「のんびり」、webマガジン「なんも大学」の編集長に。 自著に『風と土の秋田』『ほんとうのニッポンに出会う旅』(共に、リトルモア)。イラストレーターの福田利之氏との共著に『いまからノート』(青幻舎)、編著として『池田修三木版画集 センチメンタルの青い旗』(ナナロク社)などがある。 編集・原稿執筆した『るろうにほん 熊本へ』(ワニブックス)、『ニッポンの嵐』(KADOKAWA)ほか、手がけた書籍多数。

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