第29回
惹きつけられるネーミングのはなし
2021.03.06更新
阪神電車「杭瀬駅」の改札を出て南を向くと、段ボール工場の煙がもくもくと上がっている。兵庫県尼崎市といえば臨海地区の工場群のイメージが強く、いまだに公害の町というイメージを持っている人も多いけれど、実のところ工場緑化の推進や、積極的なCO2削減を計るなど、そのイメージと裏腹に、環境意識がとても高い町だということを最近尼崎市長にお会いして知った。国から環境モデル都市として選定されるなど、その成果も見えつつあるという。
そんな工場群を背に、北へ歩くとすぐにあるのが杭瀬商店街。昭和ショッピングロードや杭瀬市場など6つの商店街と3つの市場からなる商店群だ。下町情緒溢れるその商店街の一つ、杭瀬中市場に『二号店』という妙な名前のお店がオープンしたと知り、やってきた。
尼崎と言えば、地域編集の実践者として僕が心底尊敬している若狭健作くんという友達がいる。『二号店』オープンを知ったのは、まさに彼のFacebook投稿だった。そもそも、彼との出会いは2010年に遡る。
尼崎のコミュニティーFMラジオ局「FMあまがさき」で、当時彼が企画していたラジオ番組のゲストに呼んでもらったのだ。尼崎の貴布禰(きふね)神社の宮司である江田政亮さんと、浄元寺の住職、宏林晃信さんの2人がDJを務める番組で、お二人のことも若狭くんのことも、失礼ながら存じあげていなかったけれど、ゲスト出演のお話に僕が思わずとびついたのは、この番組のタイトルに興奮したからだ。
その番組タイトルは『8時だヨ!神仏集合』。
最高だ。
宮司と住職が、神道、仏教のさまざまを教えてくれるだけでなく、リスナーの悩みや疑問に答えてくれるなど、内容もとても素晴らしい番組だった。そのうち、ほかの宗教関係者をゲストに招いたりして、カオスになっていくのも聴いていてスリリングで楽しかった。実はこの番組、宗教関係者から軽く叱られたようで、『8時だよ!神さま仏さま』にタイトル変更されてしまったけれど、それでもあれは稀に見る最高タイトルだったと思う。
そして僕は『二号店』という名前にも同じような匂いを感じた。だから足を運んだ。
思いつきで向かったので、若狭くんに連絡をしていたわけではなかったんだけど、こういう時はやっぱり出会えるもので、辿り着いたお店には偶然若狭くんがいた。3年くらい会っていなかったので、軽く挨拶をかわしつつ、早速「二号店」について色々質問してみた。
藤本 ここは古本屋なんやね。
若狭 そうそう、伊丹で古書店をやってる『古書みつづみ書房』の三皷さんが市場で古本屋できたらいいなって言って、それ面白いなあと。
市場で古本屋と言われて思い出したのは、沖縄県那覇市の第一牧志公設市場にある「市場の古本屋ウララ」さんだ。店主の宇田智子さんとトークイベントで一緒になった際に、市場と古本屋さんとの意外な親和性について教えていただいたことがある。本がつなぐチカラはすごい。
若狭 しかも、三皷さんが本屋の二号店っていうだけやと面白ないから、何軒か集まって共同で「二号店」するのはどうやろうと。僕もすぐ向かいで『好吃(ハオチー)食堂』っていうお店をやってるんやけど店にトイレがなくて、お客さんに「トイレどこですか?」って聞かれたら「そこの二号店で」って言える。この辺りで店やってる人みんなが「二号店で」って言えるのおもろいやんと思って。
若狭くんの編集はこういうところにある。突如として立ち現れる事象を前に、それが既にある幾つかの課題を解決できると踏めば即行動。それでいて彼の仕事には強引さがないのがいい。二号店の命名は古書みつづみさんかもしれないけれど、その意図をわかりやすく翻訳して広めていくところが若狭くんの編集手腕だ。
藤本 そう言えば、ここって火事があったとこやんね?
戦後の闇市から発展し市民の暮らしを支えてきたこの市場が、火事にあったのは昨年(2020年)の7月のことだった。出火したお店の隣に住む男性がお亡くなりになるなど、当時はニュースでも大きく取り上げられていた。
若狭 そう。みんなで瓦礫を掃除したりして、それで工事に入ったのが11月やったかなあ。「本箱を作る日」っていうのを企画してみんなで本箱つくったら、40名が入れ替わり立ち替わりして朝から夕方までのうちに56個も本箱が出来た。
なんてシンプルで強くわかりやすい企画だろう。それまでに彼らが培ってきたものはもちろんだけれど、一方で熱量というのは長く携わるほど薄れていくものだ。それでもこうやって、多くの人が喜んで巻き込まれるのは、こういった間口の広さを大切にしているからだろう。
若狭 そうやって工事進めてたら、近所のお米屋さんに「あんたここで次何やんねん?」って聞かれて、「古本屋やる」って答えたら「それやったらロッキンチェアーいるやろ」って言われてこれ。
若狭 意味わからへんけど、なんかええなあと思って、ここで店番してくれる人たちをロッキンチェアーズって呼ぶことにした。
さすがすぎる! 偶然の出来事を取り込んで生かして意味付けしていく編集。ほんと惚れ惚れする。
若狭 ちなみにこれがまだ妄想なんやけど、全体のイメージ。
若狭 そもそもここは、杭瀬地域まちなか再生協議会っていうのが運営してるんですけど、僕、コミュニティスペースとか好きじゃないんですよ。
藤本 わかる。ぼんやりしたやつね。
若狭 そうそうそう。ここはやっぱり商店街やし、何売んねん? と。みんなが集まるスペースとか眠たいからまずはイケてる古本屋をつくるというのを軸に、いろんな人が関わる空間とするならば「たまれる古本屋」かなって。
藤本 なるほどー。
若狭 例えば地元で野菜作ってる人が野菜売りたいって言うなら、出店料1000円払ろてと。それで売り上げは100%持って帰ってくれていいから、その代わり本屋の店番してね、って。あとは、何人かで集まって編み物したい人とか、とりあえずじっと本読んどきたい人でもいいし、テレワークする場所でもいいから、本屋の店番してくれたら売れた本の20%をギャラにしますっていう。そのメンバーがロッキンチェアーズ。ボランティアでもバイトでもない。
こうやって新たな仕組みを考えていると、それを表現する言葉がないことに気づくことがある。彼が言うように、既存のボランティアでもアルバイトでもないのであれば、新たに名付ければいい。ここ『二号店』にとっては、それがロッキンチェアーズなんだろう。まだまだ妄想レベルで実験中だと彼は言うけれど、すでにそのメンバーは20名ほどになっているという。
その後も、話し込めば話し込むほどに共感の連続。あまりに多くを詰め込むと勿体無いので今回はこの辺でやめておくけれど、それでも十分に地域編集のヒントに溢れている。
僕も秋田に、二号店作ろうかなあ。
編集部からのお知らせ
藤本智士(Re:S)× 三島邦弘(ミシマ社)× 福島暢啓(MBSアナウンサー)「編集者って何してるん?」
神戸と秋田を行ったりきたり、「ローカル」の視点から編集の新しい可能性を見いだす藤本さん。京都と東京を拠点とする「ちいさな総合出版社」を運営しつつ、単行本と雑誌「ちゃぶ台」を編集する三島さん。ふたりの共通点は編集者であること、関西に住んでいること。そんな「編集者」となって20年を超える二人が、そもそも編集者って何するの?を語り合います。「え、自分そんなことしてたん?」「その取材の仕方ありなん?」などなど、同じ肩書きとは思えぬ話から、コロナ禍での発見や取り組みといった「今」と「これから」の話まで。ぶっつけ本番で、二人が話したいこと、聞きたいこと、をお届けする90分!
ーーMBSちゃやまちプラザHPより