地域編集のこと

第80回

フィジカルな体験の編集

2025.06.09更新

 最近新著『日々是編集』を出したことから、相変わらずスーツケースに本を詰め込んであちこち旅をしている。5月、6月と、長野(松本)→愛知(蒲郡)→熊本→福岡(大牟田)→福岡(博多天神)とお喋りしながら本を売っているのだが、この感じが実に心地いい。さらに今月は愛媛の西予市今治(大島)とイベント二連チャンが待ち構えていて、来月も新潟、青森(十和田)、宮崎とイベントがあってすでに楽しみで仕方ない。

『日々是編集』

 ここのところAIの進化が目覚ましいけれど、その恩恵を受けて、仕事や生活が楽になるのは、洗濯板が洗濯機に変わったのとなんら変わらないのだろう。つまりはいろんな作業が楽になることで、生活に余裕や隙間ができるはずが、その隙間にここぞとばかり効率や生産性が入り込み、なぜか一層忙しくなるというあのパターンをしばらく繰り返すに違いないだろうと思うのだ。

 「知ることは感じることの半分も重要ではない」と『センス・オブ・ワンダー』でレイチェル・カーソンが語ったように、僕たちにいよいよ必要なのは体感をともなった経験や感動する心であることは間違いない。スーツケースにぎっしり詰め込み街中を移動してまわるという自分の体感から逆算して、本の大きさ、形、紙厚、重さを設計している僕の本は、ある意味でAIとは真逆のアナログな産物。僕にとってはこの重さを体感すること、目の前の人たちに語りかけて、対話して、本を買ってもらうことが人生の安心感に直結する。

 今年、福島県の奥会津で経木をつくっている目黒さんという人に出会った。経木とは、木を紙のように薄く削ったもので、プラ商品が幅を利かせる以前は、さまざまな包材として活躍していたものだ。
 目黒さんにインタビューをしていて、奇しくも同い年だとわかったのだが、もちろんその人生は僕とはまったく違っていた。彼は雪深い奥会津の街で、お父さんから引き継いだ部品工場の社長をしている。いわゆる下請けというやつで、大手メーカーから外部委託された部品の組み立てなどで生計を立ててきたけれど、年々厳しくなる条件のもと、それでも従うしかない状況のなか、下請けという大企業の傘の下でしか仕事ができないことの不安と何年も戦ってきていた。

 これはきっと全下請け企業、同じ思いだと想像するが、みんな下請けから脱却してメーカーになりたいと願っている。分業制そのものは大量生産における一つの大きな発明で、ある時代にとって大切なものだったと思うが、大量生産大量消費の時代が静かに終焉をむかえつつあるいま、小さくともメーカーになることを選んだ目黒さんの気持ちが僕はとてもよく理解できた。彼にとって人生の光となるものづくりが、経木というニッチな商品だったのだ。

 カンナを使った手仕事で作っていては当然需要と価格が見合わないので、特殊な機械で経木を作っていくのだが、この機械の構造が実にシンプルで美しい。デジタルセンサーなどもちろんなく、木と人と機械が三位一体となって経木を生み出していくさまは、川を流れる水や、焚き火の炎のように、ずっと見ていられるナチュラルさがある。ガシャンガシャンと一定のリズムでうるさく鳴り続ける音と振動が、僕たちの心を落ち着かせるのは何故か。それこそがセンスオブワンダー。自然や世界に対する驚きや感動を受け取る僕らの心なのだと思う。

 言わずもがなAIは実に素晴らしい技術だ。テクノロジーの進歩を僕は常に肯定したい。でもだからこそより一層、フィジカルな体験の編集が重要になってくる。あらためてセンスオブワンダーを読み返そうかと思う。

藤本 智士

藤本 智士
(ふじもと・さとし)

1974 年兵庫県生まれ。編集者。有限会社りす代表。雑誌「Re:S」編集長を経て、秋田県発行フリーマガジン「のんびり」、webマガジン「なんも大学」の編集長に。 自著に『風と土の秋田』『ほんとうのニッポンに出会う旅』(共に、リトルモア)。イラストレーターの福田利之氏との共著に『いまからノート』(青幻舎)、編著として『池田修三木版画集 センチメンタルの青い旗』(ナナロク社)などがある。 編集・原稿執筆した『るろうにほん 熊本へ』(ワニブックス)、『ニッポンの嵐』(KADOKAWA)ほか、手がけた書籍多数。

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