地域編集のこと

第92回

ネーミングは、接点の編集

2026.06.09更新

 久しぶりに4日間ほど、九州北部をぐるぐると旅した。福岡のブックスキューブリックでのトークイベントを軸に、福岡だけでなく、佐賀や熊本などにも足を伸ばし、いくつか取材などもして、大満足な旅だったのだが、その充実さゆえに、本連載ではなにを読者と共有すると良いだろうと、考え込んでしまった。
 そこでふと閃いたのが、今回の旅先で出会ったさまざまなお店やプロジェクトやモノの「ネーミング」のこと。

 ぼくたちが認識するあらゆるものには、大抵名前がある。そしてその名前はすべて、誰かが付けている。この「名付け=ネーミング」は、地域編集においてもとても重要なものだから、今回はネーミングについて思うところをまとめてみたい。

 ちなみにぼくは、編集者として仕事をするなかでネーミングを依頼されることも多い。しかし、ある程度出来上がったものに対して、いきなり「名前を考えて」と依頼されるようなことはなく、名付けたいプロダクトやサービス、場所などの設計や制作段階から伴走させてもらい、その過程を共有するなかで名前を固めていくことが多い。それはやはり、クライアントがぼくのネーミングに、対象となるものごとの背景や過程を凝縮させてほしいと願っているからだ。

 名前はあらゆる事象の看板のようなものだから、一番外側でそのものの内に秘めたる魅力まで伝えるものであってほしいわけだが、それを極限まで端的に表現するのは、まさに言うは易し。それゆえ誰かがつけたそのネーミングの背景を、つい想像する癖がついているぼくは、今回の旅でも自然とさまざまなネーミングの妙にひとり唸ったりしていた。

 だから今回はある意味で、旅先で書いた日記を公開するようなそんな気持ちに近いかもしれない。
 ということで早速、はじめよう。最初の名前はこれだ。

① 「はぎトッツォ」

 どんなものか、なんとなく想像できるのではないだろうか。おそらく、あなたが想像したとおり、「おはぎ」と「マリトッツォ」の合体だ。福岡に「ダイキョー」というスーパーマーケットがあり、今回の旅のなかで社長にインタビューをさせてもらった。そこでいただいたのが、ダイキョーが2021年に開発した、塩おはぎに特製クリームを挟んだスイーツ、はぎトッツォだった。
 当時ブームだったマリトッツォの「トッツォ」に、おはぎの「はぎ」を掛け合わせた造語は、あまりにもわかりやすい。そしてこれが、ちゃんと美味しい。というのも、ダイキョーはお惣菜にかなり力を入れていて、つい最近も、惣菜部長の梶原さんという女性がNHK のプロフェッショナルに取り上げられたほど。
 お盆時期の商材について雑談していたなかで生まれたアイデアだというが、SNSに写真が投稿されたことを機に大ヒット。この、わかりやすくも意外な組み合わせのネーミングは、まさに編集的発想。

 さて、続いては

② 「ブックスキューブリック」

 ダイキョーの取材を終えた日の夜に、トークをさせてもらった福岡の書店さんの名前なのだが、実は映画監督のスタンリー・キューブリックに由来しているという。2001年に福岡市のけやき通りで創業した独立系書店・店主の大井実さんが、2001年から店を始めるにあたって真っ先に連想したのが、映画『2001年宇宙の旅』だった。「本を読むことも自己の世界を拡げる旅をしていることだし、本屋はそんな旅の入口となるような場所だと思えます」と大井さんは語っていた。
 なんて大井さんらしいネーミングだろう。開業年と映画タイトルが一致した偶然を必然に変化させた、大井さんの映画愛。このネーミングのすごさは、キューブリックの代表作を取り込むことで、創業年が2001年だということをいつでも思い出せることにある。つまり、今年2026年は25周年。あらためて、すばらしいネーミング。

③ 「紙資源」

 ブックスキューブリックさんの近くにある、いわゆる古紙回収の会社の名前だ。最近、ごみ業界のことを勉強しているので、会社に伺い回収現場を見学させてもらったのだが、敷地も広く、想像以上に大きな会社だった。しかし40年前の創業時は、ちり紙交換のトラック一台だけで運営していたと聞いて驚いた。この会社の成長の秘密は、「紙」と「資源」という二文字だけが並ぶ、あまりにストレートなネーミングにあったのではないかとすら思う。古紙をごみではなく資源と捉える会社の実働と思想がまっすぐ名前になっていて、わかりやすさの強みを感じた。ぼくは意外にこういう名前が一番好きかもしれない。

④ 「音成印刷」

 創業者の名前が会社名になっている、ありがちなパターンだが、この「音成(おとなり)」という名字のアドバンテージがうらやましい。音が成る、形になる、音=言葉が形になる。つまりは、「印刷」という仕事の本質が、社名に潜んでいるような気さえしてくる。こんなふうに、意味があとから立ち上がってくるというか、気をてらわずにつけた名前が、結果、自分たちの活動の本質に触れた言葉だった。なんてことが確かにあるよなと思う。

⑤ 「大砲ラーメン」

 二日目の夜に行った、1953年創業、とんこつラーメン発祥の地・久留米の老舗ラーメン店の名前。初代の香月昇さんが「家を飛び出したら最後、二度と戻らない鉄砲玉のような人」だったことにちなんでいるが「鉄砲では小さい、でっかく大砲にしよう」と命名された、このエピソード自体に大砲級な勢いを感じる。戦後を生き抜く当時の日本人の凄みをも想像させてもらった。そして言うまでもなく抜群に美味しいので、ここのラーメン、ほんと、おすすめ。

⑥ 「co-en(こーえん)」

 大牟田市で講演するべく呼んでもらった場が「co-en(こーえん)」というトークイベントシリーズだった。「講演」の二文字もかかっていると思うが、オフィシャルな説明によればco-enは「小さなご縁」から生まれる、人と人、人と地域のつながりを大事に、「縁」が「円」のように広がるトークイベントだという。「co」には共同という意味があり、イベントから何かを感じ、何かを学び、地域で次の一歩を一緒に踏み出せたらという思いが込められている。こういうネーミングは、声に出したときの響きにポイントがある。こーえん。こうえん。声に出すと「公園」も連想するが、それもまたこのコンセプトから遠くない存在だ。

 とまあ、いろいろ書いてみたが、良いネーミングには、良いと思う明確な理由というかそれぞれのポイントがあるものだなと思う。

 さらにもう一つ、ネーミングというのとは少し違うのだが、とても好きだったのが、co-enでご一緒した長崎県東彼杵の編集者、森一峻くんが事例紹介してくれた「みずから町を編集する」というキャッチフレーズ。

 東彼杵は全国茶品評会で日本一にも輝いた「そのぎ茶」の産地。良質な水があってこそのお茶の町であることだけでなく、当たり前すぎて語られにくい、地域の水資源 について考えるところから、自らの手で町を編集していこうという、「自ら(みずから)」と「みず(水)から」を重ねた言葉。つまりはダジャレだ。ネーミングにおいてダジャレが本質を掴むことは往々にある。だからぼくはダジャレが大好き。

 そして最後に、ぼくが今回の旅で一番衝撃を受けたネーミングを発表して終わりたい。それは旅二日目の佐賀にあった。「ミール珈屋凪(こやなぎ)」という、創業50年以上の老舗喫茶店の名物「ヒデシマライス」だ。

⑦ 「ヒデシマライス」

 ミール珈屋凪という店名も気になるけれど、このヒデシマライスは、名前だけでは、ご飯もののメニューであること以外、いったいどんなものなのかよくわからない。これ、実際は、薄焼き卵で包まれたカレーピラフにカレールーがたっぷりかかった、いわゆるオムカレーピラフなのだが、それをヒデシマライスと名付けたことで、このメニューは間違いなく袴をはかせてもらっている。
 調べてみると、このヒデシマライスは、常連客の秀島さんの「ほかになんかつくってくれん?」という言葉に答えて出したメニューだという。それがお客さんの7割が注文するほどの看板メニューになった。

 ネーミングは、わかりやすいほうがいいと思い込んでいたぼくに、このヒデシマライスは、大きな気づきをくれた。メニュー表にただオムカレーピラフと書かれていたら、ぼくはこのメニューを頼んでいなかったかもしれない。常連さんの名前をそのまま入れた、実に安易なネーミングは、名付けの奥深さを教えてくれた。

 ネーミングはモノとヒトの接点の編集だ。九州の旅で出会った名前たちは、どれも「届ける意志」を持っていた。説明なしで伝わるものもあれば、ヒデシマライスのように謎が入口になっているものもある。語呂で笑わせるもの、固有名詞の強さをそのまま使うもの、どれもが正解。地域のプロジェクトや商品の名前を考える仕事は、地域編集のなかでもっとも上流にある行為。その名前が強ければ、やがて大きな大河となる。

 ぼくも各地の先輩たちに見習って、後世に残るような、よい名付けを残して行きたいなとあらためて思った。

藤本 智士

藤本 智士
(ふじもと・さとし)

1974 年兵庫県生まれ。編集者。有限会社りす代表。雑誌「Re:S」編集長を経て、秋田県発行フリーマガジン「のんびり」、webマガジン「なんも大学」の編集長に。 自著に『風と土の秋田』『ほんとうのニッポンに出会う旅』(共に、リトルモア)。イラストレーターの福田利之氏との共著に『いまからノート』(青幻舎)、編著として『池田修三木版画集 センチメンタルの青い旗』(ナナロク社)などがある。 編集・原稿執筆した『るろうにほん 熊本へ』(ワニブックス)、『ニッポンの嵐』(KADOKAWA)ほか、手がけた書籍多数。

編集部からのお知らせ

【6/16.17(火.水)】「PHOTONEXT2026」藤本智士さん×浅田政志さん(写真家)トークイベント開催!
@パシフィコ横浜

藤本さんと、『アルバムのチカラ』(赤々舎)の共著者でもある写真家の浅田政志さんとのトークです。
会場は、写真業界の一大イベント「PHOTONEXT2026」の富士フイルムブース。
PHOTONEXTは、撮影からプリントまで写真の未来とビジネスのヒントが詰まった、写真館やフォトグラファーのための展示会です。

写真屋の仕事の根っこの強さと、これからの柔軟性。2つの視点を行き来しながら、浅田さんとたっぷり語り合います。
『写真屋の余白』を総合テーマに、2日間にわたって全く異なる切り口でお話しします。写真を軸に仕事をするすべての「写真屋」の皆さんに向けたセッションです。

● 6月16日(火)13:05〜13:55 「写真屋の余白 〜インプット編〜」
「撮る」という行為に焦点を当て、そこから浮かび上がる写真屋の余白について考えます。

● 6月17日(水)15:00〜16:30 「写真屋の余白 〜アウトプット編〜」
「プリントする」「アルバムをつくる」という行為を中心に、写真屋の可能性をさらに深掘りします。

会場: パシフィコ横浜 展示ホールB(富士フイルムブース)
参加費: 無料(予約不要)

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