第91回
趣味と仕事の編集
2026.05.08更新
友人のカメラマンが、ラジコンにハマっている。
もともと車好きだった彼が、コロナ禍にラジコンに目覚め、というより子供の頃に好きだったラジコンの世界を思い出し、製作にはまっていった。そこに彼がカメラマンであることが掛け合わさり、自作のラジコンをさまざまな場所で走らせて、まるで実車のごとく写真を撮る、というのがもう楽しくて仕方ないらしい。
カメラマンという職業は、常に一瞬を逃せない緊張感とともにある。特に彼のような、雑誌や書籍の取材が多いカメラマンは、どうしたってライブな現場で撮り逃しがないように、取材中ずっと緊張の糸がきれないままだ。
ぼくは彼の腕を信用しているので、ついつい、有名俳優さんとのお仕事などで声をかけがちだから、より一層、限られたスケジュールのなかで、ギュンギュンに詰め込まれたロケ取材の現場はきっと大変。
事前準備から始まり、集合場所にたどり着いたと思えば、いざ本番。そこからはとにかく意識を集中して、撮り逃しのないように動き続ける。悠長にロケハンをしてから臨むなんてことが毎回できるわけではないので、表紙など、大事な決め写真は現場の状況を見極めながら最適な構図を見つけてシャッターを押す。「よし、なんとか撮れたかな」と思うや否や次の現場へと移動。そしてまた撮影を繰り返す。
ようやくホテルに戻ってなお、PCで画像を確認するまではちゃんと撮影できているか不安が募る。ホテルの部屋で一人、モニターと睨めっこしながら、ピントや被写体の表情を確認して、合格点かなと思ってもなお、さてこの写真を編集者はどう思うだろうか? マネージメントは? デザイナーさんにとっては使いやすい? と、あらたな不安が次々と襲ってきて、ぐっすり眠ることもできず、それでもまた早朝からロケ取材。
これが取材カメラマンの常だ。いかに大変な仕事か少しは伝わるだろうか。
プロのカメラマンはRAWデータという、カメラのセンサーが受け取った光の情報をそのまま記録したファイルを現像することで、色調整して仕上げていく。JPEGデータがカメラが自動で現像・圧縮した完成品だとすれば、RAWは現像前のネガフィルムのようなもの。つまりは撮って終わりではない。
ブレているとか、被写体の目が閉じているなど、明らかに不要なカットを除外して、RAWを最低限だけ現像してJPEGに変換したデータのことを「あたり(データ)」などというが、このあたりを揃えるだけでも、かなりの手間がかかる。
しかし編集者やクライアントは「どんな写真が撮れているか」を早々に確認したがるので、「一旦あたりだけでも、早めにもらえれば」などとすぐ口にする。けれどその作業は"一旦"などと冠がつくような作業量じゃない。
しかも、ぼくが編集するような書籍や雑誌の取材は、一日に何カ所も取材先をまわり、トピックも多くなりがちなので、カメラマンにとってはかなりキツイ。そんなぼくが口にする「一旦、あたりだけでも、早めにもらえれば」は、その「早めに」がいつなのかのせめぎ合い。しかしここであたりの納期を明確にしておくことが、その後の進行スケジュールを大きく左右するから、心を鬼にして聞くしかない。
そうやってカメラマンが必死の思いで撮影、現像した写真たちのなかから、最終的にアウトプットされるのは、大抵、数枚だけ。仕方ないが、カメラマンが渾身の一枚だと思う写真が選ばれるわけでもないから難しい。
できるだけデザイナーさんと相談した上で使用写真が決まってから、カメラマンに最終の色調整をしてもらうけれど、事前にマネージメントチェックしてもらう際に、あまりに不安な色で見せるわけにはいかないので、いくつか先行して仕上げてもらうことになることも多い。たまに、カメラマンは現場が終われば仕事が終わりだと思っている人がいるが、まったくそんなことはない。撮影のあとこそ大変な仕事が待っているのだ。
だからこそ、ラジコンカーの写真を撮る時間がどれほど彼を救っているんだろうと思う。編集者もクライアントも被写体のことも、なにも考えずに、ただ撮りたいから撮る。その解放感は、同じ撮影・現像でも仕事のそれとはまったく違う。
とある撮影取材中、ロケバスの中で彼のラジコン写真についていろいろ聞いていたら、だんだんぼくまで興味が湧いてきて、あぶないあぶない。
ラジコンが日本でブームになったのは1980年代。ぼくが小学生の頃だ。カメラマンの友人はぼくの一つ下なので、ほぼ同世代。テレビ番組「RCカーグランプリ」が放映され、子供たちを熱狂させた時代だ。いまもなおブームになっている「ミニ四駆」が登場したのは、当時のぼくのようにラジコンが高くて買えない子供達にむけたプロダクトだった。
その後ブームは落ち着いたものの、コアなファンが途絶えることはなかった。それが時を経てコロナ禍に再燃した。屋外であっても一人で楽しめる趣味として、当時夢中になった40〜50代の大人たちが再注目したのだ。子供の頃の記憶を、大人の財力と技術で再現するというのは昨今のビジネスの常套手段だが、まんまとハマってしまう気持ちはよくわかる。
現代の大人向けラジコンは、子供のおもちゃとはまるで別物だ。タミヤや京商といったメーカーが出す本格的なホビーラジコンは、1/10スケールで全長50センチほどのサイズ。サスペンションは路面をしっかりとらえてロールし、ステアリングやスロットルの操作にリニアに反応する。カスタマイズの自由度も高く、ボディ、タイヤ、シャーシ、モーターと、ほぼ実車と同じ発想でパーツを組み替えることができる。友人も、オリジナルのステッカーを発注して、それをラジコンに切り貼りしながら車体のステッカーチューンを楽しんだり、あえてエイジング処理をしたりと楽しそうだ。
なかでも「スケールクローラー」と呼ばれるジャンルは、岩場や悪路をゆっくりと確実に踏破するオフロード系のラジコンで、実車のランドローバーやジープをミニチュア再現したものが多く、ぼくはこの世界に一番興味津々だ。ラジコンを連れてハイキングに出かけ、山道を一緒に登るという遊び方まであり、アメリカではそれがレースになっていて、エントリーが1000人以上集まることもあるという。
旅が多いからだろうか。「藤本さん、ちゃんと休んでますか?」と聞かれることがある。ぼくは正直、休み方があまり上手くない。というより、身体的な休息と精神的な休息を混同していたことに、彼の姿を通して気づいた。
精神的な休息とは、ただ何もしないことではないのだと思った。大好きなものに没頭していれば、そこにかかるエネルギーは心地よく循環する。学生の頃のアルバイトで、忙しい店より暇な店のほうがなんだかしんどかった経験がある人は多いのではないだろうか。動いているほうがかえって回復するなんてことは、往々にしてある。
彼がラジコンをつくり、走らせ、撮る時間は、ゼロへの休息ではなく、「別の回路を動かす」休息だ。仕事で酷使した神経とは違う神経が動き出す。それは疲弊じゃなくて、充電だ。
ぼくにとってのそれは何だろうとあらためて考えた。答えは「書くこと」と「旅」と「編集」だった。幸福なもんだ。
編集部からのお知らせ
【5/18(月)】小倉ヒラクさん×藤本智士さんトークライブが開催@大阪&オンライン
デザイナーから異色の転身、発酵の専門家・小倉ヒラクさんの最新作『僕たちは伝統とどう生きるか』(講談社新書)の刊行記念トークライブを梅田ラテラルで開催決定。
本書は伝統とは何か? をジョージアワインから日本酒、民藝まで、様々なエピソードと共に記したものとなっています。
ゲストに、有限会社りす代表を務めます編集者の藤本智士さんの出演も決定!
「伝統」は滅んでいくのかそれとも続いていくのかを徹底討論。
ぜひお楽しみください。
『僕たちは伝統とどう生きるか』出版記念
小倉ヒラク×藤本智士トークライブ「伝統会合。」
日時:5月18日(月)
OPEN / 19:00 START / 19:30
出演:
小倉ヒラク
藤本智士
会場:梅田 Lateral
大阪府大阪市北区堂山町10-11 H&Iビル 2F
参加費:
観覧 前売 ¥2,000/ 当日 ¥2,500
配信 ¥2,000




