地域編集のこと

第89回

手に還る編集

2026.03.11更新

 最近、Claude(AI)とよく話している。
 話す、というよりも、考えながら言葉を打ちこんでいるという感じかもしれないが、それでも、返ってくる言葉の的確さに何度も驚かされる。こちらの意図を軽く超えてくる提案をされるたびに、ああ、これはもう対話だな、と思う。
 ぼくが伝えきれていなかった何かを、すでに受け取ってくれているような感触。

 AIを使う、使わない、という問いかけは、おそらくあと2年もあれば意味をなさなくなるだろう。スマホの利用を誰も問わなくなったのと同じように。それはもう、すでにそこにあるものになる。

 だからこそ、フィジカルな体験の価値が、これからどんどん上がっていくに違いない。便利とか、効率とか、そういったものの反対側にあるもの。時間がかかることやうまくいかないこと。手を動かすこと。そういったものに、ぼくらはどんどん惹かれていくはずだ。

 昨日、弾丸で名古屋に入った。名鉄の堀田(ほりた)という駅で初めて降りる。大通りに出ると、車が勢いよく行き交っている。その通り沿いに、目的の場所はあった。
 ブラザーミュージアム。ミシンで知られるブラザー工業の、企業ミュージアムだ。

 入ってまず驚いたのは、ミシン以外の顔。プリンター、ラベルライター、工場で金属加工をするような産業機械----想像していたより、はるかに間口が広い。
 カラオケのJOYSOUNDも、実はブラザー工業の関連会社だと知って驚いた。そして、ラベルテープシールのピータッチ。キングジムのテプラのような製品だが、あのテプラ自体、もともとはブラザー工業がOEMでつくっていたのだという。
 ミシンの会社が、カラオケを、プリンターを、工場の機械を、そしてあのラベルシールを。知っているようで、まったく知らなかった会社の姿があった。

 ミュージアム内のヒストリーコーナーの展示によると、ブラザーの歴史は1908年に始まる。創業者の安井兼吉が「安井ミシン商会」の看板を掲げ、ミシンの修理販売に専念したのがそのはじまりだった。修理からはじまった、というのがいいなと思う。壊れたものを直す。動かなくなったものを、また動くようにする。その仕事から、ものづくりの会社が生まれた。

 兼吉の死後、家業を継いだのが息子の正義だった。正義は弟の実一とともにミシンの国産化を目指し、商号を「安井ミシン兄弟商会」と改めた。
 ふたりがまず手がけたのは、当時主流だった麦わら帽子製造用のミシンだった。帽子づくりの作り手を支えようとつくった、はじめてのミシンの商標を「ブラザー」と命名。それがそのまま会社の名前になっていく。

 いまブラザー工業の連結売上高は8000億円を超える。事業の大きな柱のひとつは、工業用の工作機械だ。世界中の工場で、ブラザーの機械が金属を削り、部品をつくっている。家庭のミシンから、世界のメーカーのものづくりを支える機械へ。いまや世界40以上の国と地域に製造・販売拠点を設け、スケールがどんどん大きくなっているが、それでも作り手のそばに、という精神は変わらない。

 ミュージアムをゆっくりまわりながら、ブラザー工業の歴史をみていたら、その発展の軌跡が、ぼくのなかで、文章を書くという仕事の変化や進化と重なっていった。

 たとえば手紙。手紙とはよく言ったもので、昔は文字通り手で文字を書くものだったのがメールになり、やがてそのメールの文章をAIがつくってくれるようになった。
 そうやって工程が短縮されていくほどに、何かが薄まっていく気がするのはぼくだけじゃないだろう。時間をかけないことの弊害、と言えばいいのか。手紙を書くときにあった、あの逡巡や体温のようなものが、メールとなり、さらにAIに頼るようになるにつれ、どこかへ消えていく。それが便利さの代償だとわかっていても、やはり違和感がのこる。だからこそ、人は再び手でつくることを求め始めるはずだ。手紙を書くように。

 そしてブラザーには、ミシンがある。

 2階に移動すると、ブラザー製品だけでなく、世界中のミシンが並ぶミシンゾーンがある。時代も国もさまざまな、無数のミシンを眺めていて思ったのは、これらはみな、手足の延長にある道具なのだということ。機械であることは間違いない。でも、身体から切り離された機械ではない。人の手が、足がふれていないと動かないもの。そのぎりぎりのところで、道具という域にあると思った。
 ぼくはなにも便利さを否定したいわけじゃない。ただ、それとはべつに、道具への回帰がこれから静かに始まるような気がした。

 体験コーナーで、足踏みミシンに座った。ペダルを踏むと、針が進む。ただそれだけのことなのに、リズムが一定にならないとうまく進まない。足が乱れると、全体が乱れる。身体でリズムをつくることを、求められる。そこにかすかな快感があった。うまくいかないことの手触り。身体がたよりにされている実感。
 AIがどれだけ賢くなっても、この感触は代替できない。足でリズムをとりながら、針の動きを見つめているときの、あの静かな緊張。

 ぼくはいま、手に還る編集、について考えている。情報を速く届けることではなく、時間をかけて手でつくることの価値。それは編集の話でもあるし、ものづくりの話でもある。デジタルが当たり前になるほど、アナログが輝く。効率が極まるほど、不効率の中にある喜びが見えてくる。

 手へ。ぼくらはきっと、もう一度そこへ向かっていく。そんなことをブラザーミュージアムで思った。

藤本 智士

藤本 智士
(ふじもと・さとし)

1974 年兵庫県生まれ。編集者。有限会社りす代表。雑誌「Re:S」編集長を経て、秋田県発行フリーマガジン「のんびり」、webマガジン「なんも大学」の編集長に。 自著に『風と土の秋田』『ほんとうのニッポンに出会う旅』(共に、リトルモア)。イラストレーターの福田利之氏との共著に『いまからノート』(青幻舎)、編著として『池田修三木版画集 センチメンタルの青い旗』(ナナロク社)などがある。 編集・原稿執筆した『るろうにほん 熊本へ』(ワニブックス)、『ニッポンの嵐』(KADOKAWA)ほか、手がけた書籍多数。

編集部からのお知らせ

【3/28(土)藤本さん出演】ひらけ、建築のごみ!
空き家と古材のワクワクするはなし@神戸

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古材は、ごみ?

私たちは建築の解体で手放される建材が「ごみじゃない!」と思えるからこそ、この場でのストックとその価値を図るためのリサーチを始めました。でも、引き取る現場に足を運ぶほどまだ使えるはずのたくさんのものが今の暮らしの中では“ごみ”であることを突きつけられます。

なぜ、“まだ使える”のに“ごみ”になってしまうのでしょうか。

古材が“魅力的で使える”ことに気づいている人はとても増えてきました。
でも、まだまだ古材を手にできる場所は少なく、当たり前に使うことができる素材とは言えません。
古材が当たり前の選択肢の一つになるためには、建築の現場の外から建築のごみが“ごみ”である理由と向き合ってみる必要がありそうです。

このトークイベントでは、建築分野に限らない様々なゲストをお招きし、古材をテーマに“ごみ”と“資源”を行き来しながら古材の価値を探ります。

今回はごみの世界の本当のところを愉快に開いていくポッドキャスト番組「ひらけごみ!」の公開収録!
産業廃棄物処理会社に勤めた経験から、ごみの学校というコミュニティを運営し、さらには会社までつくってしまった寺井正幸さんと、「マイボトル」という言葉をつくり、未来にできる限り負荷を残さない社会を提案するなど、誌面に捉われない編集を実践する、編集者の藤本智士さんのお二人がパーソナリティを務める番組です。鉄、紙、台所など様々なテーマでごみのことを掘り下げるこの番組の公開収録として、「建築のごみ」をテーマにお話しします。

さらに、寺井さんと共に「家具とごみの研究所」を運営する、株式会社やまとわの森林ディレクター奥田 悠史さんをゲストでお招きし、自然環境から人の暮らしまで広い視野で意見を交わしてみたいと思います。

開催期間:3月28日(土) 13時30分~15時00分(受付13時20分~)

開催場所:古材ストックヤード「BIVOUARC(ビバーク)」(苅藻島クリーンセンター内)
〒653-0033 兵庫県神戸市長田区苅藻島町3丁目12番28号

参加費:無料
定員:30名

出演者:
藤本智士
Re:S(りす)
1974年生。兵庫県在住。編集者。有限会社りす代表。雑誌『Re:S』(2006~09)『のんびり』(2012~16)『高橋優 秋田キャラバンガイド』(2016~現在)編集長を歴任。2020年より地域編集を学び合うオンラインコミュニティ『Re:School(りスクール)』をスタート。「マイボトル」という言葉をつくり、未来に出来る限り負荷を残さない社会を提案するなど、誌面に捉われない編集を実践。自著『取り戻す旅』『魔法をかける編集』など。共著『Baby Book』(イラストレーター・福田利之)、『アルバムのチカラ』(写真家・浅田政志)。その他『ニッポンの嵐』(嵐)『るろうにほん熊本へ』(佐藤健)『みやぎから、』(佐藤健/神木隆之介)『かみきこうち』(神木隆之介)など、編集執筆した書籍多数。

寺井正幸
ごみの学校 運営代表
株式会社浜田 サーキュラーエコノミー顧問
1990年亀岡市出身 2013年兵庫県立大学環境人間学部卒業後、株式会社浜田に入社し、サーキュラーエコノミー共創推進室を立上げ、産業廃棄物処理会社だからこそできる強みを活かして、自治体、企業など多くのパートナーと共にサーキュラーエコノミーの実現に向けた実証を実施。その後、ビジネスマン・主婦・子供まででみんながごみのことを正しく知れる場を提供したいと考え「株式会社ごみの学校」を立ち上げ、2年で合計4000名にごみに関する講座を実施。facebookグループ「ごみの学校」でも3000名超えのコミュニティを運営している。現在でも複数の企業や自治体と連携をして、新しい循環型の社会・サービスづくりに向けて日々挑戦を進めている。

奥田 悠史
株式会社やまとわ 取締役
sees magazine 編集長
1988年三重県生まれ。大学で森林科学を専攻し、編集者やデザイナー等の経験を経て、2016年にやまとわの立ち上げに参画。森林ディレクターとして、森の個性に合わせた未来を描き、林業・ものづくり・地域づくりを横断的につないでいる。地域の木を活用した家具や経木づくり、循環型の農林業、森のビジョン策定などを行っている。森と人の関係を再編集し、持続可能な地域資源の循環と、これからの暮らしや文化の在り方を研究している。著書「自然資本とデザイン」編著「山の仕事ガイドブック: 大自然と向き合う30人の現場案内」。

丸山僚介
合同会社廃屋 ビバークプロジェクト担当
山脈 店主
ビバークの管理人。本施設でのプロジェクトの企画運営を担当している。神戸市北区の裏六甲を望む有馬の入り口にて、地域資源の循環拠点「山脈」を営み、循環型社会を目指したプロダクト・空間の設計を起点に、リサーチ、企画、編集、デザイン、制作を担う。地域の資源と人々の暮らしのあいだに立ち、“手もとにある豊かさ“に出会うための場と仕組みをつくることを目指す。

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