地域編集のこと

第66回

自著を手売りですなおに売る。

2024.04.10更新

 久しぶりに自分の本を出すことにした。

 きっかけは僕が主宰している、地域編集がテーマのオンラインコミュニティ「Re:School」。コミュニティのメンバーで、岐阜県大垣市を拠点にデザイナーをしているNさんが、昨年参加した「文学フリマ」が楽しかったので、Re:Schoolメンバーで出たい人がいたら一緒に出ませんか、とお誘いしてくれたのだ。

 文学フリマ、通称「文フリ」は、その名のとおり、文学作品の展示即売会イベント。東京、大阪、京都、福岡、札幌などの都市部を中心に全国各地で開催されており、年々参加者が増え、各地で盛り上がりをみせている。文学とはいえ、ジャンルはさまざまで、小説、詩、短歌、俳句、批評、ノンフィクション、エッセイ、絵本、写真集など、自作のzineを抱えて多くの作家たちが集まり、自ら手売りをするという。本であれなんであれ、ものづくりを考えることと、その届け方を考えることはセットだ。また、販売する場所があるからこそ、そこで売るものをつくろうと、喚起される人もいる。そういう意味でも、文フリが昨今のzineブームを牽引しているに違いない。

 何より、作った本を自ら手売りする。そんな物売りの原点のようなスタイルに、猛烈に惹かれる自分がいた。

 約15年前のこと。編集長をしていた『Re:S』という雑誌で「すなおに売る」という特集を組んだことがある。自分の本が出版流通に乗るとき、それらが実際どこに売られているのか、その全容を掴むのはとても難しい。しかし逆に言えば、それこそが出版流通の有り難さでもある。身体一つでは到底行き届かない場所に、本が流通していくことの感謝を思いながらも、その一方で、自らつくった媒体を自分で手売りすることで、その反応を直に感じることも必要な気がした。そこで仲間とともに、当時未到だった鹿児島に行き、雑誌『Re:S』の行商をやってみることにした。「すなおに売る」は、そんな特集だった。

 その経験からさらに8年ほど遡ると、次は20代の頃の記憶が立ち上がる。関西でフリーペーパーを作っていた僕は、大阪2日、京都1日、神戸1日の計4日間で12,000部のフリーペーパーを自ら配布してまわっていた。最初は必死にお願いしてなんとか置いてもらっていたのが、続けるうちに「お!待ってましたっ」などと言ってくれるお店が増えて、労働として測れば、かなり辛いはずの配布作業を、ずいぶん楽しみながらやっていたことを思い出す。僕にはどうやら、自らの手で届けたいという欲望がつねにあるようだ。

 それゆえ僕も「文フリ」に参加することにした。2024年5月19日(日)、東京流通センター 第一展示場・第二展示場で開催される「文学フリマ東京38」にて、僕の新著をデビューさせてみようと思う。そのタイトルは「取り戻す旅」。

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 この10年で失ってしまっていた、自由な旅の感覚を取り戻すさまを記録した一冊だが、そこで取り戻されていくものはそれだけではなく、本を自ら届けたいという気持ちと、そこにすなおに寄り添った、手売りという届け方にもある。よければぜひ、僕の手から買ってもらえると嬉しい。

 売り手はもちろん、買い手にとっても、直接届けられることの価値は大きい。

 昨日僕は愛媛県の今治にいた。コンテックスというタオルメーカーの工場を見学させてもらったのだが、伝統工芸的なものではなく、工業製品であっても、ものづくりに込められた意味や思いを感じ、それを持ち帰る喜びは変え難かった。以前から、コンテックスの「MOKU」というタオルのファンだった僕は、それを考案した張本人からお話を伺えてとても嬉しかった。ちなみにコンテックスは、OEMが主流のタオル業界において、その90%が自社オリジナル製品だというから驚いた。それはすなわち、従来の問屋ビジネスから脱却したということだ。そのことが、製品の安価な提供を可能にしただけでなく、価格の縛りから解放された、よりこだわりのある商品の誕生につながっていることに、僕はとても感じ入った。

 今回、直接売ると決めたからこそ、僕は自著にこだわりをたくさん盛り込んだ。印刷を担当してくれる藤原印刷(長野県松本市)のみなさんのチカラを借りて、本文は、他業務で出たさまざまな特色インクの余りを廃棄せずに混ぜてもらい、それら数種のカラーが混ざることで黒に近づいた墨インクで刷ってもらうことにした。また、表紙のカラーの一部も、その時点で余っている特色インクを活用してもらうので、今後、版を重ねるごとに色の変化のある一期一会な一冊となる。またそれら一冊一冊に蔵書票を、僕が自分で糊付けする。この本はいわば僕の蔵書であり、それらを分けるという気持ちだからだ。

 そうやって大切に長く、広く、シェアされていく本になるように、本の最後に僕はある仕掛けをした。長年抱き続けた出版業界への違和感に対する、現時点での僕の回答の実装なので、それも楽しみにしてもらえたら嬉しい。

 ぜひ文学フリマ東京、いらしてください。

文学フリマ東京38 公式サイト

文学フリマ東京38

開催:2024年5月19日(日)
時間:12:00〜17:00(最終入場16:55)
出店:1878出店・2096ブース
会場:東京流通センター 第一展示場・第二展示場

前売チケット(イープラス)
販売期間:2024/4/11() 18:002024/5/18() 18:00
入場料:1,000(税込)

当日チケット
販売期間:2024/5/19() 11:0016:00
入場料:1,000(税込)
当日会場でも購入可能です。ただし、現金決済のみとなります。

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藤本 智士

藤本 智士
(ふじもと・さとし)

1974 年兵庫県生まれ。編集者。有限会社りす代表。雑誌「Re:S」編集長を経て、秋田県発行フリーマガジン「のんびり」、webマガジン「なんも大学」の編集長に。 自著に『風と土の秋田』『ほんとうのニッポンに出会う旅』(共に、リトルモア)。イラストレーターの福田利之氏との共著に『いまからノート』(青幻舎)、編著として『池田修三木版画集 センチメンタルの青い旗』(ナナロク社)などがある。 編集・原稿執筆した『るろうにほん 熊本へ』(ワニブックス)、『ニッポンの嵐』(KADOKAWA)ほか、手がけた書籍多数。

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