第8回
編集発酵家という存在。
2019.07.16更新
『Fermentation Tourism Nippon ~発酵から再発見する日本の旅~』と題した展覧会が渋谷ヒカリエ8Fにあるd47MUSEUMにて開催されている(7/22まで)。
47都道府県それぞれのローカル発酵食品を発酵メカニズムの研究者であり文筆家である小倉ヒラクがキュレーション。それらが一堂に会した、芳しいほどに魅力的な展覧会だ。ちなみに僕は、クリエイティブディレクターとして展示構成を考えたり、公式書籍『日本発酵紀行』の編集をするなどして関わらせてもらっている。
そこに並べられているものは、酒・味噌・醤油にとどまらない。というか、これらメジャー発酵食品をどこかの県でセレクトすれば、他県ではもうチョイスできないというルールを小倉ヒラクが自らに課したことから、やたらと地方旅が多い僕ですら聞いたことないような発酵食品がたくさんセレクトされていて、あらためてその多様さに驚く。冒頭に芳しいと書いた通り、モノによっては匂いを嗅ぐこともできる展示なので、ぜひ五感で体感してほしい。
ただ、本展の意図は、それらローカル発酵食品の物珍しさではなく、それぞれの地域で独自に進化した発酵食品を通じて、その土地で生きてきた人々の歴史の地層を感じてもらうことにある。
例えば、秋田県の「ハタハタ寿し」は、季節ハタハタと呼ばれ、冬のはじめのひとときに大量に漁れるハタハタという魚を、いかに長く美味しく味わうかという知恵の結晶だ。微生物のチカラを借りた生魚の長期保存は、秋田に生きる人たちにとって、厳しい冬の貴重なタンパク源としてとても重要だったに違いない。魚へんに神と書く「ハタハタ(鰰)」は、まさに神の恵みだったのだろう。そういった切実なローカル事情の結果としての発酵食品が×47個並んでいると思って展示を見てもらえたら、より深く胸をうつものがあるはずだ。
と、ここまで書いてきて、単なる展覧会の宣伝じゃないか? と思われてしまいそうなので、そろそろ本題に入ろう。僕はいま、「発酵」というものをどう理解し、日々の思考や行動に取り入れていくかということが、地域編集においてとても重要だと考えている
そもそも「発酵」も「腐敗」も微生物にとっては同等な働きでしかない。それが人間にとって好ましくなければ「腐敗」と呼ばれ、良い方に転べば「発酵」と呼ばれる。実に人間目線の勝手な言い方ではあるけれど、人間はこれまでの歴史のなかで、なんとかして微生物の働きが「腐敗」ではなく「発酵」に進んでくれるように知恵を絞り、数々の実験を重ねてきた。その結果の美味い酒、美味い味噌、美味いチーズ......というわけだ。しかしそれぞれに長い歴史と経験を経たいまでも、醸造家など発酵に携わる職人たちが、最後の最後にやれることは、祈ることくらいなのは変わらない。
人間としてできる限りの手間をかけつつも、最終的には微生物の働きを信じて待つしかないのが「発酵」の大変さであり面白さでもある。つまり、「発酵」に対する基本的なスタンスは「最善を尽くして待つ」ということ。
僕はこの態度こそが、広義な意味での編集者の最良のスタンスだと思っている。「編集のチカラ」はとても偉大で、ときに世の中をチェンジさせるほどのチカラを発揮するけれど、それらは決して数学的に「これとこれを足せば必ずこうなる」といった、結果が確約されるものではない。今年、美味しいお酒ができたからといって、来年同じく美味しいお酒ができるとは限らないように、出版もイベントも地域活性も、ものづくりも、人生をかけて経験を積んで編集を施してなお、最後は祈るしかないのだ。
「祈る」は「待つ」と同義だ。以前自著にも書いたけれど、スペイン語で「待つ」という意味の「エスペラール」は、希望という意味の「エスペランサ」と語源が一緒。希望をもって祈ることと待つことは同義なのだ。つまり編集には「待つ」時間が必要だ。その時間をしっかり持てるか、さらにその時間をどう過ごすかが、結果としての「発酵」と「腐敗」を分けるような気がしてならない。
僕はいま、単に書籍や雑誌を編集発行する編集者ではなく、世の中を編集発酵させる醸造家のような編集者が必要だと思っている。そんな、編集発酵家とでも呼ぶべき存在がこれからの地域編集には欠かせない。目先の増益/減益ばかりに目が向いていると、さまざまが拙速になり、ついつい「待つ」時間をおいてきぼりにしてしまう。僕たちが何かを編集するとき、そこには必ず祈りが必要なのだ。
「増加=成功」と「減少=失敗」と安直に思考する癖がついた僕たちは、賞味期限のような自分以外の判断に頼ってばかりいるあまり、目の前のプロジェクトがいま「発酵中」か「腐敗しかけている」かを見極められなくなっている。思いも寄らない微生物の働きで、一瞬、いやな臭いがしても、少し経てばそれがあらたな香りを生み、芳醇に発酵してくれることだってあるかもしれないし、はたまた腐敗が進むかもしれない。
発酵の感覚を身につけることは、自らではコントロールできないものの存在を知ることであり、目に見えないさまざまに耳をすませるチカラを持つことだ。目の前の問題を解決するのは、たった一人の優秀なプロデューサーではない。そこに浮遊するさまざまな菌のごとし微生物の集合体の、奇跡のような働きの結果なのだ。
編集発酵家が日本中の地域でいま求められている。
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