地域編集のこと

第58回

コーヒー農園から視た、地域のカフェの役割

2023.08.07更新

 バリ島に向かった目的はコーヒー農園の取材だった。そこで僕は初めてコーヒーチェリーの収穫を体験させてもらった。ご存知の方も多いと思うが、コーヒー豆とは言えど、実はコーヒーは豆科の植物ではない。コーヒーというのは「コーヒーノキ」の種子で、白い花を咲かせた後にできる赤い実(コーヒーチェリー)の種がコーヒー豆になる。スターバックスのようなカフェチェーンで、よく壁面に赤い実の絵が描かれていたりするので、情報として頭のなかにはあったり、その姿に対する既視感もあったけれど、リアルに目の前にしたそれは僕の想像を超えて「果実」だった。というのも農園のオーナーが、「よかったら摘んで食べてみてください」と言うから、おっかなびっくり食べてみたのだ。するとまあ甘いこと! 純喫茶のクリームソーダの上に乗る、シロップ漬けのチェリーかと思うほどの糖度に驚いた。そして次の瞬間僕のなかに生まれたのは、なにゆえこんな美味い果肉ではなく、種の方を大事にするのかという疑問。

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 日本だったら綺麗に箱に並べて「佐藤錦」よろしく売り出しても良さそうだと思ったけれど、そんなふうに並ぶコーヒーチェリーなど島内のどこにも見かけなかった。そう思えば、ああいう箱詰めフルーツの文化そのものが日本的なのかもしれないなと気づく。滞在中、バリ島のフルーツをたくさんいただいたけれど、ドリアンのような巨大な果実から、プチプチ食感と酸味が心地いいパッションフルーツ、みずみずしい果肉が美味いマンゴスチン、ほどよい甘さに延々食べ続けちゃうパパイヤなど、美味しいフルーツがたくさんで、確かにこんな小さな果肉をちまちまと食べなくてもよいのかなとも思った。

 コーヒー精製の過程で、米の脱穀機のような機械に通すのだけど、そこに摘んだばかりのコーヒーチェリーを入れると、見事に果肉と種が分離される。残ったその種に対して手間を重ねていくのがコーヒー精製なわけだが、一方で美味しそうな果肉のほうはどうなっているのかなと思ったら、それらはそのまま、鶏たちの餌になっていて驚いた。

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 なんて贅沢な鶏なんだと思ったけれど、意外にメタボ感はなくスリムな鶏ばかりだったので、まあほどよく運動してるんだろうなと、自身の腹をつまみながら思った。

 人生初のコーヒー収穫は、思いのほか僕にいろんな気づきをくれた。なにより、コーヒーというものが農作物であるという、当たり前のことをとてもフィジカルに体感できたことはずいぶん大切な体験だったように思う。僕は毎日コーヒーを飲んでいるけれど、このコーヒー豆というやつは、そもそも日本の気候風土がコーヒーノキの生育条件に合わないことから、沖縄などの一部を除き、ほぼ国内生産がない。数値にして99%以上を海外からの輸入に頼っている。にもかかわらず、世界の国別コーヒー消費量を見ると、1位のEU、2位のアメリカ、3位のブラジルに続いて、日本は4位!なのだ。そもそも国内生産できない農産物だったのに、ここまで日常的な飲み物になっているというのはほんと不思議だ。今や世界が認めるコーヒー好きな日本人だけれど、どうしてここまでコーヒー文化が日本人に根付いていったのかについて想像すると面白い。

 それこそ様々な地方に伺うなかで、カフェ(コーヒーが提供されるお店)が地域の核になっていることは多い。それぞれの土地でカフェが求められるのは、きっと集落の女性たちを軸にした茶のみ文化の名残も大きいのだろう。漬物とお茶。甘露煮とお茶など、お茶のおともこそ違えど、そういった縁側的な交流の場が地域には必要で、そこにあるコミュニケーションが、個々の困りごとの助けになったり、ときに共助を生んだりするから、そこにはとても重要な機能があったのだと思う。いわばその機能を外部化したのがカフェだ。

 しかし、機能の外部化には、なにかしらの経済性が伴わなければ現実味がない。当然その対価が必要で、しかしそれが単なる場所代というのもなんだか気持ちがのらない。じゃあお茶代ならいいかと言っても、それもまた違う。作法をともなうお茶席じゃあるまいし、たわいもない会話とともにあるお茶は水のように無償で提供されるものが前提だ。それゆえもっとお金を払いやすい別の飲み物が必要だった。そこにコーヒーは適していた。すでに焙煎された豆であったとしても、それを挽いて、ゆっくりドリップしていくその過程の手間が、日本人にとってはとても重要だったに違いない。そこに人は初めて対価を払う気になった。

 バリ島にきて初めてしったのだけれど、エスプレッソより、ドリップコーヒーが主流なのは、世界中で日本くらいだそうだ。フィルターをとおして、丁寧にお湯を注ぎドリップしていくその手間には、抵抗なく対価が払えた日本人にとって、それがサイフォンのような機器を通してであっても、およそ家庭では美味しいものが飲めないというイメージが喫茶店文化の拡大を支えたように思う。

 モーニング文化発祥と言われる愛知県の一宮という町がある。一宮とその周辺は尾州地区と呼ばれる毛織物(ウール)の産地で、機織り工場が多く、日常的に機械音がうるさい工場のなかでゆっくり会話をしたり、商談をしたりすることができないゆえ、喫茶店文化が広まったそうだ。そんな話をきくに、日本人にとってコーヒーはいよいよ、かつてのお茶であったのだろうと思う。茶の間や縁側や井戸端といった地域コミュニティの機能が、現代的に外部化されたものがカフェであり、そこに前述のようにコーヒーが欠かせなかったからこそ、いまや日本人は世界が認めるコーヒー好きになったのかもしれないと思う。

 ......知らんけど。

藤本 智士

藤本 智士
(ふじもと・さとし)

1974 年兵庫県生まれ。編集者。有限会社りす代表。雑誌「Re:S」編集長を経て、秋田県発行フリーマガジン「のんびり」、webマガジン「なんも大学」の編集長に。 自著に『風と土の秋田』『ほんとうのニッポンに出会う旅』(共に、リトルモア)。イラストレーターの福田利之氏との共著に『いまからノート』(青幻舎)、編著として『池田修三木版画集 センチメンタルの青い旗』(ナナロク社)などがある。 編集・原稿執筆した『るろうにほん 熊本へ』(ワニブックス)、『ニッポンの嵐』(KADOKAWA)ほか、手がけた書籍多数。

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