地域編集のこと

第67回

移動を旅に編集する。

2024.05.08更新

 約半年振りのフェリー乗船。神戸港から高松港へと向かうジャンボフェリーの船内にいる。2022年にデビューしたという、新船「あおい」。これまでなぜかタイミングが合わず、他の船ばかりだったけれど、今回ようやく乗船することができた。

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 内装デザインに、小豆島の棚田や醤油桶のモチーフがあったりしてずいぶん楽しい。ジャンボフェリー名物のうどんをはじめフードメニューも一層充実していて、移動時間を豊かにしてくれるのはとてもありがたいのだけれど、おかげで朝からついつい「レモンうどん」。防腐剤やワックス不使用で、皮ごと食べても安心な仁尾町のレモンは、敢えて一度凍らすことで、味が染みやすくなり、且つ酸味も丸く柔らかい。しっかり出汁をまとったレモンの輪切りを、コシの強い讃岐うどんと共にいただけば、目覚めの一杯としてこれ以上のものはないんじゃないかと唸る。添えられたオリーブとミントの香りに、否が応でもやってくる夏の到来を感じながら、こんなに美味しいうどんを食べちゃったから今日の高松はうどん以外にするかと考える。

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 以前は高松に行けば、半ば自動的にうどん屋巡りをしたものだけれど、そういう無闇な欲望は最近とみに減ってきた。それもまあ散々食べ歩いてきたからこそだろうけれど、なんにしろ、あれもこれもという気持ちを、意思をもって抑え込むのではなく、自然とそう思わなくなってきたのはありがたい。旅は常にインプット過多。行き場のないインプットは胃にも心にもよろしくない。僕がこうやって旅のさまざまを文章にしてアウトプットするのも、いわば健やかにいるための消化活動の一つなのだ。

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 今回の高松行きの目的は、友人が手がけた写真展を観るためだった。ゴールデンウィーク真っ只中ながら、カレンダー通りで言えば平日の隙間1日を狙ってフェリーに乗船。つい2、3年前までは、神戸から高松に行くくらいなら車で向かっていた。けれど最近は公共の交通機関のありがたさを享受している。なかでもフェリーの良さにハマったのは、車ごとの乗船でなくても、身一つで乗ればいいという、当たり前のことにようやく気づいたからだ。

 人生でもっともフェリーを使っていた15年ほど前の僕は、京都の舞鶴港から秋田の土崎や、北海道の小樽に向かう新日本海フェリーが好きで、関西からの東北・北海道旅を幾度となく楽しんだ。舞鶴港は夜中0時頃の出航ゆえ、乗船後すぐに眠りにつき、朝目覚めれば海の上という非日常にずいぶんときめいた。携帯の電波が届かぬ船上は、あらゆるものから僕を遠ざけ、広がる海の上でたゆたう時間に心が満たされていくようだった。夜の8時頃になってようやく小樽に到着したあとは、閉店前ギリギリの寿司屋にまっすぐ飛び込むのが常だったのを思い出す。

 そんなことだから、僕にとってのフェリーは、遠くの土地まで車ごと運んでくれる便利な乗り物という認識しかなかった。けれど二年半ほど前、阪神電車内にあった「弾丸フェリー」と書かれた吊り広告を見て、そうか......身一つで乗っちゃえばいいのか、と今更ながら気づいた。そして直後の大分取材の際に初めて身一つでのフェリー乗船を体験したことが、僕のフェリー熱を再燃させた。

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 夕方に出航して朝着港という移動効率のよさはもちろん、ちょっとレトロな船内装飾も魅力的だった。ホテルのような個室もあるし、お風呂もあるし、とにかく高揚した。そもそも旅において、「移動」ほど疲れる時間はない。旅先でアクティブに動いているとエネルギーをたくさん消費するけれど、疲れがどっと襲ってくるのはいつだって移動時間か、移動を終えた直後。新幹線や飛行機は、粛々と僕らの体を運んでくれるものの、どうしたってあの不自由さがいけない。飛行機は仕方ないにしろ、リニアとかいいから、新幹線をもう一回り大きくして、1両目から16両目まで延々歩き続けられるようなウォーキングコースでもつくってもらえまいか。その点、フェリーはいい。歩ける。動ける。探索できる。船外に出てみたり、風呂に入ってみたり、窓外の景色を眺めながらゆっくり珈琲をいただいてみたり、ほどよい自由さがあって楽しい。途端、移動が移動でなくなるのだ。旅から移動がなくなるなんて、これはもうまさに「どこでもドア」じゃないか。

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 神戸ー高松の乗船時間はせいぜい5時間ほどだけれど、それでもこうやって原稿を書き進めるにはちょうどよい。最近はスターリンクも導入されてWi-Fi環境もよくなっている。それでも使用時間の制限があるから、過度な期待はできないけれど、おかげでフィジカルな海ではなく、インターネットの大海に溺れる危険も軽減されて、かえってよい。ほのかな揺れを感じながら、執筆に集中し、落ち着けばひとっ風呂浴びて、のびのびと席でくつろぐ贅沢時間。それでいて神戸ー高松を往復5000円もかからず移動させてくれるんだから、ありがたいばかり。

 仕事柄、常に日本中を旅し続けている僕は、よき旅のポイントが先述の「インプットのコントロール」と「移動時間の編集」にあるとつくづく思う。旅人をもっとも疲労させる移動時間をどのように楽しむかで、旅の心地は大きく変わる。新船「あおい」は、そんな旅人の移動の充実を高める編集が随所にあってありがたい。レモンうどんのほか、挽き立てにこだわった珈琲は高松の名店「トイ珈琲」。 旬の果物や野菜を使った美味しそうなジェラートは小豆島の人気店「MINORI GELATO」のもの。編集のチカラを身につけていくのにもっとも最適なアクションが旅だと僕はよく話すのだけれど、こうやって施された編集を感じるのもまた、旅の醍醐味に違いない。

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数日後の5月9日、10日に佐賀県の嬉野温泉と福岡県の久留米にて連日トークイベントをすることになった。嬉野温泉は「大村屋」という老舗旅館で、久留米は「ミノウブックス」という本屋さんでの開催。10日の久留米イベントでは、熊本の編集者、福永あずささんと二人、以前この連載でも紹介させてもらった『グッチョ』を編集する秋山フトシさんを挟んで、地域編集のあれこれを話すことになっている。さて、前日の嬉野温泉では何を話すと差別化できるかなと思案して出てきたテーマは「旅と観光」。この際、大分への交通手段もフェリーにして、移動の豊かさについてもしっかり話してみようかなと思う。

◉5月9日(木)18時半〜

Brown-Modern-Podcast-YouTube-Thumbnail.png「あたらしい"ふつう"の観光」〜書籍『取り戻す旅』出版直前トークイベント

出演|藤本智士・北川健太(大村屋15代目)・刑部信人(写真家)
場所|嬉野温泉旅館 大村屋 湯上り文庫(佐賀県嬉野市嬉野町大字下宿乙848)
料金|1,700円(入浴券付き)

イベントのご案内

◉5月10日(金)19時〜

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地域と編集、語りぐっちょ

出演|藤本智士・福永あずさ・秋山フトシ
場所|MINOU BOOKS 久留米(福岡県久留米市小頭町10-12 1F)
料金|1,500円+1ドリンクオーダー

イベントのご案内

藤本 智士

藤本 智士
(ふじもと・さとし)

1974 年兵庫県生まれ。編集者。有限会社りす代表。雑誌「Re:S」編集長を経て、秋田県発行フリーマガジン「のんびり」、webマガジン「なんも大学」の編集長に。 自著に『風と土の秋田』『ほんとうのニッポンに出会う旅』(共に、リトルモア)。イラストレーターの福田利之氏との共著に『いまからノート』(青幻舎)、編著として『池田修三木版画集 センチメンタルの青い旗』(ナナロク社)などがある。 編集・原稿執筆した『るろうにほん 熊本へ』(ワニブックス)、『ニッポンの嵐』(KADOKAWA)ほか、手がけた書籍多数。

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