地域編集のこと

第4回

いちじくいちのこと 03

2019.03.14更新

「いちじくいちのこと 02」はこちら

 地方でなにかを興そうという時、当たり前になっているのが、さまざまな助成金の獲得。スタートアップを支えんとする公的なお金は実にありがたく、僕もさまざまなプロジェクトでその恩恵を受けているのだけれど、この「いちじくいち」に関しては、そんな補助金から距離を置いたプロジェクトにしたかった。というのも、これはそもそも僕と僕の仲間のためのプロジェクト。自分たちの頑張りがまっすぐ自分たちの経済につながるようにしたい。ならば自分たちがリスクを背負うのは当然だ。そしてもう一つ、それ以上に僕が大切にしたかったのは、僕が、このチャレンジに対しての責任を持つということ。

 地方におけるいろんなプロジェクトのスピード感を落とす原因は責任の所在の不確かさにある。限りなくフリーランスでよそ者な僕の強みは、その責任を背負える、少なくとも「背負う」と言い切ることができることにある。ここで無闇に補助金を活用すると、その分責任の所在が分散する。ときに主催が自治体になってしまうことだってあるだろう。となれば、何かあった時に自治体のみなさんに迷惑をかけることになる。僕はそこに対する危機管理に無駄な時間を割きたくなかった。とにかくチャレンジがしたかったのだ。それは言い換えれば失敗がしたかったということだ。責任を負うということは失敗できるということでもあると僕は思っている。あたらしい試みに失敗は必ずあるし、失敗を経ていない成功なんてない。失敗を恐れるばかりに踏み出せない人がたくさんいるけれど、それはそのまま成功をも遠ざけているのだと自覚した方がいい。

 ある一定の知見をもとに確実な成果を出していくプロジェクトと、どうなるかわからないけれど、現状を打破するべく挑戦するプロジェクト。この二つを並行させるのが幸福に生きる術だ。組織に属する、もしくは、組むと、基本的に前者しか選択肢がない。しかし勘違いしないで欲しいのは、それはそれで燃えるのだ。自分の経験値が試されるのはある意味とても心地いい。しかし、前者の打率を10割に近づけるためにも、後者はとても大事。すべての物事は左右両輪がなければまっすぐ進まない。

 自治体でも企業でも、大きな組織の弱さは「矛盾」を内包できないことにある。例えば僕はこの「いちじくいち」において、動員数のような数字をみつつも、数字は追わない。という実に矛盾したテーマを抱えていた。それは僕にとっては先述の「両輪」なんだけれど、得てして「矛盾」と捉えられる。ゆえに「数字を追う」か「数字なんてみない」か、そのどちらか一方に寄らざるを得なくなってしまうと、プロジェクトは大きくコースアウトしていく。

 少し具体的な話をしよう。「いちじくいち」の会場は、廃校になった小学校に決めた。なぜか? 一年目、二年目の会場となった、旧小出小学校は、いちじくの生産地である大竹という集落に近かったのが一つ目の理由。次に「一(いち)」からスタートするこのイベントにとって、多くの子どもたちが成長し卒業していった小学校というロケーションが最高だと感じたことが二つ目。そして三つ目は「廃校の利活用」は地方における大きなテーマであり象徴だから、旧小学校を会場にするだけで、社会的価値を勝手に感じてもらえると思ったこと。

 しかしだ。僕はこのイベントにいずれ県外からも人が訪れることを想像していた。ただでさえ遠い秋田の、その中心からさらに電車でも車でも一時間半かかるにかほ市での開催。そのうえなんとかJRの駅に着いたとしても、さらにそこから車がなければ到底たどり着けない僻地の廃校だ。どう考えてもイベント会場としては不向きすぎる。だけど僕はここにせめて1000人は集めたいと思った。そこに僕の大きなチャレンジがあった。

 日本全国さまざまな地方に訪れると、その土地の人が「こんなところまで、よくきたね」と労ってくれることが多い。しかしいまや、スマホ一つあれば大抵の場所にたどり着ける世の中だ。どんなところであろうと、強い意思があればどこへだって行ける。逆にいえば立地を理由になんてできないってことだ。そこに魅力的なコンテンツがあるかどうか? しかない。ならば中途半端なアクセスの良さに期待をかけて、にかほ駅の近くで会場を探すくらいなら、いっそのこともっと離れていた方が、たどり着いた人の喜びも増加する。そこでやることの意味や物語をおざなりにしてまで、アクセスの良さを選択するのは僕にとってはナンセンスすぎた。仮にその天秤の片方が動員数だとするならば、そんなものは捨ててしまえとすら思う。とか言いながら1000人は呼ぶぞと意気込む僕。うむ、我ながら矛盾している。

 そこから僕はイベントの内容と同時に、どうやってこのイベントを認知させていくかについて、知恵を振り絞った。秋田のテレビ局の知り合いに頼み込んで情報番組での紹介をお願いしたり、地元紙の記者にお願いをしたり、できる限りの人脈をつかった。そしてさらに僕が目をつけたのは、にかほ市の全世帯に配布される広報誌だ。大抵の町にあるであろう地方自治体発行の広報誌にはイベント情報のページが必ずある。そこに情報を掲載してもらうことを考えたのだが、いや待てよ。定期的に送られてくるあの広報誌に僕自身ちゃんと目を通したことがあるだろうか? いや、ない。作っている方には申し訳ないけれど、あれをくまなく見ている人は限りなく少ないはず。しかし全世帯に配布されるというのは、とても大きなインフラだ。そこで僕は、あの広報誌に「いちじくいち」のチラシを挟み込んでもらうようお願いをした。各家庭に必ず届く広報誌。それを手に取ったら、ひらりと一枚のチラシが落ちてくる。「ん? なんだ?」と思わず見てしまうに違いない。そう考えた。

 その作戦は大成功した。まずは地元にかほ市のみなさんに認知してもらわなければという僕の思いは、なんだかあたらしいことが始まる予感として市民のみなさんにじわじわと伝わり、なんとか1000人来てくれたらという思いで始めた「いちじくいち」。蓋を開けたら5000人もの人が来てくださった。

 2km先まで渋滞を起こし、駐車場がパンクして、みんな近隣のあぜ道に車を止めちゃうものだから、警察にもこっぴどくしかられた。つまりは、大失敗で大成功。これぞ最高の矛盾だ。しかし一番の大失敗はなんといっても、思いっきり大赤字を出したことだ。

藤本 智士

藤本 智士
(ふじもと・さとし)

1974 年兵庫県生まれ。編集者。有限会社りす代表。雑誌「Re:S」編集長を経て、秋田県発行フリーマガジン「のんびり」、webマガジン「なんも大学」の編集長に。 自著に『風と土の秋田』『ほんとうのニッポンに出会う旅』(共に、リトルモア)。イラストレーターの福田利之氏との共著に『いまからノート』(青幻舎)、編著として『池田修三木版画集 センチメンタルの青い旗』(ナナロク社)などがある。 編集・原稿執筆した『るろうにほん 熊本へ』(ワニブックス)、『ニッポンの嵐』(KADOKAWA)ほか、手がけた書籍多数。

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