地域編集のこと

第87回

IPの育成と地域編集 〜後編〜

2026.01.10更新

 「池田修三」作品と「いちじくいちを」という二つの知的財産の管理に直面したものの、ロイヤリティの仕組みや、自分の役割をうまく説明することができず、それ以前に、自身の気持ちの整理もうまくいかないまま、どこか中途半端に関わりを手放してしまったぼくは「もうIPの育成などこりごりだ」となってしまっても不思議ではなかったけれど、その大切な二つの経験を得たからこそ、一つの道筋が見えてきたようにも感じていた。

 池田修三さんにおいて難しかったのは、著作者不在の作品を管理することだった。いまは亡き修三さんの作品に惚れ込み、その魅力をもっと広く届けたいというまっすぐな気持ちだけでは、人気が出るほどに発生するさまざまな問題に対応できず、何もかもが付け焼き刃的になってしまったのが、大きな反省点だった。何より、修三さんご本人に意思確認できないことが、これほどに大変なものかと思い知った。

 その経験を踏まえて「いちじくいちを」は、自身で責任をもってキャラクターを生み出すところからスタートしたけれど、こちらも実際に人気が出るにつれて、地域の人たちのためにつくったキャラクターを、そこに住んでいない僕が管理するのはおかしいんじゃないかと思いはじめ、ついにはキャラクターの活用を地域の人に任せきってしまった。
 もちろんその良さもたくさんあるし、間違っていたとも思わないけれど、細やかなクオリティキープができないことから、IPの育成という観点においては難しい面が多々あり、当初の考えとはまた別の方向に舵をきることになった。

 あらためて、これら二つの経験は僕にとってとても大きなものだったと思う。池田修三さんの作品も、「いちじくちを」も、いまもなお地域の人たちが試行錯誤しながら、その活用やPRを進めている。単純に自分の想像するとおりにならなかっただけで、結果的に、良かったことはたくさんある。池田修三さんも、「いちじくいちを」も、地元の人たちに安心して任せられているいま、僕はまた次に向かわねばとも思った。

 とはいえ、そんなタイミングはそうそう訪れるものじゃない。あらためて僕という人間は、どこか「誰かのために」という利他性がないとスイッチが入らないというか、自分の情熱を傾ける意欲がわかないことを、時間が経つほどに自覚もした。これは決して綺麗事ではなく、どちらかというと、自分の性質とか気持ちよさといった、とても利己的な話だ。

 そのキャラクターや意匠が、未来につないでいきたいと願う地域文化やそれを支える人たちの後ろ盾となる。そんな利他性と、自身の創作物であるという矜持を持った利己性。一見、相反するそのどちらもをバランスよく持ったIPを生み出すこと。白黒どちらかではなく、そのあわいで思考しつづけられるようなキャラクターを生み出すことが叶えば、自分にとって理想のIP編集ができるはず。そんなふうに思いながらも5年以上の時が過ぎていった。

 しかし、出合いは不意にやってくる。

 一昨年のことだ。宮城県庁がはじめた『Re:Scover MIYAGI(リスカバーみやぎ)』というプロジェクトに関わっていた時のこと。宮城県のメジャーな観光コンテンツ、たとえば、牛タン、笹かまぼこ、ずんだ餅など、そういった強いコンテンツのむこうにあるはずの、まだ広く知られていない地域の宝と出合い、それを未来の観光コンテンツに育んでいきたいという県庁のみなさんの思いから生まれたこのプロジェクトに、プロデューサーとしてかかわることになった僕は、そこで、長屋門という存在に出合った。

 長屋門とは、武家屋敷の門の形式の一つで、出入り口としての門と家臣が寝泊まりする長屋が一緒になった門のことを言う。すなわち、立派な武家屋敷に見られる珍しい門なのだが、これが宮城県栗原市にはなんと500以上もあるという。にわかに信じられないほどの数だ。

 では、どうしてこの町にはそんなにたくさんの長屋門があるのか。それは、栗原市の長屋門は、立派な武家屋敷のそれではなく、農家の表門として利用されているからだった。農家の地主が使用人や小作人を住まわせていたという。ちなみに栗原市はその面積の8割が山林や田畑で構成され、その多くが水田だ。

 長屋門は江戸時代にもっとも普及したが、当時は身分や家格の高いものでなければ建築できなかった。当然、農民が自由に建てられるものではない。ゆえに栗原の長屋門は、そういった身分による建築制限がなくなった明治以降にできたものばかり。本来、格の高いものにだけ許されていた長屋門が、栗原の地主の人たちのステイタスとして流行したに違いない。

 しかし、地主が小作人を囲い込む、富の象徴だった長屋門は、占有が富を生む、資本主義社会の象徴であり、持つものが持たざるものを管理する典型でもあった。しかし、もはや長屋門はまったくそういう使われ方をされていない。

 かつて使用人を住まわせていた長屋部分には現在、脱穀機のような大型の機械が置かれたり、農機具の倉庫となったりして、人が住むことはない。かつては閉じられていた門扉も、その多くが取り外され、軽トラックが出入りできるようになって、ずいぶんと風通しの良い門に変化している。

 僕はこの使われ方の変容こそが、栗原の長屋門の大きな特徴であり、魅力だと感じた。さまざまなカルチャーが細分化され、誰もが共通して持つ憧れやステイタスが薄れゆく時代、僕たちはステイタスよりもステイトメント(表明)を大切に生きることが幸福につながることを学びはじめている。かつてステイタスだっただろう長屋門が、いまやそれぞれの使われ方をもって現存している姿こそが、ある種のステイトメントに変化した証とも言える。

 囲い込むことで利を得る社会が、現在もなお、さらなる経済格差を生み、拡大させ続けるなかで、長屋門がいち早くその内容を変化させているのなら、長屋門は我々の社会の一歩先を進んでいる存在だと言えないか。そんなふうに長屋門をとらえたとき、長屋門の存在は栗原でより輝きを放つのではないか。
 すっかり栗原の長屋門の魅力に取りあ憑かれてしまった僕は、このことをどうにかして広く伝えたいと思った。するとそこに、長屋門のことを伝えようと栗原で20年近く奮闘してきた人の存在が見えてきた。

 その人は、一般社団法人くりはらツーリズムネットワーク代表の大場寿樹さん。僕はとにかくこの人に惹かれた。ここでは紙幅を割かないが、大場さんがこれまでに積み重ねてきたチャレンジの数々と、その実直な姿に心底感動した。

 そこでついにスイッチがパチンッと入ったように思う。大場さんとの出会いから、ようやく具体的なアクションが僕のなかで立ち上がっていく。

 長屋門という存在をとおして、あらゆるものの門戸を開いていくことの大切さ。囲い込みの社会から共有する社会へと変化していくことの重要性を伝えたい。そんなことを思いながら、僕は長屋門をベースにしたキャラクターを生み出すことを考えた。それがこの「もんモン」だ。

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 正直、まだこの子は生まれたばかり。まずはその世界観をしっかりと浸透させていくべく、絵本とポータルサイト的なホームページを作成した。けれど、ここまで書いてきたように、僕には二つの大きな経験がある。そこを踏まえ、丁寧につくりあげていったこのキャラクターを僕はこれからどうやって編集していけるだろうか。自分でも楽しみでしかない。

絵本『ひらめけ! もんモン』

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藤本 智士

藤本 智士
(ふじもと・さとし)

1974 年兵庫県生まれ。編集者。有限会社りす代表。雑誌「Re:S」編集長を経て、秋田県発行フリーマガジン「のんびり」、webマガジン「なんも大学」の編集長に。 自著に『風と土の秋田』『ほんとうのニッポンに出会う旅』(共に、リトルモア)。イラストレーターの福田利之氏との共著に『いまからノート』(青幻舎)、編著として『池田修三木版画集 センチメンタルの青い旗』(ナナロク社)などがある。 編集・原稿執筆した『るろうにほん 熊本へ』(ワニブックス)、『ニッポンの嵐』(KADOKAWA)ほか、手がけた書籍多数。

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