第90回
地域のDIYはパンクな編集。
2026.04.09更新
映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』を観てきた。
1978年の東京。セックス・ピストルズの音楽に衝き動かされ、パンクの精神に感化された若者たちが、自分たちの手で音楽をつくり、場所をつくり、ムーブメントをつくっていく。後に「東京ロッカーズ」と呼ばれるムーブメントを描いた、事実ベースの青春映画。
監督は田口トモロヲ。脚本は宮藤官九郎。主演は峯田和伸(銀杏BOYZ)と若葉竜也。魅力的な演者やスタッフのなかでも、特にテレビドラマ『アンメット』を観て以来、その魅力に取り憑かれてしまった若葉竜也さんと、今作では、当時のムーブメントの周辺にいた最重要バンド「スターリン」の遠藤ミチロウさん役を演じる仲野太賀さん、この二人の演技を見たい一心で観に行ったのだが、とんでもなくいい映画だった。
主演の一人、峯田さんはもちろんだが、クドカンさんも「グループ魂」のギタリストだし、何より、監督の田口トモロヲさんも伝説の「ばちかぶり」のボーカルだった。日本のロックシーンに大きな影響を受け、そこに身を投じた人たちが、この映画の骨組みとなっている。
田口トモロヲさんは「プロジェクトX」のナレーションなどで知られるが、そもそもパンク直撃世代の表現者で、とんでもなく過激なパフォーマンスの伝説が残るほどのアーティストだった。
つまり監督自身も、当時のムーブメントの周辺にいた一人といっていい。
とにかくこの映画が一貫して描いていたことは、パンク精神=DIY精神。
DIYとはもちろん、Do It Yourselfのこと。現代の日曜大工やホームセンター的なイメージとは裏腹に、DIYは、パンクと切り離せない精神として語られている。
DIYの源流について調べてみると、パンクよりさらにずっと前、第二次世界大戦後の1945年、ナチスドイツの激しい空爆を受けたロンドンにあることがわかった。
廃墟のなか「自分たちの手で街を取り戻そう」というスローガンとして生まれた言葉が「Do It Yourself」。廃墟に立つ元軍人たちが「なんでも自分でやろう」を合い言葉に町の再建に取り組んだのが、DIYのはじまりだとされている。
しかし、そんなDIY精神をカルチャーとして世界に広めたのは、間違いなく70年代のパンクムーブメントだった。セックス・ピストルズに代表される1970年代のパンクムーブメントは、「誰でもできる」「今すぐできる」「お金がなくてもできる」という精神を、ファッションから音楽制作、ライブ運営、流通まであらゆる場面で体現していた。
本作においても、印刷屋とカメラマンとアーティストがいれば、自分たちでレコードがつくれる。ライブハウスがなければ、自分たちで場所を探して開けばいい。流通してくれるレコード会社がなければ、自分たちで売り歩けばいい。と、そのすべてを自分たちでなしとげていく様が描かれる。
写真を撮って、原稿を書いて、ミニコミをつくり、ライブを企画して、フライヤーを刷って、街に貼り、演奏して、レコードをつくって、売る。その一連の行為が、一つのムーブメントに成長していく。そのさまをスクリーン越しに観ながら、ぼくはずっと胸が熱くなっていた。
ぼく自身の原点を思い出したからだ。そしていまもなおその精神がぼくの中にある。ぼくはそれを「パンク」だと自認してこなかったけれど、そのDIY精神がパンク精神なのだとしたら、ぼくはまっすぐパンクに敬意を表したい。
ぼくが編集の仕事をはじめたきっかけは、フリーペーパーをつくることだった。予算もない、版元もない、流通網もない。でも、つくりたいものがあった。だから自分たちでつくって、自分たちで配った。そのときに身についた感覚が、いまのぼくのすべての仕事の土台になっていると思う。
それこそいまぼくが「Re:Standard Books」という自著のレーベルを立ち上げて、本づくりをしていることも、20代の頃にフリーペーパーでやろうとしていたことと、本質的にはまったく同じだ。自分たちがいいと思う本を、自分たちでつくって、自分たちの手で届ける。大きな流通システムに乗せなくても、届けたい人に届けることができる時代になった。そのやり方の根っこに、DIYの精神がある。
映画を観たあとに考えていたのは、DIYというパンク精神が、じつは地域編集においてこそ必要だということ。都会の生活は、消費者としてあらゆるものを「買う」ことで成立する。しかし、それらの生産地は、食べものも、エネルギーも、大抵が地方だ。
DIYが当たり前にある地方は、自分たちでやることがベース。農業も、地域のイベントも、こどもの居場所も、自分たちでつくる。やってくれる業者もお金もないのならば、自分たちでやる。そういうかっこいい大人や若者たちを、ぼくは地方でたくさん見てきた。みんな最高にパンクだ。
DIY精神という意味で言えば、地方はすでに都市よりずっと前に進んでいる。食料も、電力も、地域の文化も、基本的には地方が生産し、都市が消費する構造は進むばかりだ。一方、地方で生きる人たちは、つくる側に立ち続けている。それは、パンクにおいてレコード会社に頼らず自分たちでレコードを出した、かつての東京のバンドマンたちと同じだ。
地域編集という仕事は、地方が持っているDIYの力を、もっと意識的に、もっと誇らしく使いこなしていくための仕事と言えるかもしれない。「ここには何もない」という言葉を地方でよく耳にするが、だからこそ、地方には自分たちでやってきた歴史がある。誰かに頼まずに、自分たちで考えて動いてきた底力がある。
映画を観てあらためて、ぼくは「自治」という言葉のことを考えた。行政に頼むことでも、大企業に頼むことでも、都市の論理に合わせることでもない。自分たちの地域を、自分たちの手でつくっていくこと。それはそのままDIYの精神だ。




