おせっかい宣言おせっかい宣言

第142回

中央線

2026.06.16更新

 2024年3月に東京とアカデミアを離れ、八重山竹富島に移住した。私のお家は竹富島にある。二拠点生活しているんですか、と言われるが、していない。竹富島に荷物を移してしまったし、住民票ももちろん移したし、よっぽどの用事がないと東京に来ない。すっかり引っ越してしまったのである。とはいえ、息子二人は二人共に東京におり、長男家族は田町に、次男は国立に住んでいる。次男の住む国立の家は、わたしが竹富島に移住前に住んでいたところで、次男は独り身で、イヌとネコと住んでいる。イヌもネコも大変可愛らしくて東京に来るたびに息子や娘や孫に会えるのも楽しみだが、イヌネコに会えるのもうれしい。

 イヌやネコを自分の子どものように可愛がる人たちの気持ちが長くわからずにいたが、新型コロナパンデミックで結婚前の長男がいったん戻ってきて国立の家に三人で住んでいるときに、長男と次男の二人で相談して長男はイヌを次男はネコを飼うことに決め、ポメラニアンの子犬とロシアンブルーの子猫がやってきた。それでなくても情けが深すぎる性分だから、どうせ飼い始めたら、溺愛するに違いないと自分で思っていたが、あにはからんやそうなり、ポメラニアンとロシアンブルーの安寧を子どもたちのように願っている日々に、すぐになってしまったのである。

 世代を超えて長く人間のそばにいるイヌとネコはまったく性質が違うが人間との生活に双方慣れている。飼っている方には言わずもがなだが、かわいらしさが、まったくちがう。犬は、まことに飼い主に忠実な絶対の従順と愛情と眼差しを注いでくれる動物であり、自己肯定感に問題がある方は皆イヌを飼えばいいと思うくらい、人間を愛してくれる。ちょっと出掛けて帰ってきただけなのに、何年も会っていなかった再会であるかのように、全身で喜びをあらわしてかけよってくれるし、なでてやると無上のよろこびでおなかをみせるし、愛されているという気持ちに裏切られない、と信頼しているものはこんなに強いのかと思わせられる。わたしたちもこんなに無償の愛を相手に注いでいれば何も問題は起きないのであろう、おそらく。

 ネコは帰ってきても決して飛んできたりはしない。姿を見せないこともあるが、私の今のようにたまにしか来なかったりすると、あら、あなたを見るために来たんじゃないわよ、ちょっと玄関辺りに用事があったのよ、という感じで、すーっとあらわれて、別に媚びるでもなくどこかにいってしまう。しかし、あれは嬉しいのだ、と私は知っている。ネコは自分の甘えたい時だけ勝手にそばにきてすりすりしたり、膝に乗ったりすることもあるが、普段は基本的に目に見えるところ、あるいは見えないところで、ただ、寝ている。人の存在に媚びないが、しかし、こちらも、絶対的に愛されているのを知っているから、気の向いたときにやってきて思い切り甘えて、なでられて、うっとりして、またどこかにいってしまうのである。また、ネコのふしぎなところは、こちらがすごくつらかったり落ち込んだりしていると、すーっとよってきてそばにいることである。首を吊ろうとしたら飼いネコがまとわりついてきて、自殺できなくてまだ生きているという話をきいたことがある。そういうところのある動物であるから、ネコ好きの人はこの距離感とツンデレ感にやられているのである。かように態度は違うものの、こちらも、愛されていることへの絶対の信頼感がある。人間の愛情関係はときに大変複雑ではあるのだが、難しいことを考えず、イヌのようにか、ネコのようにか、素直に振る舞っていればよかったのだ。今になってわかっても、遅いような気がするけど。

 このように、人間の感情をうごかし、愛情の対象になるペット、というか小動物たちの存在は思ったより大きくて、観察していると、どうも独身男性あるいは若い夫婦でイヌネコを飼っていると、なんとなく愛情の行き場ができてしまって、結婚しない、あるいは子どもを欲しいと思わなくなる、みたいなことがあるようだ。これ、職業人としての助産婦さんが、日々赤ちゃんに接していて、その愛情の光に包まれているから、自分は子どもを産まないできてしまった、と言う人が結構多いのともちょっとだけ似ている。愛情を注ぐ先、愛情をふりまくものがいると、人間、なんとなく納得してしまうのである。

 それはともかく。

 私は二拠点生活ではないが、東京で用事があったり家族に会うときは次男の住む国立の家に荷を下ろし、そこを拠点に動いている。中央線沿線であり、住みやすいところであるがいかんせん、都心からは遠い。長男の住む田町からも遠い。延々と中央線に乗らなければならず、中央線は、いつも混んでいる。とりわけ夜は終電近く遅ければ遅いほど混んでいる。都心で夜の仕事やつきあいがあるとき、ラッシュの中央線で帰宅するとものも言えないほど疲弊することになった。朝も6時台ですでに身動きできないくらい混んでいることもある。そういったラッシュ時でなくても、中央線で座れることはあまりなくて、とにかく、きついのである。Life is hard、東京ってたいへんだ、というのは、わたしにとっては、この長い中央線に象徴されていた。

 2025年3月、その中央線にグリーン車ができた。もともと湘南新宿ラインなどでグリーン車があるのは見ていて、利用したこともあったがそれが、中央線に出現した。値段設定は距離によって決まっているが国立周辺から終点東京駅までは750円である。ホームにある券売機か、モバイルSuicaなどで買える。乗ってみたが、感激しました、の一言であった。中央線で座れる、ゆったりしていられる。人が少ない・・・。

 疲れるのは人が多すぎることに疲れるのだ、とういことは竹富島に移住してしみじみと思う。というか、東京多摩地区に引っ越してからも感じていたことだ。23区を出て(といっても板橋だから、都心とは言えなかったんだけど)多摩地区内に住み、多摩地区内で通勤していると、人口密度は、いや、低くなる。人はもちろんどこにでもいるものの、稠密度において都心の比ではない。緑も多く、どんどん歩きたくなる道も多く、1980年代以降、意識をもって住民達が住み良い街にしていったところの多い多摩地区は、文句を言えない住み心地の良さであった。しかし、まあ、当然のことながら離島に住みはじめて、人と人の生活上の距離があることがこんなに快適なものなのか、と感じている。お互いの行き来やコンタクトは密であるが、距離としては遠い。伝統建築の保存地区に住んでいるので島内にはほぼ全てが平屋の伝統建築、ということになる。実際にはまちなみ保存条例制定前にたてられた二階屋やコンクリートの家もあるが、今となってはそれらが大して目立たないほどに、ほかがすべて赤瓦の伝統建築、となっている。ということは、だいたいみんな平屋の家に住んでおり、しかも街並み保存条例では家から、石垣までの距離も決まっているため、建蔽率、容積率をいうまでもなく、隣の家とぎちぎちにつめて建っている家がない(建てられないので)。他の人の気配の遠いところで住むことができる。そういうところに日常的に住んでいると(日本の平均的な暮らしからすると大変ぜいたくな暮らしであるわけだが)、私たちを疲れさせるのは、稠密な人の気配であることがよくわかる。都会にいると、全く知らない人たちと体をふれあわせるようにしないと、電車移動ができなかったことは、本当にきついことだったのである。

 中央線グリーン車は、二階建てであり、二階の方に乗ると、高いところから中央線沿線の景色を眺めることになり、文字通り景色が全く違って見える。窓際の二階席に座り、家から用意してサーモボトルに入れてきたミルクティーを飲んで外をみていると、こんな時間があってよいのか、中央線に乗っているのに、と思う。トイレもWi-Fiも完備していて、パソコンを広げて仕事もできる(ので、している人も多い)。夢のようである。

 今まで電車で帰るのがああ、つらい、と思っていたが、今は、中央線にまで辿り着けばあの安らぎの時間がある、とか、思っている。750円は安くない。しかし、これは、払いたくなる750円である。しかし、もちろん、運賃より高いので、余裕ある人しか乗れない。グリーン車に乗るのはどういう人だろう、お金がある人だね、裕福な人なんじゃないの、みたいな話になったが、都心住まいの人に「東京でほんとにお金がある人は、電車には乗らないんだよ」と言われて、あ、そうだった、と当たり前のことを思い出す。公共交通を使う層、というのは、日本に限らず世界中どこでも、実は決まっているのであり、本当に裕福な人たちは公共交通を使わないのである。「公共交通を使わない層」は国によって決まっている。ブラジルに10年住んだが、そして、ブラジルは電車のような公共コミューターはなく、ほとんどがバスであることもあるが、それにしても、わたしたち家族はその10年の間、路線バスに乗ったことが一度もない。別にものすごい金持ちでもなんでもなかったが、中間層と呼ばれる技術職、専門職のカテゴリーに属する家族は(我が家もそうだった)、というか、ある程度の収入がある層は車以外で動かず、公共交通を使わないのである。日本ではそういう層は、ブラジルより薄そうだが。地方では言わずもがなでブラジル並みに、車が買える人は車で動いていて、家族の数だけ車があって、何はなくても車、ということになっていると思う。

 ともあれ、750円は運賃と比べて安くはないが、中央線に乗って、あ、電車でマイセンの海老カツサンド食べてお昼にしよう、とか、パソコン持ち込んでこの仕事やろう、とか思える幸せよ。寝不足だから、中央線で寝ようとか、そんなことが考えられる時代が来るなんて。

 中央線は、最も最初に整備されたJ R(当時は省線とかのち国鉄だったと思うが)のラインの一つで、都心からまっすぐ地上を直線に走っているラインである。しょっちゅう止まる。人身事故も少なくない。中央線沿線に住んでいる方は、中央線に乗る、ということは止まったり遅れたりすることも予測しながら乗らなければならないことを覚悟している。東京にお住まいの方は中央線沿線の住人から、中央線が止まった、を理由に遅刻された経験がある人が少なくないのではないか。先日も、夜の11時過ぎて高円寺で中央線が止まった。混雑している車両の方を思うと申し訳ないが、グリーン車の座席で寝ていて、夜中の12時過ぎる時間に国立駅でタクシー待ちするのも気にならないくらいだった。ありがたい・・・。

 こんな幸せに750円は高くない。そのために働いたり節約したりしよう、とさえ思うのである。私の人生をすっかり軽くしてくれて、J R東日本、ありがとう。とはいえ、これ、地方に住んでいて、たまにしか東京に来ないから使えるのかな。ずっと住んでいて毎日通勤に使っていたら、そうは使えないかな。でも、きっとたまに疲れている時には使うかな。だいたい通勤の行き帰りの時間はグリーン車自体も満席であることも多くなってきているが。ともあれ、750円の奇跡、のように感じているのである。

三砂 ちづる

三砂 ちづる
(みさご・ちづる)

1958年、山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。沖縄八重山で女性民俗文化研究所主宰。津田塾大学名誉教授。京都薬科大学卒業。ロンドン大学PhD(疫学)。著書に『オニババ化する女たち』『女に産土はいらない』『頭上運搬を追って』など多数。本連載を元に、『女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言』『自分と他人の許し方、あるいは愛し方』『心の鎧の下ろし方』(ミシマ社)が発売されている。

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