第143回
映画「Michael」
2026.07.17更新
2026年6月13日に日本でマイケル・ジャクソンの映画「Michaell」が公開された。マイケル・ジャクソンファンとしては、行くしかないのである。クイーンの伝説的ボーカル、フレディ・マーキュリーを取り合げた2018年の映画「ボヘミアン・ラプソディー」の時と同じである。
クイーン・ファンは、当時、皆、思った。フレディ・マーキュリーを誰かが演じられるわけがない。あの絶対的な存在感、素晴らしいボーカル、マイケル・ジャクソンすら憧れた身体的パフォーマンス。エイズで彼が亡くなったことはどれほどの喪失感だっただろう。クイーンは、実際には"まだ"解散していない。ブライアン・メイとロジャー・テイラーはまだ音楽活動も続けており、存在感もある。そんなクイーンを俳優が演じるなんて、それは無理ではないか、とみんな思っていた。私はこの映画を日本での公開前にスイスのジュネーブでみた。同じようにみんな感じていたはずだが、映画が始まるとみんな引き込まれていき、最後は映画なのに、事実上のスタンディングオベーション状態だった。本当に見事な映画で、フレディを演じるレミ・マレクは、いかなる意味でもフレディにそんなに似ていないのに、途中で実際のフレディがわからなくなるくらいだった。ブライアン・メイとロジャー・テイラーは本物にしか見えなくなった。
最後は伝説のウェンブリースタジアムでのライブエイドの舞台である。このクイーンの20分弱の映像は、現存しているロックの映像のうちで最も素晴らしいものではないかと思うくらいの出来栄えである。大学で「国際保健」という世界の健康格差と健康課題についての講義を担当していたが、H I V /AIDSという世界の公衆衛生地図と人々の行動を一変させ多くの人々の命を奪ったウイルスと病気についても数回を割いて話をしていた。これらの一連の講義の最後にはクイーンのライブ映像を流していた。ロックが好きじゃなかった学生さん、ごめんなさい、だが、普遍的な人間の行動として最も美しいものだし、エイズという病気がそういう人の最盛期を奪ったことについて、考えてもらいたかった。
そんなふうに毎年みせていたし、自分自身では、それこそ何百回と繰り返しみているので、ウェンブリーのライブエイドのクイーンのパフォーマンスについては細部まで記憶している。「ボヘミアン・ラプソディー」では本当に細部に至るまで作り込まれ、再現されていたのがすごかった。
この「ボヘミアン・ラプソディー」があまりに素晴らしい出来だったため、誰にとってもおそらくは「タブー」であった(かもしれない)、「存在感の大きなロックスターを誰か別の俳優に演じさせて伝記的映画を作成する」は、映画界で、これもあり、となったのであろう。それからも別の作品が作られていた。ブルース・スプリングスティーンのものもみたが、それは、ちょっといただけなかった。ブルースの闇の部分が前に出過ぎて、彼の類まれなる音楽性と魂については、ちょっと物足りないなあ・・・とか思ったものだ。
そこで「マイケル」。監督とチームは「ボヘミアン・ラプソディー」のスタッフ陣だという。マイケル・ジャクソンを演じるのは、ジャクソン5のメンバーでありジャクソン。ファミリーの三男、ジャーメイン・ジャクソンの息子、ジャファーであるという。つまりはマイケル・ジャクソンの甥がマイケル・ジャクソンを演じるのであり、いやあ、それは、みなければならないだろう。公開を楽しみにしていた。
現在住んでいる竹富島はもちろん、近くの都会である石垣島にも映画館はない。那覇まで行かないと、映画館がないのである。那覇に行くには石垣から飛行機で行かねばならず、それはちょっと・・・。なので6月に家族の事情で東京に行くことになったので、東京でみた。
時間を忘れて、見入った、素晴らしい映画だった、というのが、まあ、一言での感想である。ジャファー・ジャクソンの目はマイケルの哀しみと希望をしっかりとたたえており、話す声は実に落ち着いて、いい声だった。歌、踊り、佇まい、決してマイケルにそっくり、ではない。実際、あまり似ていない。Beat itを演じても、Badを演じてもマイケル・ジャクソンには、みえない。しかし、完璧に、マイケル・ジャクソンの映画を主演していた。マイケル・ジャクソンの映画を観たのだ、という満足感をしっかりと残してくれた。クイーンの時とは違って、ジャクソン5のメンバーたちは誰が誰だかはっきりとはわからない程度にしか登場しないし、マイケルにとって大変重要なファミリー・メンバーであったジャネット・ジャクソンはちらりとも登場しない家族の事情も感じられる仕上がりではあったが、父親の影響から逃れる、という誰もが知っているマイケルの人生をストーリーとし、親の影響を超えて自由になり活躍する、という人間の普遍的な物語にも重なっていて、感情を込めることができた。
SNSの普及というものについてもちろん恩恵を受けている人はたくさんいるし、現代の生活に欠かせないものだと思いつつも、一般の人の普通のオトナの感覚として、やはり肯定的になれない気がするのは、やっぱり、普通の人間というのはできるだけ目立たないように、人の噂の種にならないように、ほんらいは、ひっそり生きているのが安寧のもとなんじゃないか、と信じているところが、どこかにあるからである。目立つことなどしたり、自分から率先して突出するようなことをしたら、世の中から叩かれるのは当然のことなのであって、一昔前まで、なるべくそういうことは避けたいと思って、人間は生きてきたんじゃないのか。とはいえ、自己顕示欲というものはおそらくいつの世にもあって、そうはいっても、そんなものはあなたを幸せにすることにはあまり役に立たないよ、と諭されながら生きていた方が、人類長かったような気がする。
しかし、本当に時代は変わった。不特定多数に向けて"発信"して、認められたい、ということこそが大切だ、そういう承認を得ることが自己評価につながるのだ、承認欲求を満たすのだ、ということになってしまって、そのことを誰も疑わない。だから誰しもが、自ら発信することを愛でている。そのことにともなう闇の部分や、育っていく人の成長の糧にはならず、毒になることを、もうすでに私たちは知っているが、だからと言ってこの世の中の流れを変えることはできないのであろう。
逆に言えば、どんな人でもマスコミュニケーションのツールを使わなくても「個」の言葉を発信できるようになった、ということは、すでに名前が売れて世の中のアイコンとして扱われるようになった人も、自分で、自分の言葉で発信して良くなった、ということである。マイケル・ジャクソンほど誤解と中傷にさらされた人もあるまい。彼のかけられたすべての類の疑惑を釈明することに彼のエネルギーはかなり使われていたと思うが、それは想像することすらできない。さまざまなレベルのことがあるわけだが、たとえば、彼が尋常性白斑をわずらっていて、肌をいつもファンデーションで一様にしていたこと、さらにそれがすすんで、白い肌で一様にするようになったことは、黒人から白人に変わりたかった、と批判されていた。鼻をはじめ整形手術を厭わなかったマイケル・ジャクソンなので、その延長で肌の色まで変えようとした、といわれていたわけだ。漂白した、とか、いろいろなことが言われていたし、肌が黒いことと白いことの意味は、今考えられている以上に、とてつもなく大きなことだった。
時代を考えてみると良い。マルティン・ルーサー・キングが人種平等と差別の終焉を呼びかけた"I have a dream"という演説を行ったのは1963 年のことである。マイケル・ジャクソンは当時5歳で、すでに兄弟たちのグループと一緒に歌い始めていた。インディアナ州ゲイリー生まれの少年たちがスターダムに駆け上がっていくことの困難は、今とは比べ物にもならない。才能あふれ、末恐ろしいと言われた幼い少年が、まさに圧倒的な実力と努力で、一人でハードルを上げては時代を先導するアーティストとなっていった姿は、私たちが、人種の平等とか、より民主的な社会を、とか、尽力してきた歴史と重なっている。そんな中で、黒人の男の子だった、そして、黒人のアイデンティティを体現していたマイケル・ジャクソンの色が白くなるということのスキャンダル性を想像することができるだろうか。
このこと以外にもマイケルにまつわるスキャンダルはもう、枚挙にいとまがなく、その死すらも多くの噂と謎に包まれた。しかし、すくなくとも、例えば、この尋常性白斑のことでも、今の時代なら、旧Twitter、現Xのアカウントをマイケル自身が作って、そこから発信して説明することもできたのであろう。彼自身はもちろん、テレビのインタビューなどでもこの病気のことを語っていたし、知る人は知っていたのだが、本人が、適切に言葉を発する機会というのは、当時はなかった。マイケル・ジャクソンはレコードの時代、テレビの時代、ミュージックビデオの時代などを先導してきた人だったが、自分自身の言葉で自分自身を好きなように語っても良い(いまやアメリカ大統領までが自分自身の言葉で語り、それが重要な情報として発信されるのだから)時代には、生きていなかった。SNSの普及に、一般の人間としては、あまり好意的に考えられないが、こういう"超有名人"が自らの言葉を発信する機会を持つ、という意味では、このツールは重要でありうると思うし、マイケル・ジャクソンの人生も、この存在があればいささかは彼自身に良きように変わったのではないか、と、いつも感じていた。
マイケル・ジャクソンと同い年で、彼の歴史を自らと重ねながら生きていて、五十の角を曲がれなかった彼を偲びながら生きていると、どうしてもこのSNSの時代のマイケルを想像し、その時代ならよかっただろうな、と思わざるを得ないのである。




