第144回
毎日少しずつ
2026.08.19更新
希望も絶望もなく私は毎日ちょっとだけ書く。
『Out of Africaアフリカの日々』を書いたイサク・ディネセンの言葉である。デンマークの女流作家でカーレン・ブリクセンの名と双方を使って書いていた。イサクはもちろん旧約聖書にでてくるアブラハムの息子で、男の名前である。当時は女性が男性の名前を使って書くことがあったのだと言う。
Out of Africa.このタイトルの持つ響きはただ、魅惑的である。メリル・ストリープとロバート・レッドフォードの主演で映画化されており、このOut of Africaの映画もなかなかに素敵なのだが、日本名は「愛と哀しみの果て」ということになっていて、Out of Africaの感じがちょっと出ていない。デンマークに生まれた女性が当時の英領東アジアのケニアでコーヒー園を経営した自伝的小説である。
Out of ・・・という響きに、きっとやられてしまうのだと思う。ポルトガル語で有名なSaudade、サウダージという言葉があり、これは他の言語に訳せないと言われている。無理に訳そうとすると英語ではmissingとか、日本語ではなつかしい、とか恋しい、とかいう感じかと思うが、どうもうまく表せられない。心惹かれる人、魂の結びつきを感じるような場所、そんな人と会っていたり、そんな場所にいたりするときはとてもうれしい。そしてそういうものから離れてしまうと、とても悲しい。悲しいけれど、その愛おしい人や場所のことを思い出す時に胸がきゅっとする思い、それもまた、美しく人間らしく、愛おしいものだ、ということばがサウダージである。つまりかけがえのない時間を過ごした人、場所、はそこから離れた後も悲しいだけではなく、それを思い起こすことで、甘い思いに満たされていく、それもまた、人生の妙味である、ということが一言で表されているのだ。
Out of Africa、これは、アフリカにサウダージ、ということだとわたしは勝手に理解している。実際にポルトガルやブラジルで公開された時には別にSaudade de Africaではなくて、ポルトガルではAfrica minha(私のアフリカ)、ブラジルではEntre dois amores (二つの愛のはざまで)というタイトルになっているから、私が本当に勝手に思っているだけかもしれないし、ポルトガル語話者に言わせると違うと言われるのかもしれないのだが、このOut of・・・は、最も良いサウダージの英訳のように思うのである。Out of Brazil, Out of London, Out of Okinawa・・・私は一度住まい、そして、そこを離れた時に、どれほどその場所を懐かしく思ったことだろう。あるいは心惹かれた人、心の行き交いを交わした人の名前をOut of・・・のあとにいれてみると、その人のいない日々のこと、いたときのことがやわらかによみがえるような気がする。
Out of Kinzo. 金蔵は私の夫だった。68歳で中咽頭ガンの頸部リンパ節転移で亡くなった。私と暮らしたのは15年間だから、夫婦としてはそんなに長いとも言えないが、短いとも言えまい。愛を交わした人が死ぬ、という状況は、自分ではあまりよく想像できていなかった。共に暮らし、共に寝て、共に食べて、愛を交わして、愛を紡いだのである。今の私の日々は、彼との日々を出た、わたし、Out of ・・・な日々なのだと思う。
イサク・ディネセンは五十代半ばで『冬の物語』という大層美しい短編小説集を出している。この本は日本では、ディネセン生誕130周年記念として2015年に新潮社から出版されている。歴史家の渡辺京二氏は2022年のクリスマスに92歳の生涯を終えた。2011年に熊本の真宗寺で、当時大学教員をしていた私のゼミ生たちとまる二日間のゼミをしてくださって、それが『女子学生、渡辺京二に会いにいく』という本になって以来、わたしは毎月のように、少なくとも隔月で熊本に赴き、渡辺さんに会うようになったから、10年以上熊本に通い詰めたことになる。晩年は、いつも渡辺さんのご自宅を訪ねて同い年のお嬢さんと一緒におしゃべりしたりしていたが、最初の頃は一緒に出かけたりもした。熊本城公園のそばのカフェでお茶を飲みながら、生涯で愛した女性の話を聞いたり、熊本市内の行きつけのコーヒー屋さんでお茶を飲んだり、美味しいカツサンドをいただいたり、熊本大学のそばにあるビストロで夕食をご馳走になったりした。そんな中で、この本はあなたにあげましょう、とくださったのが出版されたばかりの「冬の物語」だった。当時わたしはディネセンがこの本を書いたのと同じ年頃、五十代半ばだった。あちらの世界とこちらの世界の交錯する美しい短編の数々。ディネセンはこういう短編を書く人だったのだ、と知り、憧れる人となり、忘れられない書き手となった。
いつもわたしを喚起してくださった渡辺京二さんのいない日々、Out of Kyojiな日々を、私は生きている。彼が、代表作となった『逝きし世の面影』を上梓したのは68歳だった。六十代こそ、これから、なんですよ、とおっしゃっていた。私は今年、68歳になる。世間の評価、人からの評判、地位や名誉、そんなものは何も関係がない。ただ、生涯書生、であることを口にし、ただ、淡々と本を読み、書いていた渡辺さんだった。
そう、希望も絶望もなく毎日ちょっとずつ書く。竹富島に移住して毎日2000字を書きながらOut of Kyoji な日々を生きている。




