地域編集のこと

第30回

ポジションではなくアクションで関係を構築する。ある公務員のはなし。

2021.06.07更新

いろんな地方でお仕事をさせてもらっていると、それだけさまざまな公務員さんに出会う。

公務員。

この一言で括られるものの多様性と可能性は計り知れない。しかし、そのことに気づいている公務員さんはとても少ない。ならばこの連載枠で、僕が面白いと思う公務員さんのインタビューをお届けするのもいいかもと思い立った。

そこでまず最初に思い浮かんだのが今日ご紹介するチャンくんだ。本名は平田良。だけど彼のことを本名で呼ぶ人に会ったことがない。「チャン!」「チャン!」と呼ばれ愛される彼と初めて出会ったのは、一年ほど前のこと。友人の建築家、奥田達郎くんの紹介だった。ちなみにこの奥田くんという人もいつか紙面を割かねばと思うほど面白い人なのだけど、今回はチャンくんだ。

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彼らが活動し、また実際に暮らしているのは兵庫県宝塚市清荒神(きよしこうじん)。阪急宝塚線の駅を北側に降りると、「荒神さん」の愛称で親しまれる清荒神清澄寺への長い参道が続く。そのちょうど中間に「INCLINE(インクライン)」という小さなビルがある。1Fがレンタルキッチン&ギャラリー、2Fがシェアオフィスというこのビルの大家こそがチャンくんだ。そしてそう、彼は某市役所に務める公務員。ちなみにこのビルは親の相続などではない。彼が思い切ってローンを組んで購入した。だからこれは彼の家でもある。「INCLINE」の3Fに彼は住んでいる。

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と、前置きはこれくらいにして彼のインタビューをお届けする。公務員の方はもちろん、日本の雇用システムに違和感を感じている多くの人に届けたいインタビュー。ぜひ読んでみてほしい。

***

藤本 チャンくんのご両親は何してた人なの?

チャン 母親は専業主婦で、父親が地質調査、いわゆるボーリング調査の会社の一人親方をずっとやってて。

藤本 そうなんだ。じゃあ個人事業主というか、お父さんは公務員的な組織の人じゃなかったんだね。

チャン はい。なので公務員になったとき、めっちゃ喜んでました(笑)。僕、大学に2回行ってるんです。最初、関西外大っていうところで英語を勉強してて、それで留学したときにリーマンショックがあって、4回生のときに帰ってきたんですけど、もうほとんど就活が終わってるタイミングで、これは出遅れたと思ったものの、やりたいこともなかったんですよね。ただ、留学先がアメリカだったんですけど、なんかよかったんですよ。みんなフレンドリーというかカインドリー(Kindley)な人たちで、また街並みがいいんですよね。ロードサイドのカフェで、外でエスプレッソ飲んでたり、バス待ってても全然時間通り来ないのになんかみんな陽気やったりとか、これってきっと、街のつくりに起因するんじゃないかって思ったんですよ。街が人をそういう風にしてるんじゃないか?って。

藤本 なるほど。

チャン て、なったときに、建築ってすごい力あるなって思って、建築の勉強をしようと建築の大学に入って、そこで設計を勉強したんですけど、なんかそこで周りの人たちと同じ土俵で頑張ってもやっぱり負けるなあ、どうしようかなあと思ってたときに、神戸市が主催していたワークショップに参加したこともあって、公務員にも建築の仕事があって、役所に入ってもいろんな切り口で街に関われるなと思ったんです。それで神戸市といま僕がいる市の二つを受けて、で、両方受かったんですけど、神戸市はすでに結構プレイヤーがいらっしゃって、それやったら目立った人がいない市に行った方がかえって面白いんじゃないかなと思っていまの役所に。

藤本 そこがまたチャンくんらしいね。

チャン たしかに。でもそう思って行ったものの、やっぱムズイ! ってなって、ずっと悶々としてたときに、何者でもない男たち3人と大阪でルームシェアしてたんですよ。それが2年契約やったんで、2年経ったらそれぞれみんな何かしようって思ってて、それぞれに何かしら動き出したときに、僕も次どうしようかなと。で、いよいよ自分の場所を持ちたいみたいな話を、その時既に仲良くなってた建築家の奥田くんに話したら、奥田くんが既に住んでた清荒神にも空き物件あるから見にいこうって言われて、まあ、じゃあ一回みてみようと。で、いまのINCLINEのビルに入ったときに、「あ、ここ結構いけるかも」みたいに思って。

藤本 入ってすぐそう思ったの?

チャン はい。もともと1階は和喫茶みたいなところで、2階3階は普通に住居で結構ボロボロやったんですけど・・・。

藤本 そうか、やっぱりそれなりの建築知識があったからこそ、ここ化けるかもって想像できたんやね。

チャン そうですね。想像しましたね。参道沿いやし、これはいけるんじゃないかって思って。それで内覧終わってその後奥田くんの家に行ってご飯食べてながら「買うわ」って、

藤本 はやっ! 賃貸で借りるとかじゃなかったんだ。

チャン 賃貸するって理由もないし、なんか自分のものとして色々できる方がいいなと思って。不動産を持ってそこが回ったら収入になるわけじゃないですか。そもそも副業したいなって思ってたんですよね。いまの状態のまま公務員で働き続けても、60歳になって定年過ぎたら急にその年収額が下がってアルバイトみたいな感じでまた働き直すみたいな仕組みにすごい違和感があって。でもそういう社会的なシステムをみんな受け入れているのがなんか気持ち悪かったんですよ。

藤本 なるほど。

チャン 懸命に働いても60歳の時点でストンと価値が下がるとかじゃなく、ずっと自分の価値が続くってことを考えたときに大事なのは、何かしらその人自身がやってきたことなんじゃないかと。自分がやってきたことで60までと60からの差を埋めることができたらみたいなことを思ってたので、何か副業したいなって考えてて、ちなみに不動産の家賃収入っていうのは公務員的にもOKなんで。

藤本 そうか、公務員さんの副業にはOKなものとそうじゃないものがあるんだね。

チャン はい、基本的に公務員って副業駄目なんですけど、そういう中で家賃収入はおおむねOKなんですよ。そこで、何かうまいことできたらなと思ってたんですけど、もちろんそれだけじゃなくて、何かその場所を盛り上げることで、そこに集まって出会う人たちが潤っていくというか、より良くなっていく場所を作りたいと。そもそもそういう場所を作りたいと思って公務員になったので。

藤本 なるほどなあ。一周して公務員になろうと思った気持ちを自ら実現しようとしたんだ。もはや買う選択肢しかない感じがよくわかった。

チャン なんか場所を持つことで公務員以外の肩書きを持ちたかったんだなとも思うんです。変な話ですけど、自分の家を買って、自分の家に名前つけてもらってるわけですよ。コンセプトからちゃんとヒアリングしてもらって、デザイナーにグラフィックデザインしてもらって。

藤本 それはもうまさにメディアだよね。

チャン そうですよね。そこで生まれたのが「INCLINE(インクライン)」っていう名前だったんですけど、めっちゃ気に入ってるし、ほんとお願いしてよかった。

藤本 その喜びを知ってる公務員さんがどれだけいるかだよね。

チャン そうですね。

藤本 自分で妙案を思いつく喜びもいいけど、実は人から提案されて「それいい!!!」って思う嬉しさには敵わないからね。僕なんかそういうディレクションがバッチリはまったときの喜びのために編集者やってるって言ってもいいくらいだもん。

チャン そうか、ほんとそうですね。いやほんとこういう公務員が全国的に増えた方がいいっすよね。でもほら、スーパー公務員みたいな人って結構いらっしゃるじゃないですか。フォーラムとかもあったりするし。なんかそことは自分はちょっと違う気がしていて・・・。

藤本 うん、その話、実は今日僕がチャンくんにあって言いたかった大きなポイントなんだけど、僕もそういうスーパー公務員さんとチャンくんって別だなと思っていて。その違いは何かというと、スーパーな人たちは、役所という組織における、たまたま今いる部署の特権を最大限生かしきっている人たちだと思うのね。それはもちろんとても素晴らしいことなんだけど、けれどそれってどこまでいってもラッキーという枠のなかの話のようにも思う。もちろんそのなかでも、それぞれにリスキーなことに挑んでらっしゃるんだけど、そういうことが出来る環境においてそれをやっている人たちだから。

チャン あ〜なるほど。

藤本 もちろんそういうラッキーも含めて才能の一つだから、本当にそれは素晴らしいと思うんだけど、だけど一方で僕がチャンくんに惹かれるのは、よいもわるいも公務員であることと、個人の動きが切り離されてる。

チャン 確かに。確かに全く関係ないですもん。今の仕事と。

藤本 身銭を切って地道に関係性をつくって、自分の居場所をビルドしてる人だから。でもそれって裏を返せば誰でもやれる可能性がある。

チャン うん、そうですね。
                       
藤本 つまりチャンくんの方が汎用性が高いと思ってるんだよね。一見、めちゃアバンギャルドに見えるんだけど実はとても着実で汎用性が高くて真っ当。

チャン はい、そう思います。

藤本 スーパー公務員さんって大抵がそのポジションありきだから、部署異動とかなったら死にそうな顔しはるやん。つまりその人の周りにいる人たちが自分のポジションや権限ありきでお付き合いがあることを自覚しているから、異動で人生終わったような顔になっちゃう。だけどチャンくんはきっといまの部署から異動しようが変わらないよね。

チャン そうですね。帰ってきたらこっちの仲間がいるから。

藤本 それがチャンくんの揺るぎない価値であって、そっちの方が安心感があるし生きていく上で強い。

チャン 確かにそうかもしれないですね。うん、やっぱり僕はスーパー公務員ではないんですよね。ああはなれないなあと思うし、でもきっと僕みたいな人の方が多いやろうし。スーパーでいる必要はないし、でも僕の場合は場所をもったからこうなってるわけですよね。それってみんなできるはずなんですよね。お金貯めてるやろし。

藤本 やっぱり場というかメディアを自ら持つことができる人が増えたらいいよね。チャンくんはどうしてそういう風に思えたんだろうね?

チャン なんか僕は、挫折してる人がこうなるのかと思ってて。同じように留学に行った子たちのなかでも「私留学行ってん、すごいやろ!」ってなる人と「うん・・・なんか・・・ちょっと・・・行っててん」みたいな人がいてて、僕多分そっち側で。ウェイウェイしてなかったんですよね。

藤本 ウェイウェイ(笑)。

チャン 一緒に行った子たちの中でも「英語しゃべれるようになった!」って外資の会社に入っていった子とか、きっとまだキャピキャピしてるような気がするんすけど、僕の場合は、どうしても内省というか、自分のなかで哲学するというか、「それってそもそもどうなん?」みたいなことを考えてしまうタイプで、なので60過ぎたらガクって下がるこのシステムってどうなん? とか。何かしら僕の場合は何かにぶつかって挫折するとこからはじまってるのかなと。

藤本 建築の大学にいったときも同じ土俵だと負けるとか、そういうのも何かしらの挫折なんだねきっと。

チャン そうですね。

藤本 僕も基本同じタイプなのでとてもよくわかるけど、あのウェイウェイって、きっと小さな違和感を消しちゃう術だと思うんだよね。だけど僕たちはそうやって違和感をないものにできないというか。

チャン なんか、ウェイウェイも好きなんだけど、そっちには振れへんというか、これも駄目やな、これも違うなって。

藤本 ある意味そうやってポジティブな消去法で今があるんだよね。
                      
チャン そう、全然ネガティブではないんですよね。挫折したから今があるっていう話で。

藤本 今日の結論じゃないんだけど、そもそも僕がチャンくんのことを伝えたいと思ったのは、世の中において「働くことと生きることがイコールである幸福」っていう信仰があるじゃないですか。でも、働くことと生きることが両輪になっている人なんて圧倒的に少なくて、だからそういう人たちの日々をもっと肯定したいと思う気持ちが強くて、それでチャンくんの生き方のことが気になってた。

チャン ありがとうございます。たしかに、こんな働き方もあるんだよ、っていうのは言いたいですね。平日は結構ぐったりしてますからね(笑)。でも帰ってきたら楽しい時間があるからいいじゃん、って。

藤本 結局、人生て緩急だと思うんだよね。お笑いの基本は緊張と緩和っていうけど、そういう間に笑いというか幸福が生まれるわけで、緊張だけはしんどいし、緩和だけでも絶対あかんやん。

チャン そうですね。そういうシンプルな話かもしれないですねえ。それもこれも、色んなとこに顔出してるうちに、かっこいいもの作ってる友達が出来て、この人と一緒に何かやりたいなって思うようになったのが原点なのかなって思います。これをこの人に任したら間違いなくいいもの作ってくれるだろうっていうのがわかったり、また、そういう人が周りにいる環境だから出来たのがINCLINEなのかなーと!

***

僕はチャンくんに出会って、人が信頼されていく過程というのをマジマジと見せてもらったような気がした。信用は覚悟と比例するし、そのわかりやすいものさしは、シンプルに言えば、身銭を切れるかどうかなんだなと思う。なんて言っちゃうと身も蓋もないけれど、それってつまりは、ポジションではなくアクションで関係性を構築しているということだ。ポジションから生まれるアクションではなく、自発的なアクションがポジションをつくっていく。そのことを彼は体現している。

チャンくんが大家の「INCLINE(インクライン)」。参道の坂道(incline)沿いにあるという意味だけでなく、inclineには人の心を傾けるという意味がある。きっとチャンくんのもとには、これからも多く人が惹きつけられていくんだろう。

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藤本 智士

藤本 智士
(ふじもと・さとし)

1974 年兵庫県生まれ。編集者。有限会社りす代表。雑誌「Re:S」編集長を経て、秋田県発行フリーマガジン「のんびり」、webマガジン「なんも大学」の編集長に。 自著に『風と土の秋田』『ほんとうのニッポンに出会う旅』(共に、リトルモア)。イラストレーターの福田利之氏との共著に『いまからノート』(青幻舎)、編著として『池田修三木版画集 センチメンタルの青い旗』(ナナロク社)などがある。 編集・原稿執筆した『るろうにほん 熊本へ』(ワニブックス)、『ニッポンの嵐』(KADOKAWA)ほか、手がけた書籍多数。

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