第49回
『ど忘れ書道』ついに発刊!!!
2020.07.17更新
マルチな活躍で知られる、いとうせいこうさん。
ミシマ社の面々も、それぞれの年齢や趣味嗜好によって、「いかにして、いとうせいこうさんと出会ったか」が相当違っており、あらためて、その才能とキャリアの広大さに気づかされています。
そんな、いとうさんの才能が、よい意味で壮大に無駄遣いされているのが本書です。
おそらく、あまりの博覧強記の代償として(※編集部の勝手な推測です)、じつは恐ろしいほどの「非記憶力」をもつ、いとうさん。
とにもかくにも、忘れに忘れます。
そして、その「ど忘れ」した言葉を思い出そうとするのですが、そこでマルチ過ぎることの大きな弊害が発生。アート、音楽、お笑い、文学、あらゆるジャンルにまつわる「それじゃない」知識があふれ出し、正解からは遠のくばかり。
ちなみに「それじゃない」知識が多岐にわたりすぎて、読者がついてこられない可能性があると考えた編集部、固有名詞を中心に註をつくったのですが、その数は約300にのぼりました・・・!
9年間にわたり、二度とど忘れすまいと、忘れた言葉をスケッチブックに毛筆でしたため、自身の「ど忘れ」を様々に分析・反省した本書。
本日は発刊を記念し、本文の一部を特別に公開いたします。
そして記事の最後には、発刊に寄せて、いとうさんのコメント動画も掲載しております。最新の「ど忘れ」が公開されておりますので、お見逃しなく。
どうぞ、「ど忘れ界」(©いとうさん)を堪能くださいませ。
驚くべきことに、というか悲しみ嘆くべきことに、「マイケル・ムーア」という名前が出てこないことがあった。巨体に顎髭が生えていてメガネでキャップをかぶっているあの姿ははっきりと脳裏に甦っているのである。にもかかわらず、その男は私に名乗らなかった。
しかも、うんうん苦しんでいるうちに、マイケルまでは出た。若葉が萌え出るような喜びが全身に広がったが、それもつかの間、むしろ途中まで出ておいて肝心の苗字が記憶の前面へ現れないことに、私はさらなる劣等感を抱かねばならなかった。
だいたい、マイケルは多い。ジャクソンからナイマン、ジョーダンとマイケル家は枚挙にいとまがないほどいる。それだけに私はムーアを見失い続けた。脳の索引的に言って、主に彼の名前の記憶はムーアから引き出されるのではあるまいか。たいていの人はそうしているはずだと思う。ただしかし、不幸にも私の場合、マイケルからの〝逆引き辞典〞みたいなことになった。
マイケル、マイケルと口から泡を飛ばす勢いでつぶやいたが、必ずジャクソンが出る。ナイマンやジョーダンが出る。あ!と思うとサンデルが飛び出してきて、人生の難問を突きつけてくる。ハーバードの教室が浮かんできて、そうなるともう生徒がみんなマイケルである。むろん富岡が最前列に座っている。
そういうわけで、ムーアはその日出てこなかった。出たのは数日後である。やはり突然ムーアのほうを思い出した。デミ・ムーアという強敵の妊婦がいたが、私はすかさずマイケルを取り、無事に私のマイケル・ムーアを取り戻したという顚末だ。
――本文p37~39
いとうせいこうさんより発刊によせて
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